1-13 塊
塊は机の上を転がり、めみみが留まっていた椅子を撥ね飛ばした。それでも勢いが止まらずに窓の向かいの壁にぶつかって、二つに割れる。
一つは暖炉の前へ跳び下がり、四足で着地を決め、もう一方は投げ出されたまま動かない。
「云ったろう! 貴様にゾディを殺せない!!」
暖炉の前の塊が吠えた。
「火ょう!」
めみみが叫んだ。
「・・・心配ない」
黒い燃えカスのような塊が、ゆっくりと立ち上がった。炎はうっすらと尾に残っているだけになっている。
「さすがは幼馴染。火ょうの弱点をよくついているな」
野嵜が感心している。
「火ょうっ、野嵜が・・・!」
「知っています。」
めみみの方を向かずに、火ょうが答える。
「彼の一番近くにいるのは私です。気付かないはずがありません」
答えて、ぶるりと体を震わせる。尾から徐々に炎が広がる。
「なんとしても、彼を護らねば」
「無理よ、あなたじゃ手におえないわ」
「そうでしょう、私にできることはわずかしかありません。それでも私は、できる限り尽くしたいのです」
ふと、めみみを振り返って云う。
「本日、お越しいただいて、ありがとうございます」
弱弱しい炎に包まれ、火ょうが笑んだ。
人面が、その喉元に喰らいつこうと飛び込んで来た。さっとかわす火ょう。しかし足元がふらついている。
「避けてるだけじゃ進歩ないぜ」
「殺しちゃダメよ〜」
心配そうにゾディが云う。
「殺しはしない。死ぬのは勝手だが」
ゾディの体が体当たりを繰り出す。今度は命中。避けきれなかった火ょうに、ゾディがのしかかり、どろどろと溶け始めて火ょうを覆う。ずぶずぶと炎が消えて行く。
「今度は一片たりとも残さず消してやる・・・!」
人面が呪いの言葉を吐く。
「そんなことしたら死んじゃうよ〜!」
ゾディが叫ぶ。
「いや、君は火ょうが死ぬのを望んでいるのだろう?」
野嵜が蔑んだ笑みを浮かべて云う。ゾッとするような冷たい声で。
「そんなことない〜〜!」
「君が望まないことを、使いが望むかね。隣り合わせている君の使いは、君が無意識に望んでいたことを、心の奥底から外界に汲み出しているのだよ」
「違う違うチガウ〜〜〜!!」
ゾディは激しく首を振る。しかし体はゾディの意志に従わない。
「掟を破った罰だ。使い共々憐れな末路だな」
云い放つ野嵜に、人面瘡が頭をもたげる。
「だまれ!」
カッと口から黒い液を吐きつける。
「おおっと」
ゆらりと避けた野嵜の後ろ、黒檀の机が液を浴び、煙を上げて溶けた。
「あなた、」
火ょうが、ゾディの下から辛うじて口を出し、めみみに呼びかける。
「逃げてください、ここは私に任せて…今はあなたが邪魔です」
ハッとめみみが火ょうを見る。
「逃がすか」
云うが早いか、人面瘡がまた液を吐く。
めみみは避けずに、それをまともにくらった。
パァァッと羽根が散る。
白い軌跡を描いて、めみみが床に落ちる。
「ここから逃げてください…ここから脱出して、真実を…馬西に…」
火ょうの口がゾディの不定形な身体で塞がれた。