17.虫の知らせが運ぶもの
大なり小なり…
規模の差はあれど大抵の傭兵団は通常の馬や伝書鳩、鷹などの他に移動手段や連絡手段、はたまた戦闘の補助などのために騎獣を擁しているものだ。
地を走るもの、有翼のもの、水中での移動も可能なものなど、その種は多岐にわたる。
大規模な傭兵団ともなれば、超大型種の大竜や飛翔竜、地竜などの竜種から、水生騎獣最大種の海鳴竜などを有している団もあるのだ。
勿論、数多ある傭兵団の中でも最大規模の白暁の護人も…御多聞に洩れず、様々な種の騎獣を保有しており、駐屯地には専用の獣舎が設置されている。
ガンウェインから依頼を受けたフラッガは、直ぐに天幕を出て騎獣たちが休んでいるその獣舎に息急き切って走り込んだ。
『ムルムル!!遅くにごめん。今から里まで走って欲しいんだ!』
夜半過ぎて灯りを落とした獣舎の中にフラッガの声が響く。
カロロロ…
グルルルルルルル
きーぅ、きーぅ
眠りについていた騎獣たちがその声に反応して目を覚まして鳴き始め―
フラッガに呼び掛けられた…
獣舎の入り口から近い場所で足をたたんで地面に座りこんで眠っていた大型の鳥類、早足鳥のムルムルはフラッガの声に応えるように鳴き、すっくと寝床から立ち上がる。
『きーぅ、きーぅ。きゅろきゅろきゅろ』
フラッガの言葉がわかるのか、獣舎の内部を仕切る柵にかかっていた手綱を咥えて差し出すムルムル。
『ありがとうムルムル。帰ってきたらゆっくり休めるようにするから。鞍をのせるね?きつくないかい?…じゃあ行こうか。』
専用の鞍を装着させたムルムルにヒラリと飛び乗り、暗闇に沈む駐屯地の外の森に進路をとる。
『あの子のためにも急がないと…ムルムル、飛ばして!里まで最短距離で!』
そして…夜の森を駆けはじめた。
※※※※※※※※※※
フラッガが丁度駐屯地を離れた頃―
精霊人の里・輝ける白銀の森では…
『エンキル、』
『な~に~か~のぅ~シュネー?』
『いや、手伝ってくれるのは有難いのだが、それはそれ程いらぬ…』
『お~、そ~~か~。で~は~こ~ち~らか~?』
『いや、赤灯草も今はいらぬ。』
『さよう~か~、で~は~庭の~精霊草にでも~水を~や~るか~のぉ~』
フラッガのお祖母様、神霊人のイリシュネアは珍しく自分を訪ねて里にやってきた樹精人の薬師・エンキルと共に薬を調薬していた。
『いや、水やりも今はよい。そう度々精霊草に水をやれば根腐りしようよ…。また明朝にでも頼む。』
『そ~れ~も~そうか~のぅ~。明日に~する~か~。』
『ああ、そうしてくれ。』
間延びした独特の口調のエンキルに水やりは明日にするように促すイリシュネア。
そしてふと―エンキルが自分を訪ねてきた理由を聞いていなかった事に思い当たった。
この客人は先触れもなく昼過ぎにイリシュネアの元を訪れたのだ。
『そういえばエンキル…此度の訪問、エントの郷から滅多に出ないお前が何故ここまで私を訪ねてきたのだ?』
『お~。そうじゃった~世界樹が~のぅ~ここに居れ~、とな~』
『?世界樹殿が?』
『そ~じゃ~。理由は~わからん~が~、今日ここに~居れ~と~』
『…理由もわからんのにお前は私の処に来たのか…エントは相変わらず大雑把だな。』
『我ら~エントは~細かい事~など~気に~せ~ん』
『………。』
良くわからないが、訪問の理由はエントの郷の長である世界樹の指示のようだ。
『私は居てくれてもかまわぬが…お前は郷を留守にして大丈夫なのか?畑の世話もそうだが、郷の者が困りはせぬか?』
(いくら郷の長の指示とはいえ、急に薬師が不在になれば不都合が出そうなものだが…)
『い~や~、わしが~居らんでも~大事に~ならん~。どう~せ~葉の~先の~色が~気に食わぬ~、だの~、根が~絡まった~、だの~じゃ~』
『…それならよい(よいのか?)が…』
エント的には何ら問題がないようだ。
(まぁ、我等長命種には1、2日程度、些末な事か…)
郷を長期離れても不都合はない、と宣うエンキルとの他愛もない会話が途切れた、その時に…イリシュネアの耳が住まいに近づく、何らかの騎獣を駆る激しい足音を拾う。
(このような時間に…)
それはそのまま門扉をくぐり…
とさり、と騎獣の背からイリシュネアの家の戸口の前に降り立ったようだ。
『何奴か!!』
迷いなく近づく気配を訝しみ、誰何すると…急な来客は荒い息を吐きながら直ぐ様返答してきた。
『!!お祖母様!遅い時間に申し訳ございません!フラッガです!お目通りを!!』
『!フラッガだと?こんな時間に何用だ?』
返ってきた声は数年に一度会う機会があるかないかの…フラッガであったのだ。
『お知恵をお貸し下さい!龍の子が死にそうなのです!!』
『!!!?何!!?』
戸を開けきらないうちにフラッガの焦った声が夜の静寂を裂く。
『何だと!!?』
孫の口から飛び出た言葉に驚愕するイリシュネア。
そして…
『お~~。長が~ここに居れ~と~言うたのは~これ~か~の~』
イリシュネアの背の後ろから、のんびりしたエンキルの声が響いた。