第二十六話
「いま決断しなくてもいいんですよ」
少し落ち着きを取り戻した俺を見て、アルカイアはそっと距離を取った。
「いや、もう決めました」
こうしている間にも、父さんや湊の時間が削られていく気がしたからだ。
「そうですか......では、そろそろ」
「最後に一つ。始まりの地は、どこにあるんですか?」
「言っていませんでしたね」
そう言うと、アルカイアは俺の額に手を当てた。
ーー映像が流れ込んでくる。
「え、ここって......」
思わず顔を上げ、彼女を見つめる。
だが光は、ゆっくりと遠ざかっていった。
アルカイアは問いには答えず、静かに言う。
「戻れば、また迷うかもしれません」
穏やかな声だった。
「それで良いのです」
銀の髪が、淡く揺れる。
「迷うことは、生きている証ですから」
俺は小さく息を吐いた。
「......また、会えますか」
思ったよりも幼い問いだった。
アルカイアは微笑む。
「あなたが樹に触れる限り」
――私はここにいます。
光が強まる。
視界が白に溶けていった。
――――――――――
冷たい感触が、手のひらに戻る。
「ーーミナト!」
誰かの声。
重いまぶたを開く。
巨大な幹。
銀の葉。
リーフェルの巨木の前で、
俺は膝をついていた。
「おい、大丈夫か!?」
カイルが肩を掴む。
その後ろで、セレナが不安そうに覗き込んでいた。
「急に光って......動かなくなったんだぞ」
どれくらい経ったんだろう。
体は少し重い。
けれどーー胸の奥だけが、妙に静かだった。
「......平気」
声はちゃんと出た。
立ち上がり、巨木を見上げる。
さっきまで確かに感じていた気配は、
もう深い眠りの底に沈んでいた。
「何か分かったのか?」
カイルの問いに、一瞬言葉が詰まる。
永遠に眠る未来が脳裏をよぎった。
――言えるわけがない。
「.......少しだけ」
視線を逸らす。
「歪みを抑える方法があるらしい」
嘘ではない。
だが、すべてでもない。
カイルは安堵したように息を吐いた。
「なら十分だ」
「今日はもう日が暮れます。私の屋敷で休んでいってください」
レイシェルが言う。
皆で屋敷へ向かった。
風が吹く。
銀の葉が静かに鳴った。
まるでーー
見送られているようだった。
――――――――――
屋敷へ着き、夕食を終えたあと、
それぞれ客間へ案内された。
「ミナトさんはこちらをお使いください」
手入れが行き届いた、清潔な部屋だった。
「食事までいただいて、ありがとうございます」
「いえ、お構いなく」
そう言ってレイシェルは部屋を後にする。
俺はベッドに横になった。
ふかふかで、心地いい。
眠りにつく時も、こんなベッドがあればいいのに――
そんなことをふと思う。
向こう側へ行ったら、どうすればいいんだろう。
始まりの地の手がかりも探さなければならない。
それ以前にーー
どんな顔をして、皆と向き合えばいいんだ。
セレナやカイルの顔も、俺はまともに見ることが出来なかった。
まだ覚悟ができていない。
こんなんじゃ、ダメだよな。
鼓動が強く脈打つ。
ただ眠るだけなのに、
このまま目が覚めないんじゃないかという不安がよぎる。
ーーもう少しだけ。
いつもより、少しだけ。
俺は夜更かしをした。




