1-3 灯
「ええ、本当に」
女の声で鳥が鳴いた。いや、喋った。
「でも、最後になるのか最後にするのかは、野嵜さん次第ですよ。念のため」
野嵜は、これまた黒光りする革張りチェアに座り、ゆったりと背をあずける。目は、決して鳥から離さない。その細渕メガネに隔てられた目には、諦観とも不敵とも見れる笑みがあった。
「どちらになるか、君にはわからんというのかね」
「だから、念のため、と付けました。まだ解説が要りますか?」
相手の返事を待たずに鳥は続ける。
「あなた方『タギョウの人』は永遠の命を持つ。
しかし、永遠なのは命だけであって、体は普通の人間と同じように年老いていく。
永遠に生きるためには、若返りの儀式によって身体の更新をしなければならない。
そうでしょ?」
「そんなこと、君も私も十分知っていることだ」
野嵜は合いの手を入れる。
しかし、女の声は真剣だ。
「知っているとは思えません。
あなたは『タギョウの人』。
にも拘らず、そのような御老体になっても未だ身体更新していないし、
する気もないときました。
しばらく会わないうちに随分と大胆な性格になりましたね!
そのうち体がなくなってしまったら、どうするのですか?
私が心配するのも当然でしょ?」
立て続けにまくしたてられた野嵜は、ゆるく頭を振る。
そして息を長く吐きながら、椅子からゆっくり身体を起して一言。
「よく喋る『めみみ』だな」
落ち着いて机に両ひじをつき、指を組む。古代ギリシャの彫像にありそうな、整った、彫りの深い顔が蝋燭の光に濡れる。目は、決して鳥から離さない。視線を受ける「めみみ」という鳥も、椅子に留まったまま、身じろぎひとつしない。
この小鳥、良く見ると顔はねずみである。
しばし無言の押し問答の後、沈黙を破ったのは、めみみの溜め息だった。
「なるようになれ、ですか。
これだから、自信家って嫌い」
云われた野嵜は、愉快そうに笑う。相好を崩すとなかなかの好人物である。
「そのうえ頑固だからな。きみは大嫌いだろう」
「ええ、その通りですよぉ」
云いながら、めみみは天井に向かって伸びをする。
シャンデリアの光が、
隼のようにシャープな裏白い翼に、
ほこほことしたベージュの胸の羽毛に、
梟のような太くがっしりした脚に、
そして椅子に喰い込んだ大きなカギ爪に注ぐ。
充分に伸びた後、すべて元通りに折りたたまれ、そのカギ爪で捕らえられてもおかしくないような野ねずみの頭が、再び野嵜の方に向く。
「この家は好きですけどね。古びた雰囲気が、居心地いいわ」
苦笑して野嵜が云う。
「そりゃどうも。せめてアンティークな、と云ってほしいな」
めみみも、くくっと笑い声をもらす。そして、バサッと翼を広げた。煽られたのか、暖炉の炎が揺れる。
「それじゃあ、そろそろ御いとましましょう。
これ以上の説得も、甲斐ないし」
「いや、」
野嵜が笑みを顔に残したまま、しかし目つきは鋭く呼び止めた。
「やめたほうがいい。」
途端に、部屋の灯り――シャンデリアの蝋燭と暖炉の炎――が一気にスパークした。