35.叔父様と叔母様はお怒りです。(1)
波瑠が皆に連れられて駐屯地を回っている頃………
煬帝城―禁域・堲墓宮
死者を弔う荘厳な宮の中央に据えられた棺。
その棺に…縋るように抱きつく女性の姿があった。
『……何故、何故なのですか。姉様!あれ程お元気でいらっしゃったのに!!先般お会いした時に「またね。」とおっしゃったではないですか!!私を置いて冥府へ渡られるなど!!此のような北の果てに、あのような男の元に嫁す必要などなかった!!!あの男が、あの男さえいなければ!!』
血を吐くかのような悲痛な叫びへの返答は無く、唯々虚しく響くばかり。
そんな女性の元に…静かに近付く足音が一つ。
『…………燬皓、義兄上が呼んでいる。断腸の思いだろうけど、一度姉上様から離れて詳しい話を聞かなければ……』
諭すように声をかける、年の頃は同じと見える男性に、有り得ないとばかりに拒絶の應えが返る。
『烔黎!!貴様何を言うか!!このような場所に姉様を独り残せと!?こんな、こんな冷たい場所に!!』
『っ、………私だって姉上様をこんな所に一瞬だって残して行きたくはない!!だけど義兄上に話を聞かねば、どうしてこんな事になったのか、姉上様に何があったのか判らないじゃないか!!』
その應えに男性も堪え難い気持ちであるのだと言葉を返す。
『!!』
『……行こう…。行って話を聞いて、直ぐに姉上様と一緒に城に帰ろう。』
男性はそれ以上の言葉を呑み込み、棺の側に座り込む女性に手を差し伸べて立たせ、2人は揃って弔いの宮を後にしたのだった。
※※※※※※※※※※
時を遡る事2日前―
大陸の南に位置する煇諸山。
そこは大陸に属しながらも、さながら絶海の孤島のように隔絶された険しい山嶺である。
その煇諸山には…
北の天涯の尚上に北辰の龍あり―
南の峻険の頂に帝鴻あり―
と、大陸では知らぬ者は居ないであろう存在、
帝鴻の一族が居を構える普陀之城が聳えている。
そんな普陀之城の…執務室で文句を言われながら仕事に励む女性がいた。
『……姫様、いい加減仕事をしてください。全然減ってないじゃないですか………。』
『姉様~、あ~姉様が居ないと仕事する気にならん……。もういっそ煬帝城を此方に移築してくれぬかな~。というか、誰かあの男を消してくれ~。ああぁぁぁぁー姉様に会いたいぃぃぃ!!』
『はぁ、そんな物騒な事を軽々しく言わないでください、もう…。国際問題になりますよ、本当に…。』
執務机に突っ伏してぶつぶつ呟いている女性、何を隠そう帝鴻の一族を束ねる皇、名を燬皓と言う。
『仕方がないじゃないか~鄔遼。私の姉様をあの男が盗ったのが悪い。全面的に悪い!あ~、何で父上はあの男に大事な大事な姉様を嫁がせたのか。今も腑に落ちん!』
じたばたと子供のように足を動かしながら、鄔遼と呼ばれた近習に訴えてみるも、
『はいはい、総灯様は姫様の大事な大事な御姉上様ですものね。そうですねー。いいから、はやく、仕事をして下さりやがれ。』
と梨の礫である。
『はは、鄔遼。本音が出ているよ。』
そんな2人の掛け合いに突然別の人物が割って入る。
『!烔黎様。如何されましたか?』
『いや、また燬皓がごねてるんじゃないかと思って。』
『流石御姉弟、わかっていらっしゃる。いつもの姉上様不足で…。手がつけられません。はぁ…』
『何時も苦労をかけてごめんね…鄔遼。』
大きく溜め息をつく近習に、日頃の苦労を労う、双子の姉弟の烔黎。
『仕方がないな………。燬皓、仕事を終わらせたら姉上様の式典の時のとっておきの寫眞をあげるんだけど?』
『!!!何だと!姉様の寫眞!!やるぞ、仕事など直ぐ終わらせてやるわ!』
『姫様…なんとチョロい…』
『仕事させるには姉上様の寫眞で釣るのが一番だよね。』
途端に机に噛りつく燬皓を生暖かい視線で見つめる2人。
それはいつもと変わらぬ風景…だった筈だった。
その報せが来るまでは。
穏やかな日常を切り裂くように、慌ただしい足音と、勢い良く開かれた扉。
『ひ、姫様、烔黎様。よ、煬帝城より火急の報せが!!』
『報せ?』
『何だろう、こんな時期に…』
息せき切って飛び込んできた侍従。
その口から飛び出した言葉は……
『…………………大姫様が、
……総灯様が身罷られたと………』
『は?』
『え?』
姉の訃報という有り得ないものであった。
※※※※※※※※※※
煬帝城よりの姉の訃報を受けて直ぐ。
その言葉が信じられず、茫然自失していた2人だったが、ハッと我に返り、即座に侍従を問いただす。
『それは真の事か!!たちの悪い戯言ならば…お前も其奴も合わせて叩っ斬るぞ!!!』
悪鬼羅刹の如き表情で侍従を怒鳴り付ける燬皓。
『落ち着きなよ…燬皓。使者殿は今どちらに?』
『…っ!ひ、控えの間に。』
物凄い威圧の気配に、その場に膝をつく侍従。
『これは確かめなきゃ埒が明かないね…。』
膝をついた侍従を締め上げながらキレ散らかしている燬皓を後目に、確認をとりに行くために使者のもとに足をはこぶ烔黎。
(そんな馬鹿な…姉上様はお元気でいらっしゃるはず。きっと燬皓が言うように、たちの悪い冗談なんだ。……姉上様が身罷られたなんて、そんな筈は、…ない。)
心の中でそう…自分に言い聞かせながら―




