1-2 春
「ようやく春めいて来たな。」
蝋燭の灯ったシャンデリアの下がる部屋、夜の迫る窓辺に佇む老人が、厳かに呟いた。
黒く塗り潰されたような窓ガラスに、彼の白い山羊髭がよく映っている。
何十年も日に照らされ、変色した黒檀の窓枠に載せた手からは、窓枠よりも重なった歳月が窺える。
老人は、生成りのシャツに、黒く、肩から足元まで垂れたガウンを羽織っている。鈍く黒光りする革靴、机と2脚の椅子に踏みしめられた朱色の絨毯は、床一面にふかぶかと広がっている。部屋は、シャンデリアと暖炉の炎に照らされる箇所以外、暗く、沈んでいる。
「暖炉に火を入れといて、よくそんなセリフが云えるわね」
笑いを含んだ女の声が響いた。若い、凛とした声だった。
そんな冷やかしが聞こえているのかいないのか、老人は独り言のように続ける。
「草木がほっとした色を出し始めておる」
「植物が安らぐ春・・・。野嵜さんが好きな季節ですね」
歌うような女の声に、ほう、と溜め息をついて、老人――野嵜が振り返る。
「本当に、これが最後の春だというのは、惜しいことだ」
机を挿んで野嵜と見つめ合っているのは、椅子に留まった一羽の小鳥であった。