25.この木、何の木、世界樹の木
夜明けが近いとはいえ、まだ皆就寝しているであろう時刻に突如として鳴り響いた轟音と震動。
一般人ならば何事かと驚き混乱し、暗闇の中を闇雲に逃げ惑う事態である。
だが…流石危険な辺境に駐屯地を構える傭兵団、所属する団員の対処の早い事といったら…
『団長、現場の保全と団員の安全確保完了しました。』
『総員戦闘配置、非戦闘員は離れた場所に一旦退避させてます。以後の指揮を願います。』
『……早いな。』
ラグザたちがエンキルに足止めされてもたついていた間に、現場の安全確保が完了したらしい。
『現状の報告を。』
ラグザが状況を確認すべく団員に報告を促す。
『現状報告。先程の轟音と震動の発生源は治癒師第二天幕とのこと。周囲の者に死傷者は無し。その他の被害状況ですが、生命の揺籃を設置していた天幕は全損。内部に設置していたポッド五機のうち二機は弾かれ10メルト程吹き飛んだようです…。』
『!!なんだと!』
『では、ポッド内で治癒中の者は!!』
団員の報告に慌てるガンウェインとフラッガ。
『吹き飛んだ二機のポッドは使用されていた形跡はなかったものです。内部に人は居りませんでした。』
『!では残る三機は?』
『一機は突然生えた大樹の根本に埋没。残る二機ですが、樹上に巻き込まれて持ち上げられたものと、木に貫かれたような状態で頂に一機乗っております。』
簡易のテントならばまだしも、しっかりと張られた天幕が全損とは、相当な力がかかったのだろう。そして木に巻き込まれたものは言うに及ばず…吹き飛んだ治癒用の生命の揺籃も恐らく何処かしら破損しているはずだ。
修理せねば今後使い物にはならない。
『五機とも破損したか…』
『ポッド二機内には治癒中の患者が収容されていたのです!!内部の様子は確認できますか?!』
生命の揺籃の状態を聞いて頭を抱えたガンウェイン。その横からポッド内部の様子を尋ねたフラッガに、団員が追加で答える。
『いえ、樹上に上がったものについてはあの木を登るか、上空から飛翔竜で接近せねばならないので未だ確認中です。団長、あの木は新種の魔木か何かですか?魔術師を呼んで燃やしますか?』
通常通り、駐屯地内部に異変が起こった際のマニュアルに従い、原因を排除するために提案する団員。
そこに、相も変わらず、ゆっくり、のんびりと構えているエンキルが待ったをかける。
『無駄な事を~するでない~。あれは~魔木や~魔物の類いでは~ないぞ~人の子~。例え燃やそうと~しても~星砕き並の~火力で~多少焦げる~ぐらいじゃな~。』
『星砕きで多少焦げるぐらい!!?って、あれが何かわかるのかよ!?木のじじ…爺さん!?』
アイギスが仕掛ける魔法の規模に驚き過ぎて、思わずエンキルをジジイ呼びしかけたが何とか言い繕う。
『お~。あれはの~地を支える木よ~。世界樹の~若木じゃ~。じゃから~人の子が出せる程度の~多少の火では~燃えんわ~。』
『は?』
『えっ?』
『正確に~言えば~あれが~世界樹に至るまでに~遥かな時間と~力を蓄えねばならんがの~。じゃが~確かにあの木は~ポッドの核が何かに~反応して~甦ったものじゃ~』
ゆらゆらと体を揺らしながら、無知な若者を諭すように言葉を紡ぐエンキル。
『ポッドの……核?』
『そうじゃ~生命の揺籃の核じゃ~。おぬしら~人の子は~生命の揺籃が~何で動いとるのか~知らんと使うとったんか~。あれの動力炉の~源は~世界樹たちの~亡骸より取り出した核じゃ~』
その言葉にイリシュネアが口を挟む。
『そんな事があるのか!?私も長い生の中で死の棺に入った世界樹は何体か見たことがあるが、核から再生した者はしらんぞ…エンキル。』
イリシュネアの問いにも
『わしも~生まれてこの方~見たことも~聞いた事もない~。普通は~有り得んことじゃがの~。よっぽどの~高濃度の~命源を~注がねば~核の永久の微睡みは解けん~。しかし~あれは見事な~甦りっぷり~じゃの~。』
のんびりと答えた。
『で、ではあの木は世界樹…と。間違いないのか…エンキル殿。』
ラグザもあまりの事に次の言葉が出てこない。
『わしら樹精人は~嘘はつかん~。それはそうと~ここに~若木が生えた事は~郷に知らせねばならんな~。』
大樹の上を見やりながら答えるエンキル。
そして…
『後は~龍の子を~地面に降ろして~やらんとな~。木の上で泣いておるようじゃしな~。』
またもや爆弾発言を投下した。
『なっ!!?』
『龍の子は無事なのか!!?』
『エンキル!悠長な事を言ってないで、早く子を降ろしてやらねば!!』
一気に慌ただしくなった一同だった。
※※※※※※※※※※
その頃、樹上では…
『ぱる゛るぅ(うわーん。)る゛ぅー(何でよー)』
ポッドの中で波瑠は余りの事に泣いていた。
成人し、社会人として生きてきて、声をあげて泣く事など皆無だったのだが…
(一番被害が少なそうなスキルにしたのに!?しかも結局何の効果があったの!?あの光る水!)
スキル名を唱え、光る水が出現した。
まではよかったのだが、そのまま水は止めどなく降り注ぎ…ポッドの敷布を濡らして更に下に染み入ったようで...
その後は外が見えないので推測となるが、光る水の浸水のせいで、ポッドが故障したか何かでポッドごと上に持ち上がったのだろう。
そして何故か、上に持ち上がったまま…そのまま落下する気配もなくその場に留まっているのだ。
『ぱる゛る゛ぅーー(ゔっゔっ、だれかー)』
ポッドが上昇する際に揺れたため、上向きで転がっていた体はくるんと下向きにはなったのだが、何の助けにもならない。
最早幼子のように(実際今の体は子供なのだが)泣きわめくしか出来ない波瑠。
これまでか…と思った矢先、
『る゛ぅるぅ…『おい!』!』
ゴンゴンとポッドの外壁を殴打する音と、誰かが中に呼び掛ける声が聞こえた。
『!!ぱるぅ(え!)ぱあるぅるぅ!(人、外に人がいる!)』
『?おい、防護幕がおりてるって事は中に居るんだろ?返事しろ!おい!』
ポッドの中の波瑠から外が見えないのと同様に、外の人物から内側は見えないようで…
『ちっ、面ドクセェ。おい、中で目が覚めてたらシェードから体を離して頭守っとけ、』
と、頭を保護するように指示が出された…
『るぅ?(あたま?)』
と思ったら…
ガッシャーンと、派手にガラスが割れたような音と共に…拳を握った太い腕がポッド内に突っ込まれてきた。
『(ぎ、)……』
『ん?何だこいつ?』
そして…割れたポッドのカバーをバリバリと剥がしながら波瑠の目の前に現れた巨人3号。
『ぱる゛る゛る゛ぅぅ(ぎゃゃあ゛ぁぁ!)!』
『何でトカゲの子がポッドに入ってんだ?』
波瑠の災難は終わらないようだ…