2-SUNRISE
父と兄の遺志を継ぎ、帝国に対し反旗を翻した。それを許すはずもなく、帝国は大軍を引き連れて、領内に侵攻してくる。
兵糧攻め、焦土作戦、ゲリラ、そして敵兵を惨殺して街道沿いに四肢をばらまき、串刺しにして並べた。
兵士の刺さった槍衾を見た帝国軍は戦意を喪失して、十数万もの大軍でありながら、僅か一万のわが軍の軍門に下った。
その後も連戦連勝。
「少数の兵は将が補う、の見本だ」と評され、猛将、竜の嫡子と渾名された。近隣の小国に私の名が広まるにつれて、帝国に反旗を翻す国も、公国に支援を申し出る国も増えてきた。
私は正教会教徒であったにも拘らず、ローマ教皇から賛辞が届くほどであった。
そして、政略結婚ではあったが、妻も娶った。
美しく聡明で、私と共に国の事を一生懸命考えてくれる妻を心の底から愛したし、妻もまた、私を愛してくれた。
「大丈夫。あなたには私がついているわ。あなたのことを非道だと非難する人もいるけれど、そのおかげで高圧的な貴族や地主たちが領民たちを脅かさずに済むんだもの。それに重税を課す帝国だって領民は大嫌いよ。平民まで安心して暮らせて、初めて国と言えるものね。私も領民も、みんなあなたを支持して応援しているわ。私にできることはあまりないけれど一緒に素晴らしい国を作りましょう」
いつも妻は、優しく微笑んで、私を慰め、励まし、奮い立たせてくれた。本当に、素晴らしい妻に巡り合えたと思う。
順調な戦果、安定した国内、幸せな家庭。
神の国の建国は目の前だと思っていた。
連戦連勝の猛将と言えど、元来の国力の差から圧倒的不利に変わりはなく、徐々に勢力は衰えていく。そして、弟が帝国に隋軍して攻め入ってきた。
父と兄の遺志を顧みず、敵国に恭順して従軍するラドゥが許せなかった。ラドゥもまた、国王の座を狙っていて、その為に手段を選ばなかった、その結果だという事はわかった。だが、その為にこの兄をも追い落とし、自国領の国民を攻撃するのか。
あいつは、狂っている。
ラドゥは私が弾圧した貴族を糾合し、掌握した。私は弟の率いる帝国軍と貴族に追われ、トランシルヴァニアへ亡命することとなった。
亡命先のトランシルヴァニアでヤノーシュの息子であったハンガリー王マティアスと同時に帝国へ攻撃を仕掛けると盟約を結んだが、オスマン帝国に捕虜にされていた経歴から策略により間謀の疑いをかけられ、マティアスに逮捕監禁された。
「ソロモンの塔」と呼ばれる監獄に監禁されたものの、扱いとしては賓客に等しかった。マティアスも仇敵の息子とはいえ少年時代からの友人であったため、私を冷遇するようなことはなく、監獄とは名ばかりの優美な城と贅沢な生活を与えられ、監視はついたものの外出など自由な行動を許していた。
疑いが晴れれば、ここを出て、国を再興しよう。そう思っていた。だが、裁判は一向に開かれることはなく、そのかわり、ある知らせが届いた。
私が逮捕されたことを嘆き、妻が自殺したと。
私が逮捕されたことで帝国軍が攻め入ってくると思った妻は、戦利品として捕えられ、私のものでなくなる位なら、私を殺す為の道具として利用される位ならと思い詰めて、隠れ住んでいた城の天守閣から身を投げ、命を絶った。
私の為に、妻が死んだ。誇りを守るために妻が死んだ。これほど、神に祈りをささげているのに、神は私から国も妻をも奪った。
最愛の妻、エリザベート。
彼女をこの腕に抱くことはもう二度とないのか。
あれの、亜麻色の髪をこの指に絡ませることも、鈴が鳴るような声で囁かれることも、濡れたような黒い瞳で見つめられることも、もうないというのか。
神よ、どうかエリザベートを返してくれ。私には、もはや国も領民も無い。その上、エリザベートまで奪われてしまったら―――――――――
ヤハウェは私の神ではなかったのか。
祈り、信じれば救われるのではなかったのか。
戦う者に神は降りてくるのではなかったのか。
絶望と憎悪が鎌首をもたげる。
しかし、絶望し、一旦は信仰を捨てかけた私に、神は一筋の救いを与えてくださった。
ある時、ソロモンの塔にマティアスと共にステファンが訪れた。
「よぉ、ヴラド久しぶり。老けたな」
「お前もな。どうした?」
「ちょっと俺の愚痴を聞いてくれ」
「断る」
「あのな、お前の弟をなんとかしろ。鬱陶しくて仕方がない」
「・・・それを私に言われても困るんだが」
私がハンガリーに留まっていた間、公国は弟が支配していた。
私が統治していた頃は、国民の生活と経済の安定を優先させていたし、徹底的に帝国に反抗して、戦争にも勝利していたから隣国の小国との外交も安定していた。
しかし弟は帝国に臣従し、かつての数十倍の奉貢金を支払い続け、国内の情勢は疲弊しきっていた。ステファンの統治していたモルダヴィアとの外交関係も最悪で、ことあるごとに敵対しているようだった。更には、近隣諸国に帝国が侵攻しようとしており、弟は帝国への支援を勅命した。
ステファンも私の家系の者を公国の新国王に擁立しようと戦ったらしいが、その新国王候補の男が連戦連敗という結果に終わり、とうとう見限ったらしい。
そこで、モルダヴィアとトランシルヴァニアとハンガリーは共闘の盟約を締結し、帝国に対して徹底抗戦の構えを取ることにしたようだ。
「でだ、お前ここから出ろ」
「それこそ私に言われても困る」
「いい策があるんだ。お前にとってもメリット以外ないはずだ。な、マティアス」
「あぁ、さぁこちらへきなさい」
マティアスの従者に連れられて塔に入って来たのはマティアスの妹、マリヤ。
初めて会った瞬間に心を奪われた。エリザベートに生き写しのマリヤ。神は私にもう一度エリザベートを与えてくださった。新しいエリザベート。欲しい。なんとしても、彼女を手に入れたい。
「ヴラド、お前も帝国軍に対抗する連合軍として参戦しろ。マリヤ姫を妻として娶る代わりにマティアスと同盟を結べ」
「あなたが参戦してくれれば帝国にも対抗しうる。戦争に勝てばあなたは全てを取り戻せる。そうだろう? ヴラディスラウス3世陛下」
「全く、お前たちは・・・・大した奴だよ。ステファン3世陛下、マティアス1世陛下」
それからすぐに、私はステファンの提案通りマティアスと盟約を結び付け、その約束と交換にマリヤを手に入れた。程なく私はマリアと再婚し、3人の子供をもうけた。
私は再び妻を手に入れることが出来、ステファンとマティアスの熱い友情に感謝した。
盟約の通り、正教会からカトリックへと改宗し、新しい妻を与えてくださった神に、改めて篤い信仰と忠誠を誓った。
そして数年経ち43歳になった時、とうとう私は帝国の侵略軍に対抗する旗印として12年の監禁生活から解放された。
隣国と結託して援軍に出ると、帝国軍は侵攻をやめて撤退を始めた。その功績が認められ三度公位に返り咲く。
新たな妻も、子も得た。そして地位も奪還した。帝国を撃退し、再び希望が差してきた。
神よ、降りてこい。私はここにいる。
私は神の力だ。ヤハウェに仕える一振りの剣。
異教徒の帝国軍は追い払った。さぁ神よ、私の前に降りてこい。