第十三話
母の家で、俺たちはその夜を過ごすことになった。
久しぶりの再会だというのに、母は多くを語らなかった。
ただ、ミナトの顔を何度も確かめるように見つめ、
食事を用意し、火を灯し、静かに時間を重ねていた。
「食べたら、ルミナ山に登りに行きましょ」
セレナは、そう言って、俺を見る。
「もう外は暗いし、明日のほうがいいんじゃないか?」
「夜にしか見られないものがあるの。
それに、見たら記憶がまた戻るかもしれないでしょ」
そう言って、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「魔物はともかく、ミナトは歪みを目で見られるんだから。
もし出ても、ちゃちゃっと対処すればいいわ」
「......そうだな。分かった」
「なるべく早く戻ってくるのよ」
母は、心配そうにそう言ったが、それ以上は引き止めなかった。
――――――――――
夜の道は、虫の声と俺たちの足音だけに包まれていた。
「本当に、のどかな所だな」
「でしょ?
この仕事を引退したら、絶対ここに戻って、のんびり暮らすの」
そんな他愛もない話をしながら、俺たちはルミナ山へ向かった。
ルミナ山は”山”というより、なだらかな丘に近い。
ほどなくして、山頂付近へ辿り着いた。
セレナは先に駆け上がり、立ち止まって振り返る。
「......これが、見せたかったもの」
そこには、夜闇の中で淡く光る花が、一面に咲いていた。
「......ルミナ草」
自然と、言葉が零れた。
自分でも驚く。
思い出したわけじゃない。ただ、知っていた。
「そう。ルミナ草。思い出した?」
「いや......思い出せてはいない。でも、分かったんだ」
「まあ、エルノア村の名所だからね。
それに......お父さんと、よく来てた場所だし」
「父さんと......」
セレナは、どこか悲しそうで、それでも優しい表情で花を見つめていた。
「思い出すことは出来なかったけど......連れてきてくれて、ありがとう」
素直な気持ちを、言葉にする。
「いいの。私も、来たかったから」
そう言って、セレナは気持ちを切り替えるように微笑んだ。
その後、何事もなくルミナ山を後にした。
――――――――――
家に戻ると、母が「おかえり」と出迎えてくれた。
用意された寝床に横になり、天井を見つめる。
ふと、セレナから聞いた、あのわらべ歌を思い出す。
ーーノクティアの故郷に伝わる歌、だったな。
もしそこへ行けたら、歪みのことも、もっと分かるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、意識は闇へ沈んでいった。
――――――思い出して。
声が、頭の中に響いた。
これは...夢?
――――――全て、思い出すんだ。
その言葉に、俺は咄嗟に目を開けた。
そこは、真っ白な空間だった。
声が反響し、どこまでも続いているように見える。
奥の方に、何かがある。
近づくと、視界いっぱいに映像が広がった。
「......向こう側の家だ」
けれど、どこか様子がおかしい。
「母さん、お弁当ありがとう」
映像の中の”俺”ーー湊が、そう言っていた。
母さん?
両親は三年前にいなくなったはずじゃ......。
背後に、気配。
俺は、反射的に振り返った。
「......っ」
そこに立っていたのは、”俺”だった。
「やあ、ミナト。やっとここに呼べたよ」
「......湊なのか?」
「少し違う。
俺は、ミナトのーー消された記憶」
「消された......記憶?」
「ああ」
「詳しく説明しろ」
”俺”は、分かるように語り始めた。
――――――――――
十六歳の時、歪みに吞み込まれた俺の記憶は、
歪みの中で影となって彷徨った。
夜になると歪みには”通り道”ができ、そこを通って地上に行ける。
だが、朝までに戻れなければ歪みが発生し、自分を制御できなくなる。
ボーダーキーパーに歪みを静めてもらうことで、元の空間へ戻れる。
そしてーー
全ての影はリンクしていて、
湊の影と出会ったことで、俺の記憶は居場所を見つけ、
夜に身体に入り込むことができた。
――――――――――
「じゃあ......湊は、まだ俺の中にいるのか?」
「推測だが、俺は”お前自身”だからここにいられる。
だが湊は違う。完全には重なれず、弾かれているんだろう」
「......なるほどな」
理解は、出来た。
「じゃあ、早速だ。記憶の融合を試したい」
「待て。その前に聞きたい」
俺は、”俺”を制した。
「湊の両親は三年前に出て行ったはずだ。
でも、今見た記憶では......」
「その記憶自体が、歪んでいる」
呆れたように、”俺”は言う。
「言葉じゃなく、記憶で思い出せ」
そう言って”俺”は俺の両手を掴んだ。
その瞬間。
これまでの全ての記憶が、
一気に、身体を駆け巡った。




