9.デブリーフィングは正確にせよ。
左手を上げ、下げる。
右手を上げ、下げる。
足は…付いているようだが……
視界にチラチラと映りこむ長いもの―
(えっと…し、尻尾?え、お尻に尻尾がついてる?!)
あの問答無用の高い高いから救出された後、
びろん、とラグザに抱えられた体勢で可能な限りの現状確認をしているのだが、あり得ない(今の状況が一番あり得ない)事に…まず人としては付いていてはおかしいものが自分に付いて、いや、生えている。
そして動かせてはいるものの、どう見繕っても人の手とは思えない、小さな鉤爪の生えた白っぽい手の向こうに見える、ぽっこりお腹とのびた短い足。
無論、出勤時に着ていたスーツは見あたらず…ネイキッド状態。
『ぱるぅ……(なんで…)』
(なんで服着てないの!!?)
………いや、そこか?問題は…
目が醒め、当初の閉鎖空間からは出たようだが、怒涛の情報量に理解が追い付かず、未だ混乱中の波瑠。
(空から落ちて、いや、落とされて…助けてもらった?んだよね?…でも、確かたまごって、ドラゴンがどうとか言ってなかったっけ?え?わたしドラゴンなの?ドラゴンってこんななの?)
しげしげと己のものと思わしき手足を見つめ…混乱であまり働かぬ頭で最終的に導きだした結論は…
『ぱるぅ…(足短すぎない?)』
で、あった。
いや、そういう問題か?……
※※※※※※※※※※
わさわさと小さな手足を動かしたかと思えば、急に悄気かえっている(ように見える)、手の中の生き物。
こと騎獣となると急に馬鹿となる、アイギスが喜色満面で連れかえってきたナゾ生物であるが、今の所無害な生物のようだ。
一見して蜥蜴や石化大蜥蜴に近い身体の造作をしているが、全体的に丸い。
体表は鱗、は見当たらず、真珠のような虹の彩りが光をうけると浮き沈みし、長い尾は中心に軸を持ち、平たく縦に潰れた鰭状で体表と同じく光彩が所々に走っている。
が、明らかに蜥蜴種には見られない輝く房の生えた突起状のものが顔周りに複数生えているのだ。
(む、蜥蜴の変種か?)
うごうごと抱えられた身体を時折捩り、小さくとも整った鉤爪のある手を動かしていた波瑠を観察しながら、どうするのが最適か頭を捻るラグザ。
(辺境は未だ開かれた土地ではない。故に、未知の生き物がいてもおかしくはないが…)
…………明らかに飛ぶ形状をしていない、何なら歩行さえ難儀しそうな手足をもつナゾ生物が、空から降るのはおかしくはなかろうか?
しかもあのヨグが態々星詠みで告げたのだ、この生き物が降る事を。
『……………アイギス。』
『ぉ、応?』
『………リリース。』
『え゛!!!』
先ほど波瑠を救出(?)するためにラグザに一時的に昏睡のデバフをかけられていたアイギスは、起き上がり様に言われた命令に固まる。
『今は害は無さそうだが、如何せん何時此が害を為すようになるやもしれん。』
『なっ!!』
『それで傭兵団を危険に曝すわけにはいかぬからな…今すぐとは言わぬ、明朝に降った場所に帰せ。』
『そ、そんな………!』
『可能性は低いやもしれんが、後に禍根となりそうなものは手元に置いてはおけんぞ。』
『…っ………』
『それにナゾ生物の親が我が子を探しているかもしれぬしな…』
『…うっ………。』
(抱え上げられても暴れも、噛みつきもせんからおそらくは危惧するほどの事はないのだろうが…いつぞやの古代竜のように、駐屯地が地獄と化すのは避けたい。)
まだ記憶に新しいアイギスの引き起こした史上稀に見る最大級の厄災を思い起こし、痛みはじめた蟀谷をおさえながら
『明朝に必ず帰せ。いいな?』
と、念を押したのだが…
アイギスはそんなことなど忘れたようで、折角手に入れた珍しい騎獣を早々に手放せと言われ、思いっきり項垂れている。
その姿を見、嘆息した後、用はすんだ…とばかりに抱えた生き物をアイギスに渡して天幕からさっさと追い出そうと声をかけ…
ようとしたところで…
『待つがよいぞ、ラグザ。』
『!!!』
星詠みのヨグが天幕の入り口から現れたのだった。
(!!!ナイスタイミングだ!じじい!!(喜))
『ハァ…………待てとは如何に?星詠み殿。』