30.液肥(ドーピング)で花咲いた爺。
『ぱるぱるぅ(物質置換)、ぱるるぅ(たまごサンド)!』
独特な鳴き声と共に再度…
いや、今度は詳細が不明な透明な膜に包まれた食べ物らしきものが出てきたのを、よちよちと歩いてきた龍の子に手渡されたラグザ。
『……………。』
渡された謎物体を抱えたまま、助けを求めるようにヨグの方を向いたが、
『………、(あれ程の物を取り出していて、詠唱も無し、空間の歪みもない、か…生命の吐息の揺らぎさえ感じられぬとは…)』
ヨグは無言で目を細めてアイギスと龍の子を見ており、ラグザの視線に気付いていない。
一方…アイギスに至っては龍の子から差し出された、白い三角形の謎物体を、手で受け取らずにしゃがんであーんと口で受け取り、咀嚼していた。
『!おぉ?美味ぇ!!』
そして…意外な事にその未知の物体X(?)は、かなりの美味であったようだ。
『ぱるるぅ(でしょう?)』
口の周りを汚しながらもぐもぐと咀嚼していた龍の子が得意気に胸を張る。
その姿は何とも愛らしい。
のだが、
『………っ、口についてるから拭こうな~。んで、パールは凄ぇなぁ~。可愛くて、生命の揺籃もつくれ、ん?つくったのか?まぁいいか。で、更にこんな美味いもんもつくれるのか~。』
『るぅ、ぱるぅ?(はて、パールとはわたしのことですかね?)』
そんな龍の子の口元を持参していた手巾で拭いてやり、ニコニコ(というかデレデレ)と、抱え上げるアイギスは見ていて気持ち悪い。
『…………星詠み殿。』
『否、………はぁ、もう何も言うまいよ…』
今度は声をかけたため、何か言って欲しそうなラグザに気が付いたが、一瞥し、アイギスに追加でお説教をする事を諦めたヨグ。
『あの、皆さん、折角あの子が頑張った(?)みたいなので、それとお茶で一息入れませんか…』
そこに、いつの間にか人数分のカップをお盆に乗せていたフラッガが声をかけた。
『フラッガよ…、はぁ、まぁいい…そうしよう。混沌のと、団長殿、治癒師殿、そちらの者も。龍の子が我々に出してくれた馳走だ。有り難く貰おうではないか。』
イリシュネアも溜め息混じりに声をかける。
『シュネー~。子には~危ない事をしたら~次はせぬように~早めに~叱らねば~ならんぞ~。もしも~生命の吐息が~枯渇すれば~死んでしまうやも~しれん~。』
エンキルが先程から至極まともな事を宣っているが、今更感が甚だしい。
『……エンキル、信じられない事だが…あれ程の物を創っても心配はいらぬようだ。先程から子の体に異常がないか観ていたが、生命の吐息が枯渇している様子も、他の部分に悪い影響も出ておらぬ。龍とは斯様であったか…それともこの子が特別か…』
じっと龍の子を見つめながら、考え込むイリシュネアの肩に、フラッガが手を置いた。
『お祖母様、取り敢えず…お茶をどうぞ…長命種ならば考える時間は腐る程ありますでしょう?あの子の我々への気遣いを…無駄にしないうちに頂きましょう。』
『ふ、言うようになったではないか、我が孫よ。』
兎にも角にも、龍の子が創った食べ物を食べる事にした一同だった。
※※※※※※※※※※
『うん、美味いな。』
『この外側の透明な膜はなんだ?厚みはないが…後はこれは文字だろうか…』
『!!ふわふわでしっとりして美味しいですね。』
『有り得ねぇぐれぇ美味ぇけど…つうか、皆何の疑いもなく食ってるのはいいのか?これ。』
『心配はないだろう。あの子も普通に食べていたしな。』
『……(これはやはり此方の物ではないな…)』
『おい、ジジィ…急に黙ってどうしたんだよ。喉に詰めたか?』
龍の子からもらったたまごサンドの外側の透明なものを取り外すのに若干手間取ったが、皆それぞれに中身を口にして驚いていた。
『ぱるぅるぅ(お口に合って良かったです)。』
取り敢えず、たまごサンドは受け入れてもらえたようである。
そんな中…
『ぱるる?(あれ?)ぱあるぅ?(木のおじいちゃんは食べないの?)』
ふと横を向くと、エンキルだけは少し離れた場所から皆の食事風景を眺めるばかりで、自分の口には何も入れようとしていない。
その姿をしげしげと見つめていた波瑠にイリシュネアが屈んで声をかける。
『おや?エンキルを見つめてどうしたんだ?』
『ぱるるぅ?(あの、嫌いなものでしたか?)』
『あぁ、エンキルが食事を摂らないのが心配なのか…。優しいのだな。』
ポンポンと軽くあやすように頭に手を乗せる。
『エンキルは樹精人だから、人の子の食物は摂らないのだよ。自然にある木や草花と同じだ。』
『ぱぁる。(植物…。)』
(そうなんだ…植物だから人や動物みたいな食事はしないんだね…そういえば、たしか…この木のおじいちゃんが体に戻してくれたんだよね?何かお礼が出来たらいいんだけど…)
途端しょぼんとした波瑠に、イリシュネアが優しい口調で教えてくれたのは…
『人と同じものは口にできんが、水や光、後は…液体魔素肥料や有機活力剤、植物用の栄養剤を好んでいるぞ。』
『!ぱるる!(植物用の栄養剤!)るぅ(それだ!)』
天啓をうけたように武者震いしてから、とことことエンキルの前まで移動する波瑠。
『どうしたんじゃ~龍の子~?この爺が~珍しいのか~の~?』
目の前まで来て自分を見上げる龍の子に何事かと尋ねたエンキル。
『るぅるぅ(あの、)、ぱるぱるぅ(良かったらこれを…)』
波瑠はその問いかけをスルーし、物質置換を発動して鉢植え等に挿す日本のホームセンターや種苗店で見かけるグリーンのアンプルタイプの液肥を1ダースほど取り出した。
『!!こりゃ~使ってはならぬと~?うん~?生命の吐息の~揺れが~全くないの~?これは~本当に~大丈夫~なのか~?』
詠唱もなく、またスキルを発動させた龍の子の体を心配したエンキルだったが、何も影響が出ていない事に気が付き首を傾げた。
『ぱるぅぱあるぅ(助けてくれたお礼です。)』
そんなエンキルの言葉を再度スルーし(何気に酷いが…)、今の体では持ち上げるのに苦労する液肥1ダース(12本セット)を何とか頑張って差し出す。
『なんじゃ~?爺にこれをくれるのか~?』
『ぱある(はい。)ぱるぱるぅ(つまらないものですが、お納めください。)』
『ありがとうな~。は~て~?じゃが~これは~なにかの~?』
『エンキル、この子はお前が食事を摂っておらんから、心配していたのだ。恐らくそれは液体魔素肥料だろう。貰ってやれ。』
『お~。いいこじゃ~の~。こんな爺まで~気に~かけてくれたのか~。』
気を遣ったイリシュネアが、2人の間に入ってくれたため、無事に液肥を受け取ってもらえた。
(良かった…大したものではないけど、少しでもお礼が出来たらいいな。)
と恩返しが出来れば…と思っていたのだが、
『!!?おぉ!こりゃ凄い、高級液体魔素肥料など足元にも及ばぬわ!物凄い効果じゃ!!見よ、わしの頭に200年ぶりに若芽が生えたぞ!!』
『!!!?え、エンキル?』
『ぱ、ぱるう(き、木のおじいちゃんが…)』
『1本でこれとは何と素晴らしいものよ!』
枯れ木の様な姿から…
某芝を育てるユニークグッズのように、体のあちこちから草(?)が大量発生し…
『…………お前、普通のペースで話せたのだな…』
イリシュネアは呆れ、
『ぱぁるぅ、ぱるぅるぅ!?(花まで咲いた!?)』
お伽噺の動物報恩のように、ある意味恩返しをしながらリアルに爺さんに花を咲かせたのだった。




