第二十話
「セレナ、起きてるか」
「......ん......ミナト?」
眠たそうに顔を出す。
「父さんが、生きてる」
その一言で、彼女の目が一瞬で覚めた。
「......どういうこと?」
俺は簡潔に話した。
神崎恒一とレオニス。
二つの人格の融合。
そして、自分の意思で二つの世界を渡れたこと。
セレナは黙って聞いていた。
「急いで......っ」
ディストラへ行こう。そう言いかけた瞬間ーー
ずきり、と。
激しい頭痛が頭を貫いた。
視界が揺れる。
「ミナト!?」
「あ......たま、が......」
言葉が途切れる。
そのまま、意識が落ちた。
――――――――――
目を開ける。
白い天井。
保健室だ。
「おい!どうだった!?」
翔が身を乗り出す。
頭痛は、嘘のように消えていた。
「......戻れた。けど、向こうで急に頭痛が来て......そのまま気を失った」
「反動か」
レオニスが低く言う。
「都合よく使える力じゃないということだな」
翔が腕を組む。
「明日から連休だろ?なら時間はある」
少し考えて、にやりと笑う。
「神崎先生の家に泊まり込みで調査しようぜ」
「神崎先生いいですよね!?」
「俺は構わないが、親御さんには何と言う」
「部活の合宿。剣道部だし、いいだろ?」
翔は俺を見る。
「......泊まらせてもらおう」
すぐに決まった。
――――――――――
一度家に戻り、適当に理由をつけて荷物をまとめる。
夕方、再び学校前で合流した。
「悪い、待たせた」
「よし、行くか」
レオニスの車に乗り込む。
「父さん、車運転できるんだな」
「最初は何だこの鉄の箱はと思ったがな。
こっちで生きるなら必要だ」
少し得意げだ。
「ルナリア王国ってどんな所なんだよ」
話を聞いていた翔が身を乗り出す。
「王国は一つ。あとは小さな村がいくつか。
戦争というものがなく平和な世界だ」
翔がぽつりと呟く。
「......行ってみてぇな」
――――――――――
マンションに到着した。
レオニスが車を駐車場に入れ、エンジンを切る。
静かな住宅街だった。
エントランスを抜け、エレベーターに乗る。
レオニスは慣れた手つきで「3」のボタンを押した。
数字がゆっくり点灯し、エレベーターが上昇する。
扉が開く。
廊下には柔らかな照明が灯っていた。
二つ目の扉の前で足を止め、カードキーをかざす。
電子音が鳴り、鍵が外れる。
「どうぞ」
「お邪魔します」
中に入ると、ほのかにシトラスの香りがした。
整然とした玄関。
きちんと揃えられたスリッパ。
壁には小さな観葉植物が置かれている。
ーーちゃんと生活している家だ。
エルノア村で剣を振るっていた父とは違う。
ここには、神崎恒一としての時間が積み重なっている。
俺は、少しだけ胸が締め付けられた。
リビングに荷物を下ろし、茶を飲む。
異世界の話。
こちらでの生活。
思い出話を三人でする。
久しぶりに、父と過ごす夜だった。
だがその裏で、時間は静かに削れている。
「......そろそろ寝るか」
時計は深夜を回っていた。
「明日、何か掴めるといいな」
目をとじる。
――――――――――
揺れる感覚。
「......ん」
目を開ける。
視界が低い。
「起きたか」
カイルの背中だ。
俺は担がれていた。
「悪い......」
地面に降りる。
「ミナト!大丈夫!?」
セレナが駆け寄る。
「ああ」
俺は状況を説明した。
「ミナトが気を失っている間に進んだの。
急いだ方がいいと思って」
セレナが静かに言った。
周囲を見渡す。
朝いた場所より、明らかに暗い。
どこからか、低いうめき声のような音。
風はないのに、木々が微かに揺れている。
「......不気味だな」
「かなり歩いたわよ」
セレナが空を指す。
木々の隙間から、真上に昇った日が見える。
「そんなに気を失っていたのか」
「半日近く。森を進むにつれて景色はどんどん薄暗くなってきたの」
もう昼には二度と寝ない。反動が大きすぎる。
そう思った。
「村に近づいている証拠だ」
ノクティアが言う。
その声は、わずかに震えていた。
俺たちはまた、歩き始める。
木々の隙間から、朽ちた屋根の影が一瞬見えた気がした。
ディストラは、もうすぐそこだ。




