第二十一話
森を抜けた瞬間、視界が開けた。
崩れかけた木造の家々。
倒れた柵。
干からびた井戸。
ーー朽ちた村、ディストラ。
風が吹き抜けるたび、軋む音が重なる。
「......誰も、いないのか」
カイルが低く呟く。
人の気配はない。
半開きの扉。
軒先に干されたままの布。
土に転がる木製の玩具。
まるで、あの日のまま。
ノクティアは静かに言った。
「十年前、魔物が現れた」
その声は淡々としているが、奥が揺れている。
「あの時から、時は止まったまま」
村の中心へ向かう。
広場に、小さな石碑があった。
苔を払うと、名前が刻まれている。
「......イリス?」
セレナが読む。
ノクティアの膝が、崩れた。
「歪みは......先に来たイリスが静めた。
私が着いた時には、もうーー」
言葉が続かない。
石碑に触れる指が震えている。
「私が一緒に行っていれば。
彼女も、村のみんなも......」
初めて聞く、荒れた声だった。
「あなたのせいじゃないわ」
セレナが膝をつき、視線を合わせる。
「歪みが原因よ。だから今は、止める方法を探しましょう?」
長い沈黙。
やがてノクティアは息を吐いた。
「......そうだな。取り乱した。すまない」
その時だった。
「動くな!」
鋭い声。
振り向くと、弓を構えたエルフ数人。
そして、その中央に一人の老人。
「ノクティア......か?」
その声に、彼女の目が見開かれる。
「......お父様?」
弓が下ろされる。
ノクティアは一歩、また一歩と近づく。
「生きて......いたの?」
「十年前、リーフェルに用があってな。
戻った時には......」
リーフェル。たしか、エルフの村だ。
「それからはリーフェルに身を寄せておる。
だが、ここには何度も戻った。
誰か戻ってきていないか、確かめるためにな」
ノクティアの目から涙がこぼれる。
「良かった......本当に」
カイルが小声で言う。
「このじいさんがノクティアの父さんなのか?」
「無礼だ」
弓がわずかに上がる。
老人は手で制した。
「構わん。
わしはアルディオン。ディストラの元村長だ」
エルフではない。
だから俺たちと同じように老いる。
「それで、なぜここへ来た?」
「歪みを調べています」
俺が答えると、アルディオンは頷いた。
「ならば、来なさい」
――――――――――
村の奥にある屋敷へ入る。
室内は意外なほど整っている。
「ここは?」
「わしの家だ」
松明を灯し、地下へ降りる。
扉を開けると、壁一面の書架。
古い書物が整然と並んでいる。
「すげぇ......」
カイルが息を呑む。
「知っていることは話そう。
それ以外は、ここで探すがよい」
俺たちは礼を言い、書物を調べ始めた。
ふと思い出す。
「村長。わらべ歌について何か知っていますか?」
「どんな歌だったか?」
ノクティアが静かに歌う。
歌い終えた瞬間、アルディオンが目を細めた。
「ああ......そうじゃ。
確か、三番があった」
「......三番?」
ノクティアが首を振る。
「私は知らない」
地下室の空気が、わずかに重くなる。
それから数時間。
埃と紙の匂いの中、書をめくり続ける。
「ねえ、これ」
セレナが一冊の本を差し出した。
表紙にはこう刻まれている。
ーー始まりの民、アルケア。
ノクティアの言葉が蘇る。
ディストラの民の祖。
俺は息を整える。
「......読もう」
地下室の炎が、わずかに揺れた。




