6.シンデレラ⁈
「エラ~、聞いて聞いて~!」
お母様と一緒に出掛けていたジェーンが、帰宅そうそう私に抱き着いてくる。4歳になったばかりの異母妹は甘えん坊だ。今もふくふくのほっぺ紅潮させ、目をキラキラさせながら私を見上げてくる様子が愛らしい。
「おかえり、ジェーン。お母様もお帰りなさい」
「ええ、ただいま戻ったわ。……だめよジェーン。そんなに勢いよく抱き着いたら、またエラが尻もちをついてしまうわよ」
以前受け止めきれずに倒れてしまったことを言っているのだろう。苦笑する継母に大丈夫だと言いながら、私はいつものようにジェーンを抱き上げた。
「あたし、ちゃんとエラのこと呼んだもんね? 今度は倒れなかったよね?」
「ええ、大丈夫よ。ちゃんと鍛えてますからね」
年の離れた妹と駆けまわったり、美容を意識しながら家事をしたりしている私は、一般のご令嬢方より力持ちなのだ。不意打ちでなければ大丈夫。
以前私が転んだことに驚いて泣いてしまったジェーンに、最初に名前を呼ぶことを教えたので、今ではちゃんと実践してくれる。前世にはいなかった可愛い妹は、とってもかわいくておりこうさんなのだ
「それで、かわいいジェーンは私に何を教えてくれるのかしら?」
鼻先を軽くつついて尋ねると、ジェーンは「へへっ」と笑ったあと、自信満々に「ぶどうがあるの!」と言った。
「ぶどう?」
ブドウの季節にはまだ早いのではないかしら?
首をかしげる私に、ジェーンが早口に「ぶどうなのよ! ぶどう!」と繰り返す。
「おしろでね、ぶどうがあるの。エラとパティはおうじさまとおどるの!」
興奮気味に早口で教えてくれた内容に、私は小さく息を飲んだ。
「舞踏会? お城で?」
お母様のほうを見ると、母は興奮するジェーンを受け取りながら詳しいことを教えてくれた。
「もうすぐコナン王子殿下の22歳の誕生日でしょう。それを祝う舞踏会が開かれるらしいわ。殿下にはまだ婚約者のいらっしゃらないから、そこで花嫁を探すんじゃないかって町の人たちは大騒ぎだったわね」
「まあ」
町の様子を想像し、笑顔を作る。
みんなめでたいことが大好きだし、なかでも王侯貴族のロマンスなんて女の子の憧れの的だ。自分が参加するわけでもないのに、女の子たちは令嬢のドレスや王子さまや令息たちの話題に花を咲かせているのだろう。
王族が22歳の誕生日にパーティーを開くのは、もはや伝統行事に近い。
王太子殿下のパーティーは16年前。私はまだ2歳だったから何も覚えていないけど、14年前に開かれた王女殿下の誕生祭の時の雰囲気はうっすらと覚えている。
町中が花とリボンで飾られていて、ちょうど今のジェーンと同じ年頃だった私はお父様と、8年前に亡くなったお母様と三人で中央公園へ遊びに行った。楽しい思い出の日だ。
「コナン様は人気がありますしね。婚約者がいらっしゃらないのが不思議なくらい」
声が震えないように気を付けながら、にこやかに私がそう言うと、お母様はひょいっと肩をすくめて見せた。
「わたしとしては、すでに殿下のご婚約は済んでいて、その発表では? と思っているのだけどね」
「ああ、そうですよね」
お母様の言葉にジェーンは口をとがらせるけど、私は(そうよね)と、胸の痛みを無視して頷く。
(でも違うかもしれない……)
一度目と二度目の舞踏会では、そこで出会ったご令嬢と結婚をしていた。
三度目の時は隣国へ婿入りする発表だったし、前回は公国の公女様との婚約が発表されたけど、今度は一度目と同じかもしれない。
(もう一度やり直しても、同じとは限らないのに)
脳裏に浮かぶのは、遠い過去で出会った王子様の姿。
自分がシンデレラだなんて、全然気づいてもいなかったころに出会った人。
磁石が引き合うみたいに自然と手を取って踊って。そばにいるのが自然だと思うくらいしっくり来た人。王子様なのに他愛もない話をするのが楽しくて、彼が王子様だなんて忘れてた時間。
でも逃げた。
シンデレラの物語がそうだったからではない。慌てすぎて靴を片方落としてしまったのも偶然だ。
(だって、思い出してしまったから)




