8.これでよかったの
エラの生みの母親が亡くなった後、お父様は割と早く再婚した。
子供ながらに父親の様子から、この結婚が私の為だということは分かっていたのね。
だから最初は新しい家族に馴染もうと意気込んでいた。新しいお母様ができるというより、家族が増えるって感じだったし。
お母様はお母様、新しいお母様は新しいお母様。
自分には二人のお母様ができるんだって。お父様もそれでいいと仰っていたのよ。
それに一人っ子だった私が、ずっとお姉様という存在に憧れていたというのもあって、二人も姉ができると知った時には会うのが楽しみだったのだ。
実際に会った継母は目元がちょっときついけど綺麗な人だったし、義姉たちは、栗色の髪と目がとても可愛らしい女の子たちだった。どこから見ても完全に母娘!
比べて私は父親譲りの青い目と母親譲りの金色の髪。これではどう頑張っても二人とは姉妹に見えないと思って、がっかりしたくらいだ。
お父様がいたころは、ぎこちないながらも少しずつ家族らしくなっていた。
ただ、子供のころのエラは引っ込み思案だったことが原因だろう。最初は色々気遣ってくれていた継母や義姉たちの態度が、だんだん冷たくなるのを感じた。
まあね。
前世の記憶をもとにわが身を振り返れば、見た目は人形のようにかわいくても、態度は全っ然可愛くないのだもの。はにかんだ笑顔くらい見せられたら、未来は全然違ったのにね。
それでも時間をかけて、私たちは新しい家族の形を作っていけるはずだった。
なのにある日突然、お父様が亡くなってしまった。仕事で出かけていた先でがけ崩れにあい、隊列のほとんどが土砂に巻き込まれてしまったのだ。
ひどい状態であったであろう父の亡骸を、継母は私に見せることはなかった。彼女が青い顔で恙なく葬儀を取り仕切ってくれるなか、私は娘だというのにただ泣いていただけだった。世界がすべて砕け散ったみたいだった。
その後の生活は困窮した。
お母様は裕福な平民出身だったけど、爵位を持ったお父様と結婚したことがあだとなったともいえる。
この世界で貴族の既婚女性が働くことは禁じられているのね。出身が平民であっても、貴族の夫人である限り条件は同じ。
お母様も籍を抜いてしまえば、実子二人を連れて実家に帰ることができた。もしくは働きに出ることもできたんだけど、彼女はそうしなかった。だから家族で生きていくためにお母様にできるのは、使用人に暇を出し、家のものを切り売りすることだけだったのだ。
そうして私は絵本のシンデレラがそうだったように、家中の掃除や洗濯を担うことになった。
電化製品がない世界での家事は負担が大きい。平均レベルの庶民でさえ、お手伝いさんを雇うことが多いくらいなのだ。生活スペースを縮小して生活しても、家事は際限がなかった。
皆疲れているから笑顔なんて消えた。
エラ自身めちゃくちゃ世間知らずだったから、使用人同然の生活を恨むまではいかなくても、悲しくてつらくて泣くことはままあった。忙しくしていれば気がまぎれたとはいえ、洗濯なんて特に重労働。毎夜くたくたになってベッドに倒れこみ、眠るまでの束の間、思い出したように涙を流す。
恨みは自分を置いていってしまったお父様に八割。残りはあかぎれで痛む手や寂しさ、義母と義姉たちへの八つ当たりだったように思う。
舞踏会の日までは、慌ただしくも久々に賑やかな日々だって。
私が着ていこうとしていたのは、お母様の形見のドレス。それを汚されてしまったのは不幸な事故だった。振り返ってみれば、下の義姉パティの意地になった言い方が、意地悪をしていたように見えてしまっただけ。
でもそれらは全部、私には見えていなかったこと。
継母が実兄と仲が悪くて援助が望めなかったことも、義姉たちが身元を隠してよそへ働きに出ていることも、何も何も知らなかった。いえ、知ろうともしてなかったのほうが正しかったと思う。自分のことで手いっぱいだったとはいえ、視野が狭すぎよね。
それでも継母や義姉たちに不幸になってほしいとは、微塵も思わなかったのだ。だって、私の中では家族だったんだもの。
だから王子様を振り払って走ったことを後悔はしていない。
その後、お母様たちはあまり間を置かずに帰ってきた。最後まで残らなかったらしい。
「エラ、王子様と踊れてよかったわね。でも、どうして急に帰ったの?」
お料理を食べてる間に、気づいたらエラがいなかった――――と、みんなから心底不思議そうに聞かれ、私は思わずにっこりしてしまった。
前世を思い出したことで見る目が文字通り代わってしまった私の目からすると、お母様もお姉さまたちも、全然意地悪じゃないんだもの。もしも私がドレスのことで不貞腐れたままお留守番をしていたら、舞踏会で出たごちそうを、こっそりお土産にしてくれたに違いない。
事実、パティはこっそりポケットに忍ばせていた焼き菓子を、謝罪の言葉と共に私にくれたんだもの。令嬢らしくないけど、庶民感覚が抜けきらない姉たちが、私はやっぱり大好きなのだ。
みんなを守りたいと思ったのは正しかったんだって、素直にそう思えたの。
「踊ってた人が王子様だって気づいて、急に恥ずかしくなっちゃったの」
「気づいてなかったのっ?」
「うん」
深く頷く私にお母様は苦笑し、パティは「わかるわ!」と賛同してくれた。
ちなみに一番上の姉マーゴは、王子様そっちのけで素敵な紳士にボーッとしていたらしく、その後はその紳士の話題で盛り上がった。
数日後、私が落とした靴に会う令嬢を探しているとの知らせが入ったけれど、私は隠れて靴を履くことはなかった。私以外にピッタリの令嬢はいるし、事実いたし、王子様はその方と結婚した。
(これでよかったの)
結婚式の鐘の音を聞きながら、私はこっそり隠れて泣いた。
美しいお姫様を見つめる王子様のまなざしを想像しただけで、胸が張り裂けて死んでしまいそうだったけど。
遠くから聞こえるお祝いのざわめきを聴きながら、一人きりの部屋で泣いて泣いて――――
気づいたら舞踏会開催の知らせを聞いた日まで、時間が巻き戻っていた。




