第二十三話
ノクティアの声は、どこか懐かしさを帯びていた。
エルフの村は静かだった。
「ここには魔物は入ってこん」
アルディオンが言う。
「結界ね」
セレナが周囲を見渡す。
よく見ると、村を囲うように淡い光の膜が張られている。
そのときだった。
胸の奥が、微かに熱を帯びる。
......本。
無意識に、それを握りしめる。
「その本なんじゃが、少し貸してくれんか?」
アルディオンが手を差し出した。
渡すと、彼は静かに頁をめくる。
そして小さく呟いた。
「やはり、そうか......」
「どういうことですか?」
開かれた頁を覗き込む。
「......白紙?」
「うむ。力が消えておる」
アルディオンは本を閉じた。
「おそらく、そなたの身体へ移ったのじゃろう」
心臓が一度、大きく鳴る。
「書いてあった内容を教えてくれんか?」
俺は、見たままを話した。
アルケア。
アルス。
世界が二つに分かれたこと。
アルディオンは静かに目を閉じる。
「......そのエルフについては、村長に聞くとよい」
そのとき、
「ねえミナト!こっち!」
セレナの声が響いた。
振り向くと、少し離れた場所で手招きしている。
近づくと、そこに咲いていたのはーー
「これって、ルミナ草?」
淡く光る花。
見間違えるはずがない。
すると近くにいたエルフの少年が笑った。
「ルミナ草じゃないよ」
「この花は、ケアリスって言うんだよ!」
少年はそう言って走り去った。
......ケアリス。
胸の奥が、また微かに熱を帯びる。
「ミナト、セレナ。中へ入るぞ」
カイルの声に呼ばれ、俺たちは屋敷へ向かった。
――――――――――
一際大きな屋敷の前で足を止める。
扉が開くと、ひとりのエルフが立っていた。
銀の長い髪。
見た目は三十代半ばほどだが、その瞳は遙かに深い。
「はじめまして。リーフェルの長を務めています。
レイシェルと申します」
落ち着いた声だった。
「ミナトです」
セレナとカイルも互いに名を交わし、広間へ案内される。
――――――――――
「あらかたアルディオンから聞きました。ディストラが襲われたと」
「はい」
セレナが答える。
レイシェルの視線が、本へ向く。
「そして、その書......おそらく我らの始祖、アルカイア様のもの」
アルカイア。
アルケアと、どこか響きが重なる。
「詳しく聞かせてください」
「少し長くなりますが......」
そう言って、レイシェルは語り始めた。
アルカイアは一万年ほど前、祈りにより誕生した最初のエルフ。
彼女はその力で、多くのエルフを生み出した。
ディストラの民を守るために。
そして、自らの存在を隠すため、この地に結界を張った。
「彼女は......どうなったんですか?」
セレナが尋ねる。
レイシェルは静かに微笑んだ。
「今も、ここにおります」
「......え?」
「お見せしましょう」
――――――――――
村の奥。
そこには、巨大な樹が立っていた。
幹は空へ届くほど高く、根は大地を抱くように広がっている。
淡い光が、幹から溢れていた。
結界の源。
まさか。
レイシェルはその樹を見上げ、静かに言った。
「この樹がーーアルカイア様です」
風が吹く。
葉が揺れる。
まるで、誰かが息をしているように。




