第十四話
焼けるような感覚が、頭から足先まで一気に走り抜ける。
視界が砕け、音が歪み、俺はその場に立っていられなくなった。
ーー思い出せ。
”俺”の声が、遠くで響く。
次の瞬間、世界が切り替わった。
夕暮れの部屋。
見覚えのある、向こう側の家。
「湊、もうすぐご飯よ」
キッチンから聞こえる母の声。
確かにそこにいる。消えてなんかいない。
「はーい」
自然に返事をしている”俺”を、俺自身が見ていた。
場面が切り替わる。
――――――――――
病室。
白い天井。規則的な機械音。
「外傷はほとんど治っています。ただ、意識が......」
医者の声が、妙に遠い。
両親が、ベッドの傍らで泣いていた。
ーーそうだ。
これは、三年前。
俺が初めて”向こう側”へ行った時の記憶だ。
映像は、さらに深く沈んでいく。
――――――――――
次に現れたのは、ルミナ山。
まだ幼いセレナとミナト。
父ーーレオニスが、二人の前に立っている。
「この花はルミナ草って言ってな。
夜になると、青く光るんだ」
父はそう言って、咲き誇る花を指さした。
「今度、夜にまた来よう。
山菜採りついでにな」
優しく微笑む、父の顔。
ーーああ。
その瞬間、全てが繋がった。
――――――――――
目を覚ますと、朝だった。
胸の奥にあった空白が、確かに埋まっている。
俺は、記憶の融合に成功し、すべてを取り戻していた。
「ミナト、おはよう......って、その髪!戻ったの?」
「髪......本当だ」
俺は前髪をつまみ、確かめる。
「良かった......おかえりなさい」
母はそう言って、俺の手を強く握った。
その後、今まで起きたことや、思い出話をして過ごし、
俺たちはルナリア城へと戻った。
――――――――――
「記憶も取り戻したことだし、これからどうやって湊の影ーー
歪みを静めるのか、考えましょう」
城の仕事部屋で、セレナが言う。
「そもそも、歪みをまとめて静めることとか出来ないのかしら」
確かに、一つずつ対処するには限界がある。
「......ノクティアさんの故郷へ行けば、もっと歪みについて分かる気がする」
「今は遠方へ調査に行ってるはずね。手紙を書いてみるわ」
「頼んだ。俺は、ちょっとカイルのところへ行ってくる」
「カイル?突然どうしたの?」
「この間の歪み、発生してから広がりが早かったって言ってただろ。
魔物に遭遇する可能性も高くなる。剣が使えるようになりたいんだ」
静められても、守れなければ意味がない。
「分かったわ。
でも、くれぐれも一人で城下街の外に出ないで」
「分かってる。行ってくる」
少し心配そうな顔で、セレナは俺を見送った。
――――――――――
冒険者ギルドは、相変わらず人で溢れていた。
その中で、一際目立つ赤髪の男ーーカイルがいた。
「カイル!」
呼ばれたカイルが振り向く。
「湊!......って、その髪。染めたのか?」
「元々、これだったんだ」
俺は、これまでの出来事を一通り話した。
「......なるほどな。謎が解けたってわけか」
カイルは腕を組み、頷く。
「それで?俺に用があるんだろ?」
「ああ。カイル、俺に剣術を教えてくれないか」
「いいけど......急だな」
「歪みの調査が本格化すれば、魔物と戦う機会も増える。
自分と、姉さんを守れるようになりたい」
少しの沈黙の後、カイルは笑った。
「いいぜ。ただし交換条件だ」
「交換条件?」
「俺も、その歪みの調査に同行させてくれ。
魔物が出たら、力になる」
確かに、これ以上ないほど心強い。
「......いいのか?冒険者の依頼は」
「気にするな。冒険者は冒険してナンボだろ?
魔石も手に入るし、俺にはメリットしかねえ」
目を輝かせるカイルを見て、思わず笑う。
「じゃあ、よろしく頼む」
「よっしゃ!よろしくな!」
俺たちは、改めて固く握手を交わした。
――――――――――
カイルは荷物をまとめに家へ戻り、俺も城へ向かった。
セレナに、カイルとの会話を伝えたあと、俺は自室へ戻る。
疲れが出たのか、強い眠気が襲ってきた。
最近、色んなことが起きたからな。
今日は早めに休むとしよう。
そう思って、ベッドに横になった。
――――――――――
「......んー」
「湊、湊!」
誰かの声が聞こえる。
俺はゆっくり目を開けた。
そこには、眼鏡をかけた青年が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
ーー翔だ。
なぜか今回は、すぐに分かった。
記憶が戻ったからだ。
「良かった。さっき目覚ましたと思ったら、また気失ってたから」
ここは、この間、影が入り込んだときに見た保健室。
何日も経ったはずなのに、時間が止まっているようだった。
「月島くん、本当に大丈夫?」
カーテンを開けながら、保健室の安田先生が言う。
「もう大丈夫です。すみません」
身体はきちんと動く。
今回は、いつもあった頭痛もない。
最近来れていなかった”向こう側”
ーー記憶をすべて取り戻したからなのか。
それとも、別の理由があるのか。
そんなことを考えながら、俺はベッドから起き上がり、
教室へ向かおうとした。
「湊、カバンここに持ってきてるから。
もう何ともないなら、一緒に帰ろう」
翔にそう言われ、ふとその横顔を見つめる。
「......え?」
眼鏡はかけている。
けれど、よく見るとその横顔はーー
カイルに、そっくりだった。




