15.命の重みとその責任
シリアス回。
ガンウェインの許せない事は?
『………ルバーブを食べた?』
周章狼狽していたアイギスを宥め諭し、漸く診療台に乗せられた…ぐったりとしたそれはガンウェインが今までに見たこともない姿形をしていた。
何と言えばよいのだろうか…
一番類似する姿の生き物を挙げるなら、おそらく火灯りの蜥蜴であろう。なだらかで丸い胴体に短い手足、長い尾がのびている。
体を覆う被毛も鱗も持ってはいないが、体表には柔らかく虹の光りが浮かび、顔回りに海竜の外鰓のような突起がみられるのだが、このような容赦を持つ種族は生憎と思い当たらない。
(………アイギスはたしか騎獣ではないと…)
目視で判る情報はまだかなり少ない。
『っ、ああ。正確に言えばルバーブを食わせちまったんだ…。』
当初天幕に駆け込んできた際よりは落ち着いたとはいえ、まるで我が子の命が危ぶまれているかのように、憔悴しているアイギス。
小出しにされた情報だけでは運びこまれた急患を何ともしがたいので、ガンウェインが再度詳細を問う。
『(…これでは埒があかんな…)
ルバーブをか?何か毒物や毒草ではなく?
いや…有り得ん…獣にルバーブ如きを食べさせたからといって此のようにはなるまいよ。』
そう、騎獣ではないとしても…
幻獣や魔獣などの獣がルバーブを食べたとて此のような状態にはならないのだ。
その問いかけに俯いたアイギスの口から小さく言葉がこぼれる。
『……………っ、…………じゃねぇ………』
『?何だ…何と言っ……
確と聞き取れなかったため問い返したのだが…
『獣じゃねぇ!!』
次の瞬間には力一杯の否定の言葉と
予想外の答えがかえって来たのだ。
『獣ではない…?』
『この子は「龍」だ…』
『は?』
『えっ?』
ガンウェインはその應えを訝しみ、斜め後から診療台を覗いていたフラッガの目が驚愕に大きく開かれる。
『!!なっ、そっ!?え!!』
『龍、…?いや、まさか………(これが?)』
『こんな状況で嘘なんざ言わねぇ!!パールは龍……、北に住む桓雄の子だ!!…………
……そんで、まだほんの赤ん坊なんだ…。』
『…!』
『!!!赤子?!』
遅々として進まぬ治療に苛立ちを隠せず、語気を荒らげたアイギスに恐る恐る状況を再々確認をするフラッガ。
『で、では…その、アイギス殿は、この、この子に、赤ん坊にルバーブを食べさせた、と?』
『だからそう最初から言ってるじゃねぇか!!』
『!!!』
唖然とするフラッガに、憤るアイギス。
そして…ガンウェインは2人のやり取りを聞きながら…
(いや、それは最初からは聞いてはおらんがな………)
脳筋とのコミニュケーションの難しさをしみじみと感じていた。
※※※※※※※※※※
診療台で蹲る小さな生き物をめぐり…
生産性のないやり取りが続いたが、何とか僅かながらではあるが状況が判りつつある。
のだが…
『では何か、赤子と知っていながら…お前は態々ルバーブを食べさせた、と。』
思わず蟀谷を押さえるガンウェイン。
『俺じゃねぇ!ラグザが食わせたんだ。』
『え?団長が?』
『……………。』
全容は依然として不明であるし、何故こうなったかの原因はさっぱりである。
ただ、何よりも…
『……この際誰が食べさせたか、など…どうでもよい。赤子と知っていて猛毒を食べさせたのか、と聞いている。』
『!』
先程の穏やかな声音とは一変、怒気のこもった問いかけがアイギスの胸に刺さる。
その言葉に固まるアイギスに…更に容赦なく追い討ちをかけるガンウェイン。
『無辜の赤子に何と惨い仕打ちを…
ルバーブには子らには耐性のない、致死性の毒が含まれている。赤子だと知らぬならまだしも…「龍」の、それも赤子だとわかっていながら与えたのか。酷い苦しみを味わって死ぬ毒と知っていて。』
『!………っ、それは。ルバーブが毒だなんて俺は知らなかっ、』
言い返そうとしたアイギスの言葉を遮り淡々と告げる。
『知らなかったと?私は常日頃お前に言っているな?アイギス。命あるものを軽々しく拾うな、と。拾った命に対してその時点でお前は一切の責を負わねばならぬ。責を負うという事は…ただ愛でる事ではない。定められた今生を終えるまでその命の器を如何なるものからも守り通し、そして定命を全うした後には無事に冥府へ送るということ。知らぬ存ぜぬではない、知っておらねばならぬ事。』
『………。』
『お前が知り得ていたならば、この子はこのような苦しみを味わう事もなかっただろう。見ろ、お前の無知が、お前の命ある者に対する認識の甘さが、この結果だ。光りある生を奪い、生まれ出でた世界すらも知らぬまま…一人嘆きの川をこの子に渡らせるのだ。』
ガンウェインの厳しい叱咤に一度は口を噤んだアイギスだったが、拳をぎゅっと握り締め…声を振り絞って懇願する。
『……頼む、ガンウェイン。俺が悪いのはわかった、普段の行動も改める。っ、この子を…死なせないでくれ。俺の命でも何でもくれてやる。頼む、』
その姿を見て再度口を開こうとしたガンウェインに……、天幕の入り口から別の声がかけられた。
『……治癒師の束ねよ、此度はその狗が一概に悪い訳ではない。』
『ガンウェイン、すまない…私の責だ…』
アイギスの後を追って来たラグザとヨグが漸く治癒師の天幕に到着したのだ。
『ヨグ殿、団長…』
『その子は…吾が星詠みの子。仔細は判らぬが、天より降った。ただ…現し身をもたず、殻の内で命の焔が定まらぬが故、吾が命脈を繋ぎ、生を授けたのだ。狗は子が何者か知らず、殻から出した後吾から手渡され、そこな竜もどきの元に運んだのよ。』
『…私が不用意に食べさせたのだ。腹が減っているのではなかろうかと…星詠み殿から幼子と聞いていたが、ルバーブがこの子に毒となるなど思いもよらず…。責めを負うなら私が負う。ガンウェイン、頼む…龍の子を助けてくれ。』
アイギスと同様に波瑠を助けてくれと懇願するラグザ。
その2人を厳しい目で見つめるガンウェイン。
『………。』
首を縦に振らぬガンウェインにヨグが更に言葉を尽くす。
『治癒師の束よ、ヌシの命に対する敬意と志は理解しておるつもりよ。その憤りも自明の理。子に責は無い。凡て子の命を危険に晒した吾らが責。如何様にも子に償おう…故に、救ってはくれぬか。』
ガンウェインはヨグのその言葉に深く溜め息をつく。
『………助けぬ、とは言ってはおりません、ヨグ殿。しかし…状況によっては助けてやれぬかもしれませんが…。』
そして治癒台の波瑠を見つめた。
アイギスはしょっちゅう
騎獣や生き物を拾ってはガンウェインに
怒られている常習犯。
生き物を飼う事は命を預かる事。
今までは命に関わるような大事がなかったため
多目にみていたガンウェインもついに波瑠の件で
堪忍袋の緒が切れたようです。