11.見知らぬ場所と魅惑のふかふか
遥か聳える天涯の
更なる天空に座する
勇壮なる北の龍よ
今運命の星辰は輝けり
玉座より離れ其の無聊を慰めよ
―北辰譜
つい先程の発言者の発言内容がかなり後を引いたためか…しん、と静まりかえった天幕の内だったが…
拾得物が稀なる騎獣…ではな事実に打ちのめされ、愕然としていたアイギス以外は思いの外復活は早かったようで…
『ぱるぱる(ええと?)』
波瑠をぶら下げたラグザがヨグに真偽を問う。
『星詠み殿、それは真の事か?』
『ぱる?(え?)』
その問にさも可笑しな事を聞いたかのように應えるヨグ。
『応とも、吾は星詠み、此については戯れ言もまやかしも告げぬ。左様…ヌシが今ぶら下げておるその仔、紛うことなき龍の仔よ。』
なんとも大仰な手振りを交え、先程の言が事実であると再度告げた。
………………………何と言うことだ……。』
あまりのぶっ飛んだ事実に…杜撰にぶら下げていた波瑠を壊れ物を動かすかのように恐る恐る地面に降ろすラグザ。
偉大なる桓雄―
音に聞こえし北辰の死神。
旧き者の一柱。
かつての大戦では…その1体で万の兵を焼き、巌を削り、地を裂き、海の水を枯らせた、との逸話の残る上位神格を持つ者。
大戦後は煬帝城を中心とする天空の絶界に引きこもり、三國との干渉を避け、他を廃して鎖国を貫く生ける伝説。
(コレが…その幼体だと!?)
アイギスが以前に引き起こした古代竜の厄災など…子供の児戯程度の些末事に思える。
このナゾ生物が「龍」だと言うなら…神に等しい力をもつ者の幼子を…意図せずとも拐かしたことになる。
虫ケラが竜に喧嘩を売るレベル、力の差は歴然、そんな事をすれば殲滅される未来しかない。
…………………詰んだ。
『アイギス、』
『ぉ、おお…』
『今すぐ帰してこい。』
『え゛、』
『辺境一円を灰塵に帰すつもりか?』
後にアイギスは言う、あの時のラクザの指令には戦場で発せられる威圧など比にもならぬ鮮烈な殺意が込められていた。と。
※※※※※※※※※
(何か、長くなりそうな…)
(波瑠からみて)巨人2人が何やら揉めているのを後目に、久方ぶりに地面に足がついた波瑠は天幕の内をぐるりと見回していた。
連れて来られた際には眠っていたため、此処が何処かは(そもそも最初に居た場所も不明だが)未だにわからないものの、当面の危険は去った…と思われる。
(命まではとられない…と、思う、けど…)
まだ言い争い(?)を続けている巨人1号、2号ではあるが、波瑠に危害は加えてこないであろう。
(うん、あの後から来た巨人なおじいちゃんが何か取り成してくれそうだし…取り敢えず現状確認しておこう。)
(企業戦士たるもの、いつでも臨機応変に動かねばならないもの!)
本当に良くわからない状況ではあるが、自分にそう言い聞かせながら、今いる場所を観察しはじめた波瑠。
(ここは、ゲルのようなものだろうか...)
簡素ながらしっかりとした造りの内部は天井の梁から角燈が幾つか下げられ、壁面は厚くキルトの様な布が張られている。
そして何より床面はふかふかとした絨毯敷で、素足に柔らかく、また踏みしめると足が沈み、足跡がつくのが面白い。
現代の日本でも中々お見かけしないフワモコ高級絨毯に、企業戦士の臨機応変云々のための観察を忘れ、見知らぬ場所への警戒と現在の状況も頭から抜け落ちて行き…
(わっ!凄い!くっきりと付いた!)
同じ場所をフミフミと踏みしめながら足跡付けに夢中になりはじめる…見た目はナゾ生物、中身は大人な澤村波瑠(30)。
それでよいのか、30歳…
最終…ふわふわ絨毯の魅力は大人なはずの波瑠にさえ歓喜の声をあげさせてしまい…
『ぱぁーるぅぅ。(ふかふかーー!)』
『!!』
『ぐふっ!!』
揉めに揉めて押し問答していたラグザとアイギスも、背後から聞こえてきた喜色を含んだ鳴き声に気がつき…
『(――っっ、おい!なんだあの可愛いの!!)』
『(…………絨毯に付く足跡が嬉しいのだろうな。)』
『(よし、おっちゃんが絨毯の100枚や200枚…)』
『(買うな、馬鹿者が。)』
小さい生き物が目を輝かせて絨毯で遊ぶ様に心を奪われていた。
狗っころ(アイギス)よ…
流石に絨毯は100枚も200枚も
要らぬとおもうがの。 byヨグ