31.黄金林檎(マルーム)は翻訳○○。
『ふはははは!何とまぁ、そこそこ長く生きておるが、このような事は全くの初めてよ。わしのような老いた樹精人は、還樹の時まで唯々ゆっくりと老い曝えて朽木となるのを待つのみじゃが、まさかまさか、今さら花が咲きよったわ。』
軽いお礼のつもりで出した液肥がトンデモな威力を発揮し、老木の姿だったエンキルに花が咲いたのだ。
某昔話の「枯れ木に花を咲かせる爺さん」、ではなく、「枯れた爺さんに花を咲かせる」と言う意味のわからない事態である。
『……そういえば、若い時分にはそのペースで喋っていたな…それを聞いていたのがあまりに前だっ|た故、すっかりお前が普通に話す様を忘れていたぞ…。』
イリシュネアが呆れながら昔の記憶を辿って、エンキルは以前は普通に喋っていた、という事に思い至った。
しかし、目の前で変化を見ていた波瑠はというと…
『ぱ、ぱるぅるぅ?(あわわわ!?お、おじいちゃん大丈夫?)るぅるぅ!(何か、草が、草が生えてる!)』
急激な変化に、癒しの水のように悪影響があったのでは…と大いに焦りはじめる。
然もありなん、今までのスローペースだった口調が急にスピードアップするわ、ほぼ全身に青々と草が繁り、頭の上には白く美しい大ぶりの花が咲き乱れているのだ。
『ぱぁるぅ、(ひぇっ、)るるぅ?(あの…大丈夫ですか?)』
戦々恐々、エンキルの頭に向かって、短い手をのばして大慌てである。
しかし、周囲の2人には慌てている事に気が付いて貰えず…花が咲いて喜んでいるのだと微笑ましげに見守られる始末で…
『よかったな、龍の子。おや?花が好きなのか?』
『おぉ、爺の頭の花が気になるか?これはの、樹精人の力の塊じゃ。この花が咲いているうちは、最大級の精霊樹の技が、いや、ちと言いまわしが難しいの…そうじゃ、爺は花が咲いとるうちは物凄い事ができるんじゃよ。』
ぱたぱたと手を振っている(ように見える)波瑠を足元からそっと抱き上げて、生き生きとして、また嬉々として自分の体調を語るエンキル。
『ありがたい事じゃ。こんな素晴らしい液体魔素肥料を沢山貰うたからには、何ぞ礼をせねばならんの。』
『ぱ、ぱるぅるぅ(そ、それより本当に体は大丈夫です?)』
もともとは好々爺然とした老木姿だったが、この草花に覆われた姿でも本人的には問題はないらしい…が…一回やらかした波瑠からしたら気が気でない。
(ほ、本当に大丈夫なのかな?いきなりあの木みたいに巨大化とかしない?え、もしかして癒しの水って液肥の物凄い版?)
波瑠が頭の中でぐるぐると考えているうちに…何やらイリシュネアが気付いたのかエンキルに告げていた。
『そうだ!エンキルよ。礼ならばマルームを出してやってはどうだ?先に食べさせる約束もしておったし、今の体なら良いマルームを出してやれるのではないか?』
『おぉ!そうじゃな、シュネー!たしかにマルームならば礼にもなろう。よし、爺が良いものを創ってやるからの。ではシュネー、この子を頼むぞ。』
エンキルがイリシュネアに龍の子を預け、体勢を整えてから腕を前に出した。
そして…
【我、世界樹に連なる者。古の約にて楽園より黄金なる知恵の果実を此処に求めん】
わさわさと腕に生えた草花が一気に成長しては枯れた、と思ったら掌に柔らかに発光する金色の林檎が1つ現れたのだった。
『ぱ、ぱるう!?(て、手から林檎!?)ぱるるぅ!(木のおじいちゃん凄い!)』
……周囲からしたら、自分は何も無いところから謎物体をだしたのだから、恐らくどっこいどっこい、いや、質量からしたら波瑠の方がより驚愕に値するのだが…本人はとんと無自覚であった。
※※※※※※※※※※
『ほれ、龍の子。液体魔素肥料の礼にマルームをやろうの。』
エンキルが先程掌に出現させた黄金の林檎。
それを波瑠に差し出して来たのを思わず受け取ったのだが…
『(え?これ私にくれるの?これがマルーム?)るぅ?ぱるぅるぅ?(ええと、ありがとうございます?)』
どうしたら良いのか不明なので、取り敢えずエンキルにお礼を言い、それからしげしげと貰った黄金林檎をあちらこちらから眺めていたら…
『ふふ、龍の子よ。それは玩具ではなく、美味しい食べ物だ。眺めるのもよいが、食べても大丈夫な代物。安心して食べるとよい。』
抱えてくれていたイリシュネアが食べ物であると、食べても大丈夫だと言ってくれた。
『るぅ、ぱるぅ(見た目金属色だけど…)。ぱあるぅ(せっかく頂いたし…)』
そこそこ(どころか、かなりだと思うが…)肝が据わっていると自負する波瑠は、
『ぱるぱるぅ(いただきます)!』
と言って豪快に黄金林檎にかじりついた。
『!!!(何これ!!)』
今まで食べたどの果物とも異なる、とろけるような甘味と芳醇な香りに口の中が満たされ、思わず溜め息が出る。
そんな波瑠の姿を目を細めて見るエンキルとイリシュネア。
『おぉ、マルームが気にいったか。』
『よかったな。美味しいか?』
2人が優しく話かけてくれたので、波瑠はめいっぱい頷いて…
『ぱぁるぅ(はい!)!おーしぃ(美味しいです)!じぃーじ(おじいちゃん)あーとー(ありがとうございます)。』
と言った。
『!!!?』
『!!な、今なんと………』
仰天するエンキルとイリシュネア。
『ぱるぅ(ん?)?』
こちらに来てから「ぱ」と「る」と「う」しか長らく発していなかったので、自分が言葉らしきものを喋った自覚がない波瑠。
『り、龍の子が、しゃべった………』
『おぉ…!!』
近距離でその衝撃を受けたエンキルとイリシュネアに…横倉を入れるように叫び声がこだました。
『!!!嘘だろ!!パール、最初の言葉は「パパ」だよな!!?』
『………もう、永遠に黙っておれ狗っころ…。』
アイギスだけは通常運転であった…




