1-15 光
(来るなら人海戦で来る、おそらく<水風船>を大量に遣すだろう)
(たくさん押し寄せて来るが、そのなかでもうまそうなヤツだけ喰らえ。喰い過ぎに注意しろ)
(侵入者は、<水風船>に紛れてくる。できる限り<水風船>を壊すこと。動きが妙な奴を狙え)
(我らが総力を挙げても侵入を防げない、そのように演じろ。極力こちらの犠牲を出すな)
(侵入者ごと結界の中に閉じ込める。それから火を放て)
(火を放った後は、皆、シンとシアの元へ行け。彼らの間に、『門』を作った。その『門』の内側に、全員避難しろ)
(避難! 避難!)
チドリたちがあちこちを滑空して、警報を発する。
それを聞いて、野嵜邸敷地内のここそこから、いろんな不思議なものが出てくる。ムカデの如くぞろぞろと、数え切れない脚を動かして進む河馬。その脇を軽やかに跳ねて行く椅子やテーブル。ごろごろ転がって行く玉ネギたち。その上をエイのようにはためきながら進む芝生。などなど・・・その光景はまさしく百鬼夜行である。彼らを『火の子』たちが先導していく。皆の行く先は、門である。
めみみの方には、わらわらと<水風船>たちが集まってくる。目当てはめみみたちらしい。奴らの合間をぬってネズミたちは門を目指す。<水風船>に触れたネズミは蒸発していく。
「分割したから、弱くなったのは当然ね。でも、これじゃあ全滅だわ」
行く手にもわらわらと、<水風船>たちが立ちふさがる。炎が先頭のめみみを振り返る。
「あっしを使ってください」
スッと息を吸い込んで、気合一発、めみみが叫ぶ。
「фΨ●! ξ※っ△=!!」
めみみの言葉を聞くなり、炎の雛が燃え上がる。脚がメキメキ伸びて、炎が持ち上がる。瞬く間にダチョウぐらいの大きさになった。
「そのまま前進!」
土を蹴散らし、炎のダチョウが<水風船>の群れに突っ込む。今度は炎に触れた<水風船>が蒸発していく。
蒸発し損ねた<水風船>の欠片に触れためみみが、溶けていく。溶けためみみに触れためみみが、また溶けて、そのめみみが溶ける前にその上を、またそのめみみが溶ける前にその上を、後から来るめみみたちが踏んで行く。こうして道を作りながら、めみみたちは広大な庭を渡る。
狛犬の護る門が見えるところにきた時には、半数に減っていたが、それでもかなりの数のネズミが、生垣の森をくぐってきた。
狛犬がクワッと口を開く。こぉぉ・・・と、不思議な音が響く。
ネズミたちは一斉に警戒態勢をとる。
「私を敵だと看做してる?」
炎の傍らにいるめみみが聞く。
「そのようで」
「あの狛犬の名前は?」
「シンとシアでっさ」
「違う! 愛称じゃなっくって真名を」
「ありません、あの像には」
片方の狛犬の口から、強い光が吐かれる。
すばやくネズミたちがよける。
「光はお嬢さんには無害でっさ。翼に注意でっさ」
「なぜ真名がない」
「どなたの命令も聞かぬようにとのことでっさ」
「野嵜自身も含めてね・・・」
めみみが溜め息をつく。
「ただ、番人は云うこと聴かないが、『門』は聴いてくれるんでっさ。そしたら、番人はそれに従う」
「?」
「云うこと聞くといっても『門』は開閉しかしない。番人は『門』が開けば仕方がないっちゅう、事後承諾なんでっさ」
「なにそれ」
その間にも、空を切って石の翼が振り下ろされる。ネズミたちはよけるが、風圧で吹っ飛ばされる。
「あの石像の間に、『門』があるはずでっさ」
強風に煽られてもビクともしない炎が、めみみに訴える。云われて見ると、ふたつの石像の間に、陽炎のようなものが見える。空間の歪だ。
「どうすればいいの?」
聞いてるそばから、めみみは翼に煽られ、また違うめみみが駆け寄ってくる。どのめみみも、他のめみみと情報がつながっているようだ。
「『門』に刻まれている文言を読むんでっさ」
「それって、読めたら誰でも開けるんじゃないの?」
「いや、あっしが照らす時にしか、その文字は見えないんでっさ」
炎がボッと勢いづく。
「そして、あっしは見込んだものにしか、『門』を照らさないってわけでっさ」
めみみが唸る。
「なんとも回りくどい言い方ね」
「と、云うことで、お嬢さん頑張ってや」
狛犬たちは轟々暴れている。各々のネズミたちから得たビジョンを組み合わせても、皆避けるのに必死で、『門』の文言は読めそうにない。
「んん〜〜、至難の業! じゃあ、これでどうだ!!」
ちょろちょろと不規則に逃げ回っていたネズミたちが、今度は狛犬に向かって突進し始めた。当然石の翼に潰されるものもいたが、それよりも遥かに狛犬の身体に登るものの方が多かった。狛犬は、お互いの身体にしがみつくネズミを叩き落とそうと叩き合うが、翼の方が身体よりも脆いためか、身体に叩きつければつけるほど、翼が崩れていった。
「見えた! 読める!!」
みみはが叫ぶ。
「もっと明かりを!」
炎がぐわっと燃え上がった。
光に照らされ、狛犬の間の『門』がくっきりと浮かび上がった。
〈よく聞け、『門』よ〉
よく通る、静かな声でめみみ全員が呼びかける。その場の空気が、キン、と澄む。石像の動きが止まる。いつの間にか集まった、野嵜の屋敷の住人たちが、じっと見守っている。
片方の狛犬が口を開く。
『ここは通さない』
もう片方の狛犬も口を開く。
『ここに入ったものは、出ることを許さない』
二匹は再び翼を生やす。
炎が前に進み出る。
「大丈夫だ、これは文言との問答にすぎない。続けて」
〈番人、我々は、お前たちより外に出ない〉
「チバシ、」
炎が上空を仰ぐ。
「クサドリを」
チバシたちがゆっくり下降して、口に咥えている蔦を地に置く。
蔦は地を這い、互いに絡まり合い、ヒト一人通れるくらいの輪になった。螺旋状に巻きついた茎は、内へ内へと巻きついていく。それをチバシたちが咥えて、二頭の狛犬の間に放り込む。
バシッとその空間に亀裂が入り、それを蔦の輪が閉じないように支えている。
「よし、最後の行を」
炎の言葉にめみみが頷く。
〈おまえたち番人を以て、野嵜の従者をここに封じる。〉
すると、蔦の輪の内側に、小さな黒い玉が現れた。そしてそれは、ブラックホールのように、野嵜の従者たちを吸い込み始めた。火の子、チバシ、玉ネギ、家具、生き物、植物、そしてめみみたちも吸い込まれていく。
庭の生垣も引っこ抜けて『門』に突っ込んでいく。
あんなに遠くにある屋敷の炎まで吸い寄せられて飛んでくる。
「これはやばい」
何十匹かのめみみが慌てて翼を生やし、脱出を試みたが間に合わなかった。
ただ一点に向かって吹く風。
いや、総てを引き寄せる、すごい重力。すさまじい、力。
静かになったので、めみみは顔を上げる。自分はまだ草地の上だ。
嵐が過ぎれば、草にしがみついていためみみ、3匹が辛うじて残っていた。
数多くの従者を飲み込んだ暗黒の玉は、大きく膨れ上がっており、蔦の輪がそれをきっちりと巻いている。
(もし、)
輪を作っているクサドリが、めみみに呼びかける。
(協力してくださったこと、誠に感謝しておる。しかしそなた、思うところがあるじゃろう)
「ええ、」
めみみが目を伏せたまま答える。
「私がここに来なければ。野嵜と接触することがなければ、陰啖側が動くことがなかった。そして、野嵜が自身にけりをつけることも・・・、私が・・・」
一粒、吹き荒れた草地の上に、雫が落ちる。
(やはり、それを案じておったか。一応、それも野嵜の計算の内には入っておったんじゃよ。そなたに非はない。そなたに内なる事情を悟られぬため、野嵜は幾重にも工夫を重ねておった。そなたに素直な行動をとらせるためにな)
クサドリはなだめるように語りかける。
(あいつは、そなたたち――護りたいものを護るため、自分を犠牲にしてでも食い止めようとしたのじゃ。・・・しかしなぁ、そなたをそのきっかけにするとは、野嵜にもそなたにも、なんとも気の重いことだったと察するが・・・しかたなかったんじゃ)
こっくり、めみみが頷く。また、ぽろりと涙がこぼれる。
(今のところ、野嵜の思惑通り、ことは進んでおる。じゃが、陰啖派の思惑通りでもある・・・結局野嵜がいなくなったからな。それは、避けることができなかった。だから、そうなることも見込んで、あいつはそなたに委ねたのだよ。己が命を懸けてな)
キュッと蔦の縄が締まる。
(そなたが分岐点じゃ)
めみみは、小さな手で目を拭う。払い落とされた涙がきらりと光を放つ。
「その思い、しかと受けた」
『門』――空間の切れ目に、新たな文字が浮き出る。
(わしらは、この中で時を待つ)
蔦が巻く玉が、徐々に歪の奥へ引き込まれていく。
(そなたが見込んだ者を、この門番の前に連れて来るのじゃ。門番を倒し、この『門』を開くことのできた者、なおかつ、そなたが認めた者に、わしらは仕える。その時を待っておる)
「約束する。必ず見つけ出す・・・必ず!」
めみみが顔を上げて玉を見上げる。
(仕上げの文言を)
しっかりと、めみみが頷く。
〈再び聞け、『門』よ〉
割れ目が塞がっていく。
〈『門』の番人よ、もう一度命じる。
いかなるものもここより内に入れるな。 おまえたちはその任務を遂行せよ〉
『任せろってんだ』
シンが笑む。
『こらっ』
シアが嗜める。
めみみの顔は真剣なままだ。
〈閉じよ、『門』!〉
シンとシアが、一斉に遠吠えをする。
それが、二匹の最後の叫びとなった。
二匹とも自ら縦にぱっくり割れた。
おのおのの欠片がごろんと庭に転がる。
それを見届けためみみは、塀を駆け上り、その天辺から空に向かってジャンプした。めみみの身体は地に落ちず、宙を飛んでいった。その背中に、白くてシャープな翼が生えている。
いつの間にか、空が白んでいた。
スズメの賑やかなあいさつが聞こえてくる。遠くで電車が線路をリズミカルに踏む音が響いてくる。
野嵜邸での、長い長い一夜が明けた。それは同時に、めみみたちに課せられた、試練の幕明けでもあった。その試練の成否が、自分たちに関わることなど、彼らは知る由もない。
いつもと変わりない日常が始まる、世界。
そのすぐ上を、めみみが飛んで行く。
彼らを、朝日が照らしていく。
何も知らない、彼ら、人間たちを。
読んでくださった方々、真にありがとうございます!
第一章、完です。
新年明けましたら、第二章に入ります。
これからもよろしくお願いします。
瑛彪・玄彪
お知らせ:玄彪がsikaku試験勉強に向けて、本腰入れ始めたので、「SPhinX」は次回より不定期連載になります。時々、気が向いたら、第二章を覗いてみてください。