あの恋は、撮影中です。
この高校には、誰もが認めるイケメンが存在する。そして、ヒロインも存在する。この二人は、今はまだ付き合ってない。だが、そのうち付き合う。そんな二人を見つめる私と、彼らの撮影隊は今日も元気に学校へ登校する。
高校の二年に進級した日。始業式の会場である体育館に、私は大型のカメラを構えた撮影隊がいるのを発見した。
「えりっち、おはよ!」
「あ、おはよ。朝からテンション高いね」
「そりゃもちろん、やっと同じクラスになれたんですから!」
「そうだね。ってかさ、今日って何かの撮影なのかな」
「え? 撮影ってなに?」
友達の植竹満里奈は不思議そうに私を見つめる。
「あそこのカメラは何なの?」
「カメラってなに?」
「いや、あそこにさ、カメラ持ってるおじさんがいるじゃん」
指をさしながら説明をしたが、満里奈はきょろきょろと首を回した。
「春休みボケでもしてるんじゃないの?」
「え、いや、でもあそこに」
「もうすぐ始業式始まるから行こうよ」
腑に落ちなかったが、始業式なんだから業者が撮影に来ていても、何ら不思議なことではない。
そして、何事もなく始業式は始まった。
退屈そうに先ほどのおじさんを眺めていると、私は少しの奇妙さを感じた。体育館全体を撮っているのではなく、ある特定人物を撮影しているように見える。
「あれは、藤田さん?」
藤田綾乃。去年も同じクラスだったが、ほとんど話したことはない。おとなしくて優しい人、という程度の認識だった。
カメラは完全に藤田さんのほうを向いていた。というか、彼女しか撮っていないように見える。彼女はどうして撮影をされているんだろうか。
「ねぇねぇ。あの子って藤田さんだよね」
私は後ろに並んでいる満里奈に声をかけた。
「え、うん。藤田さんだね」
「あの人って、どんな人?」
「どんな人って、去年同じクラスじゃなかった?」
「そうだったけど、あんまり話したことないんだもん」
舞台上では、校長先生が高校生活での注意点を話している。覚えていないけど、おそらく去年と同じ内容だろう。
「私だってあんまり話したことないよ。接点ないし」
満里奈は、話しているのを近くの先生にばれないか、不安そうな顔をしている。
「藤田さんと仲がいいって人は聞いたことないかも。あの子、いつも一人でいるような気がするから」
「なるほど。ありがとう」
「それはいいんだけどさ。ちゃんと前見て聞いとかないと、またゴリマツが怒るよ」
びくびくした表情を浮かべる満里奈を見て私は言った。
「大丈夫。ゴリマツ、今日めちゃくちゃ眠そうだから」
私は教員たちのほうへと目を向けた。
「なら、いいんだけどさ」
「藤田さんを見て、何か違和感ある?」
「別に何も感じないけど」
やはり満里奈には見えていないらしい。しかし、始業式の真ん中で堂々と女子高生を撮影しているおじさんがいるのに、誰も疑問に思わないというのはどういうことなんだ?
校長先生の話は終わり、最後の校歌斉唱となった。
「生徒、起立」
全校生徒が立ち上がり、スピーカーから校歌が流れる。その時私は気が付いた。
「カメラがなくなってる」
始業式が終わり私は教室へ移動した。その間、満里奈は私のさっきの言動について聞いてきたけど、正直私が聞きたい。
なんで校歌斉唱の時、おじさんがいなくなっていたのだろうか。その直前まで、私はいることを確認している。移動したらわかるし。どういうことだろうか。
「ねぇってば!」
「あ、ん? どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ! 何回も声かけてるのに、難しい顔して何も応答しないんだもん! ずっと何を考えてるの?」
満里奈は心配そうに、そして少し怒りながら私を見つめていた。
「え、あ、そうね。心配事っていうか、なんというか」
「体調悪いんだったら、あんまり無理しないでよね」
「ありがとう。そういえば、クラスにどんな人たちがいるのかな?」
私は教室のドアを開ける。これから始まる新しい生活への第一歩であった。
「おじさんだ」
私は目を疑った。教室の中には同じ制服を着た高校生が楽しそうに談笑している。何回か話したことのある顔見知りから、初めて見るような人もいた。その中に異彩を放つ存在がいるのだ。
周りの誰一人としてそのおじさんに視線を向けない。
これは幻覚だ。そうだ、幻覚だ。おじさんなんていない。私が疲れているだけ。何も心配することはない。
私は自分にそう言い聞かせた。そうでもしないとおかしくなってしまいそうだった。
「これからホームルームを始めるぞ」
担任の横川先生が教室に入ってきた。最近入ってきた、女子人気の高い先生だ。
「まず初めに、自己紹介カードを記入してもらうぞ。これは後ろの黒板に貼るやつだから、きれいな字で書くように。完成したら前に持ってきてくれ。周りの人と話しながら書いてもいいからな」
すぐに教室は話し声であふれた。
満里奈は近くの女子と話していた。コミュ力の高さを改めて実感し、このクラスは、別にこんなものがなくても仲良くなれるのではないだろうか、とプリントを見ながら思った。
私はいち早く記入を終え、提出をしに行く。誰とも話さずに記入をしたのは、先生に質問があったからだ。決して周りに仲のいい友人がいなかったわけではない。
「先生、これ」
「お、もうできたのか。早いな。ありがとう」
「あ、あと」
「うん? どうした?」
「今日って、この学校で何か撮影とかってありますか?」
「え、撮影? 特にそういったことは聞いてないが」
「そうですか、ありがとうございます」
「おう。何か心配事があれば、なんでも相談しろよ!」
無駄に暑苦しい教師。そんなに大声で言わないでほしい。恥ずかしい。
「では次に、進路関係のプリントを配ります。大事な紙なので、汚さないように回してください。これも記入したら前に持ってくるように」
しばらく経って、別のプリントが配られた。今までのガヤガヤした雰囲気が失われないまま、プリントは全員にいきわたった。
高校二年生にもなると、このようなプリントが増える。未来のことはまだ決めてないし、いっそカメラマンにでもなろうかな。
「あ、言い忘れていたが、このプリントは重要なものなので、必ずボールペンで書くこと。よろしくな」
先生がプリントを配りながら言った。相変わらず、おじさんは藤田さんの近くでカメラを構えている。さっきはわからなかったが、体育館にいた人と同一人物であった。あれは本当に何なんだろうか。
自分にしか見えないおじさんがカメラを構えて同じクラスの女子を撮影していたらクラスの女子はどんな反応をするのかドッキリ! なのだろうか。こんな長くて面白くもないドッキリは誰が見たいのだろうか。
「何なんだよ本当に」
そう私がつぶやくと同じ頃、教室が春の日差しを閉じ込めたような、暖かい空気に包まれた。エアコンもついていないし、窓やドアも空いていない。
「わりぃ、ボールペン貸してくれない?」
「え? 私ですか?」
何やら、男女の会話が聞こえてきた。男性のほうはよく見えなかったが、女性はあの藤田さんだった。
「書き終わったらでいい。頼む! ボールペン持ってなくてさ」
「え、あ、いいですよ」
おじさんの近くという非日常の隣で繰り広げられる何気ない会話。だが、なぜか独特の雰囲気をまとっているのが感じ取れた。
私は二人を見つめた。いや、正確には隣のおじさんを含めた三人を見つめた。しかし、あの独特な雰囲気を言い表す言葉は見つからなかった。
「ねぇねぇ、これどうする?」
不意に声をかけられた。隣には、何も知らない満里奈がいた。正直、今はあの二人を観察していたいので、少しうざったく感じてしまった。
「あ、えっと、まだ決められてなくて」
「いや、そうだよね。急にこんなの決めろって言われてもさ、無理じゃない?」
「あ、うん、確かにね」
適当な返事をしながら、私は二人の観察を続けた。
満里奈の参入の数秒の間に、ボールペンはすでに渡し終えていた。
「ねぇ、さっきからちゃんと聞いてるの?」
「あ、うん、聞いてるよ」
「うそ、全然聞いてないくせに。てか、さっきから何をそんな真剣に見てるの?」
「いや、別に何も見てないよ」
満里奈はあの二人のほうへと目をやった。
「あー、圭人ね。あれ? あぁいう顔がタイプ?」
「いや、全然そんなことないんだけど」
私は慌てて否定をするが、これはむしろ、好きだという気持ちを隠しているようではないのか。
「まぁ、ファンクラブもあるくらいだからね。人気なんだろうけど、私はあんまり好きではないかな」
男の顔を見てみると、確かに整った顔をしている。ファンクラブがあるのも納得がいく。残念ながら、私のタイプの顔でもない。申し訳ない。
「ごめんな、これありがと」
男は記入を終えたらしく、借りたボールペンを藤田さんへ返そうとしていた。
「あ、はい。全然大丈夫です」
「本当に助かったよ。藤田って、優しいな」
男は優しそうに笑みを浮かべた。
「え、そうかな?」
「そうだよ。本当にやさしい」
藤田さんは下を向きながら、少し照れたように笑った。
その瞬間、教室の空気が変わったように感じた。またしても、あの暖かい空気だ。
「なるほど。ちなみに、彼はどういう人なの?」
二人を見つめながら、私は聞いた。
「あれ? やっぱり、気になるの?」
「いや、全然そんなことはないんだけど」
満里奈はにやにやと嫌な笑みを浮かべる。完全に勘違いをしている。
「あら、そうかそうか。いいよ、教えてあげるよ」
「あ、ありがたいけど、全然そういうことではないからね」
「うんうん、わかってる。てか、私もあんまり絡んだことはないんだけどね」
「そうなの?」
「まぁ、勉強も運動も普通。持ち前の明るさと容姿で、陽キャ一軍の頂点に君臨してる普通の人間って感じ」
「あ、なるほど」
「でも不思議だね」
謎に棘のある説明を終えた満里奈は、二人を見つめた。
「何が?」
「あの二人、なんか、恋愛映画みたい。画になってる」
さっき言いたかった感情は、まさしくそんな感じだった。
「恋愛映画。確かに、確かにそうだね!」
「え? なんでテンション上がってんの?」
「いや、わかんないけど、そうだよね」
満里奈はよくわからない顔をしていた。まぁそうだろう。私にだって理解できない。
「そんなことはいいんだけど、これ、どうするの?」
「あー、そうだね。私はこっちかな」
「一緒だ。まぁ、こっちだよね」
あの二人の雰囲気が判明したって、私にはわからないことが山積みであった。あの二人から放たれるオーラは何なのか。
「紙を出しに行こうよ」
記入の終わったプリントを持ち、満里奈はせかしてきた。
「うん。行こうか」
私はちらっと教室の後ろを見た。おじさんは、相変わらず二人へとカメラを構えている。確実に存在しているはずなのに、誰も気にしていない。満里奈も、先生も、ましてや、藤田さんまでも。
……ピコン
乾いた電子音が教室に響き渡る。反射的に振り向くが、誰も反応していない。
明らかにカメラが撮影を始めた音がした。聞き間違いではない。確実に音がした。
「ねぇ、今の音きこえ……」
私は思わず息をのんだ。窓から差し込んだ光が二人を照らした。周りにはたくさんの人がいるのに、狙ったかのように二人だけを照らした。
たったそれだけの光景だった。が、妙に画になるような感じがした。まさしく、映画のワンシーンだ。
「ん? なんか言った?」
映画。そこで私は固まった。満里奈の声は右から左に受け流していた。
「何? どうかした?」
まさかそんなことがあるわけがない。ここは現実だぞ。映画の撮影なんてしているわけがない。しかし、今のは何だったんだ。
そして、それを予言したかのように、私にしか見えないおじさんは撮影を始めた。この情報からたどり着く答えは、一つしかなかった。
「満里奈。いいね、恋愛映画って。うん。最高」
「え、どうした? 変なもんでも食った?」
その答えの意味なんて分からい。でも、それが一番しっくりくる説明だった。
でも、なんで私にしか見えていないのか。それに、どうしてあの二人なのか。とても接点があるようには思えなかった。答えは、何一つとして分からなかった。




