36.叔父様と叔母様はお怒りです。(2)
シリアスもう少し続きます。
歩みをすすめる度に…
コツコツと反響する足音―
先程齎された報の真偽を確かめるために、控えの間へと足を運んでいる烔黎であったが、その道すがら、城の空気が張り詰めている事に気付いた。
(おかしい…皆の気配が硬い。結界は破れてはいない。何もかも普段と変わらぬものなのに…何故これ程張り詰めているんだ?)
いつもは騒がしいはずであるのに、普陀之城の中は何故かしんと静まり返っている。
(いったい何が…)
不自然な城内の雰囲気を訝しみながら控えの間に到着し、いよいよ足を踏み入れたのだが…そこには思いもよらぬ人物の姿が在ったのだ。
『……………。久しいな、烔黎。』
『……白渼殿、……何故貴方様がここに…。煬帝城の守護を担う方が城を離れるなど、本日は何の報せでこちらに参られたか。』
予想だにしない人物がそこに居たため、使者を問い質そうと意気込んでいた烔黎の語気も幾分抑えたものとなる。
そんな烔黎の問いかけに、白渼と呼ばれた偉丈夫は、やや伏し目がちになりながら答えを返す。
『先方伝えたはずだ。侍従からは聞いていないか?』
その問いかけに無言で返す烔黎。
『……。』
深く溜め息をついて、もう一度、今度は確りと目を見つめながら白渼が口を開く。
『…………………、総灯殿が、其方らの姉上が本日身罷られた。私は…其を伝えに来た。』
静かに紡がれた言葉は先程の侍従の報せと変わらず、「姉の死」という受け入れがたい内容であった。
※※※※※※※※※※
それからは…
記憶が曖昧ではあるが、取り乱し暴れる燬皓の手を引き、緊急時以外は封印をしてある転移門を開き、煬帝城へと転移した。
そして見たのだ。
弔いの宮の、冷たい石の棺に横たわる姉の姿を。
『…ね、姉様…?そんな!!姉様!!!?』
(っ、何故…このような…)
『烔黎よ、こちらに。』
共に煬帝城に帰城した白渼に呼ばれ、棺に取り縋り、号泣する燬皓の側を一旦離れる。
『御方様が、籟暭様が奥の宮でお待ちだ。……燬皓と共にそちらへ。』
『っ、承知しました。義兄上の元に向かえば良いのですね?』
『先触れは既に。私は御方様よりの下知でせねばならぬ事がある。2人で向かってくれ…。』
それだけ伝えて直ぐに白渼は踵を返し、足早にその場を離れていった。
白渼の背を見送り、棺の側で膝から崩れ落ちている燬皓のもとに足を運ぶ。
『…………燬皓、義兄上が呼んでいる。断腸の思いだろうけど、一度姉上様から離れて詳しい話を聞かなければ……』
悲しみに暮れる双子の片割れにそう告げるも、
『烔黎!!貴様何を言うか!!このような場所に姉様を独り残せと!?こんな、こんな冷たい場所に!!』
激しく咎める声が返る。
『っ、………私だって姉上様をこんな所に一瞬だって残して行きたくはない!!だけど義兄上に話を聞かねば、どうしてこんな事になったのか、姉上様に何があったのか判らないじゃないか!!』
ぐっと拳を握り締め、振り絞るように言葉を紡ぐ烔黎。
『……行こう…。行って話を聞いて、直ぐに姉上様と一緒に城に帰ろう………』
(そう、姉上様と一緒に……皆のいる家に帰るんだ…)
※※※※※※※※※※
力ない燬皓の手を引き、奥の宮についた烔黎。
そこには喪の衣裳を纏った人々に近衛であろうか、武装した兵も数人見受けられる。
『よく、……参った。』
奥の宮の扉をくぐった2人の前に重い声音が響く。
『………義兄上………』
北辰の龍の皇にして最愛の姉の夫。
冷たく整った美麗な顔立ちの男―
籟暭が暗い光の消えた目で遠くを見つめている。
『義兄上、姉上様は…』
『………総灯は、我が最愛は我等の子の命と引き換えに冥府へ渡った……』
『!!』
『な、………』
淡々と答える籟暭に絶句する2人。
『もとより…子を成すには総灯の体では生命の吐息が足りなんだのだと侍医より聞いた。だが、総灯はそれを我に最期の時まで隠していた。』
『………姉様……。』
沈痛な面持ちで項垂れる燬皓。
その隣で烔黎がハッと何かに気付く。
先ほど籟暭は子供の命と引き換えに姉は亡くなったと言わなかったか…と。
『あ、義兄上、子は、姉上様の御子は無事なのですか!!』
慌てて子供の安否を尋ねるも…
『……………………子は…この煬帝城より消えた。此処には居らぬ……』
『は?』
籟暭の言葉に固まる烔黎。
『我等が…弔いの宮に居る間に、子の卵は消えた。卵より孵るまでに命の焔を繋がねばならなかったのに…敏い者が子が独りだと気付き、駆けつけた時には既に消えた後だった…』
有り得ない失態に最早続く言葉もなく、辺りが沈黙に包まれる。
が…その沈黙は燬皓の怒声によってかき消された。
『………では何か?貴様は姉様を死なせた上、生まれて間もない子を独り捨て置き…あまつさえ行方知れずにさせた…と。…………何と愚かな!!……っ、赦さぬ、赦さぬぞ!!!その身、塵芥になるまで引き裂いて血祭りにあげてくれる!!』
怒髪天とはこの事、見開いた眼は深紅に染まり、バチバチと放電するかのように握り締めた拳の回りに幾筋もの光が尾を引いている。
その姿に籟暭の後ろに控えていた者たちが騒ぎ出す。
『どうかお鎮まりくださいませ!』
『ここは北の城。御義兄上様に何という無礼を!!』
『御前ですぞ!!控えなされよ!』
『近衛!!何をしておる!其奴をつまみ出せ!!』
口々に騒ぐも、キレた燬皓を止められる者はおらず…
『此処な場を…血の海にしてくれる!!!』
と、暴走しかけたのだが………
『野蛮ですわね。本当に見苦しい』
谺した甲高い女性の声にピタリ、と動きを止めたのであった。




