19.あ、これってアレですね、惚けた顔の…
(このままだと、やっぱり開腹手術なのかな…。)
意識(?)はあるものの…
視界がきかず、暗闇の中で周囲の声を拾っていた波瑠だったが、推測するに自分が連れてこられた場所はどうやら…診察室のような場所らしい。
『ヨグ殿、処置が終わりましたら…三刻程後に術の解除を。』
『心得た。』
『痛みを感じないようにしてやりたいのですが、龍ですから麻酔が効くかどうか…』
先程から体の下の方で、忙しなく人が移動する気配と不穏な会話がされている。
(うわ…もし麻酔が効かない体質だったら最悪ってことか…)
そんな事に為ろうものなら、痛みでそのままこの世とおさらばする自信が(嫌な自信だが)ある。
『…麻酔も効かない状態で赤ん坊の腹を開いて本当に大丈夫なのかよ!』
『諄いぞ、アイギス。腹を開かねば体の内を害するルバーブの毒を取り除けん。』
『しかし、もし開腹中に龍の子の意識が戻ったら…尋常ではない痛みを味わうのではないか…他の方法は無いのか、ガンウェイン』
アイギスとラグザが必死に開腹しない方法がないか、医師のような人物に確認はしてくれているのだが…
『…本来であれば…これ程幼い子の腹を開くなど狂気の沙汰。失血死の恐れがあるからこそ…最終手段なのだ。だが開腹せねば毒で手遅れになる。』
『そんな…パール、死んじまうのか…?』
(おぉぅ…どっちにせよ、アウト?わたし…)
絶望的な状況に天幕内部に一瞬沈黙がおりたが、直ぐに医師と思われる人物が口を開いた。
『……そうならぬように、使いを出したのだ。』
『え?』
『先程ここにいた若い薬師は精霊人、そして大戦中は薬神とも称えられた神霊人の御方の血縁。その方の元にこの子を救うための方策を授けてもらえるよう向かってもらった。』
『では!』
『開腹はその方の返答を待って行う。』
『!』
(あ、やっぱり開腹手術にはなるんか~い。)
思わずツッコミを入れる波瑠であった。
※※※※※※※※※※
………………。
最後にガンウェインが言葉を発してから後は重い沈黙が再度漂っている。
その沈黙の中で波瑠は―
(これも夢オチだったらいいんだけど…今回は多分ここで寝たら本当にアウト、目が覚めない気がするし…。)
あれだけ寝まくったのに、再度寝ようとしていた。あれだけ寝たのに。(大事な事なので2度言った。)
(いや、ひょっとしたらずっと視界が真っ暗なのって、夢の中で寝てるのかな…)
それはそれで、かなり特殊な状態ではなかろうか。
人は理解不可能な状態に陥ると、一回りして案外冷静に…と見せかけ混乱するのも道理であろう。
そんな感じで―
膠着した周囲の状況も変わらず、暗闇の中ですることもないので、取り留めもない事を考えていた波瑠だったが…俄に周囲が騒がしくなったのに気付く。
(ん?誰かまた増えた?)
『ご足労頂き、痛み入る、ようこそ駐屯地に。イリシュネア様』
『何、孫が世話になっておるのだ。出来ることなら協力は惜しまない、治癒師殿。』
涼やかな声はどうやら女性のようだ。
『フラッガより仔細は聞いた。子がルバーブを食した故、腹を開くと。』
『はい、ある程度は嘔吐し、体外に排出されたとは思われますが、依然として昏睡状態なのです。』
『哀れな事だ…早く処置をせねばな…』
会話から察するに、先程話題に上がった助力を請いに行った先の偉い人なのだろう。
そこから女性の会話相手は別の人物に切り替わり、「えりくさー」なる薬を調薬するらしい事がわかった。
(あの~お偉いさん、出来れば開腹はなかった事にしてくれませんかね…もしくは強力解毒薬とかでぱぱっと穏便に解決出来ませんかね…)
この状態で話しかけても無駄かとは思うが、ついつい希望を述べてしまうのは仕方があるまい。
(やっぱり、聞こえないか…ん、?あれ?何か体に違和感が――?)
女性と思わしい人物に話しかけてもやはり徒労に終わったのだが、ふとそこで先程まで感じられなかった体の違和感に気付く。
(すごい…体が重い?)
『………(お~や~。これは~珍しい~の~。命の焔ごと~意識~が~体から~離れて~おる~わ~)』
(え?)
えらくスローな言葉使いの声が頭に響く。
と、同時に女性の声も聞こえ―
『!?エンキル、何をしている。早く枝を…』
『龍~の子ぉ~。そんな処にぃ~おらんで~体にもどるがよいぞ~~』
静電気のようなショックが体に走った途端、真っ暗だった視界がぱちりと開いた。
『るぅ………(え?)』
そして視界が開ける前に一瞬映ったのは…
此方に腕をのばす…
大きな枯れ木のような老人と、
その横に佇む美少女と…
台の上で丸くなっている白い生き物。
『お~おかえり~じゃな~~龍の子~』
(え!!わたし、両生類だったの!!?)
漸くここにきて自分の姿形を認識したのである。
……ただし、両生類ではなく、「龍」なのだが…