18.エントの爺の強制送還(おかえりなさい)
『夜分に申し訳ありません…お客人もいらっしゃったのに…』
『何~~か~ま~わ~んよ~。』
祖母の家を訪ねたフラッガだったが、流石に来客があるとは知らず、訪ないの挨拶もそこそこに大声を出した不躾を恥じていた。
『フラッガよ、これも急な滞在、差程気にせんでよい。』
『そ~じゃ~~わしは~ここの~観葉~植物~ぐらいに~思う~て~くれれば~よい~』
エンキルは枯れ木の如き腕をゆっくりと振り、謝るフラッガにおどけてみせる。
そんなエンキルの態度に呆れながら、家に到着してから立ち尽くしていたフラッガに、椅子を勧め、話の続きを促すイリシュネア。
『お前は…、まぁよい。フラッガ、ここに座れ。先程龍の子がどうとか言っていたな?このような時刻に私を訪ねてきたのだ、よっぽどの事なのだろう?』
『…いえ、椅子は結構です。急ぎの案件ですので…』
椅子を断りながら、イリシュネアに説明を始めるフラッガ。
『私が今所属している傭兵団の副団長殿が、つい先刻我々の天幕に駆け込んでいらしゃったのです。その腕に龍の子を抱えて…』
『…まず、色々おかしい状況であるが…話を続けてくれ。』
『副団長の…アイギス殿はかなり慌てておられて…何故龍の子を連れているのか、仔細は今も不明なのですが、治癒師長のガンウェイン先生と状況を確認するに、赤ん坊の龍の子にルバーブを食べさせた、と……』
『ルバーブを!?何故そんな無茶を…人はかの龍に戦をふっかける気でいるのか?龍の子を害するなど自殺行為だぞ…』
『私もお祖母様と同意見です。』
『続けよ、それで?』
『ガンウェイン先生がアイギス殿に落ち着くよう諭され、詳細を詳らかにせよと言われてから何とかわかったのですが、どうも龍の子にルバーブを食べさせたのはうちの団長殿らしく…』
『余計に訳がわからんが…』
『お二人共、子にルバーブを与えてはならない事を知らなかった、と…』
『は?』
『ルバーブを食べさせられた龍の子は嘔吐した後、昏睡。連れて来られた状態を診察し、ガンウェイン先生は赤ん坊を助けるために腹を開くとおっしゃいました…』
『なんと…』
あまりの事に開いた口が塞がらないイリシュネア。
『ガンウェイン先生と私の見立てですが、腹を開いて胃の腑を洗って原因を取り除いても、傷の処置を即座にせねば死に至ると思い…』
『という事は本来であれば開腹が出来る歳ではないのだな…故に私の処に来たのか。』
『はい、星詠み殿からは、つい先刻殻より生まれ出たと。』
『!!待て、待て!!何故それ程幼い龍の赤子が…!いや、今殻より生まれたと言ったか!?いったい全体龍の卵を何処から持ってきたのだ!!』
あり得ない事尽くしではあるが、この状況から導き出される事は一つ…
『奇蹟の霊薬~が~必要~じゃ~の~シュネー~。』
『それしか有るまい…。フラッガもそれを求めてここに来たのではないか?』
あまりに長閑なエンキルの声を拾い、イリシュネアが言葉を継ぐ。
『……はい、お譲り頂けないかと。後は……厚かましいお願いで申し訳ないのですが、出来れば直接龍の子を診てやって欲しいのです。』
フラッガが言いにくそうにしていたが、
『何を言っておる。奇蹟の霊薬は調薬してから効果が失われるまでの時間が短い。その場で調薬せねばなるまい。薬だけやって「はい、左様なら」といくか。無論、私も直接龍の子を診よう。』
『お~~ならば~わしは~薬箱~と~して~着いて~行こう~か~のぅ~』
イリシュネアとエンキルは直ぐに同行の了承をしたのであった。
※※※※※※※※※※
フラッガの訪問から差程時間もおかず、暗い森の中を駆ける人(?)影が三つ浮かんでいる。
影の正体は直ぐに駐屯地へ向かう準備を調えたイリシュネアとフラッガ、そして持ち物も特になく、身一つで木々を渡り追従するエンキルである。
『フラッガよ、今更であるが、子の状態は悪くはならないのか?』
フラッガと共に騎獣のムルムルに騎乗していたイリシュネアが問う。
『はい、星詠み殿が龍の子の内腑の時を一時的に止めて下さっているようです。腹を開くまでは術式をかけ続けて下さると。』
『…大いなる御業か。それ程の術を使役できる術師がまだ人の世にいたとはな…』
『いえ、星詠み殿はおそらく…旧き者でいらっしゃいます。』
『何だと?』
『本人がおっしゃったわけではないのですが、お祖父様とかなり気配が近く…』
『我が伴侶と?』
『な~ら~ば~恐らく~外なる混沌~では~ないか~の~。大戦前に~会うた~きり~じゃが~、星詠みで~御業を~使えるのは~彼奴~ぐらい~じゃ~。』
『!!エンキル様のおっしゃる通りです。星詠み殿の名はヨグ殿。やはりそうでしたか!』
『確かに彼奴ならば術もかけ続けれようが…子にルバーブを食べさせるなど初歩的な手落ちをするのか?』
『ま~~会うたら~わかる~じゃろ~』
『!お祖母様、エンキル様、駐屯地の灯りがみえました!!』
これにて会話は途切れ、3人は駐屯地までの残りの道程をひた走った。
※※※※※※※※※※
そうして森を早駆けし、駐屯地に到着したイリシュネアとエンキルは直ぐ様治癒師の天幕に招かれた。
そこには…
フラッガの到着を今か今かと待ちわびる保護者たち(?)と治癒師・ガンウェインの姿があった。
『ご足労頂き、痛み入る、ようこそ駐屯地に。イリシュネア様』
『何、孫が世話になっておるのだ。出来ることなら協力は惜しまない、治癒師殿。』
天幕に入ってきたイリシュネアを迎え、招きに応じてくれた事に対する謝意を示すガンウェイン。
『フラッガより仔細は聞いた。子がルバーブを食した故、腹を開くと。』
『はい、ある程度は嘔吐し、体外に排出されたとは思われますが、依然として昏睡状態なのです。』
『哀れな事だ…早く処置をせねばな…』
診療台に蹲る波瑠に痛ましげな視線を向けるイリシュネア。
そして―傍らのヨグに声をかける。
『混沌よ、久しいな。』
『長耳の姫か、何時ぶりであるか…』
『よもや、此のような人の群におるとは思わなかったぞ…』
『永き生なれば、人に混じるも一興と思うてな。しかし…此度は古い誼が助けとなったか…』
思わぬ処で遭遇した旧知の人物に驚きを隠せないヨグにイリシュネアは続ける。
『懐かしんでいる暇は無かったな、早急に奇蹟の霊薬の調薬に入る。エンキル、世界樹の枝を……』
しかし、先程からイリシュネアの後ろで在らぬ方向を向いて沈黙していたエンキルから反応がない。
『!?エンキル、何をしている。早く枝を…』
再度呼びかけるイリシュネアなどそっちのけで手を差しのべ、空中に話しかけるエンキル。
『龍~の子ぉ~。そんな処にぃ~おらんで~体にもどるがよいぞ~~』
パシリ、と静電気のような衝撃が空中に走り、何事かと慌てる面々。
『ほ~れ~。体にただいまを~するとよい~。』
その、言葉に…………龍の子の目が突然開く。
『るぅ………(え?)』
『お~おかえり~じゃな~~龍の子~』
天幕には波瑠の小さな鳴き声とエンキルの声のみが響いた。