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抜け出し合唱コンクール

作者: 松内えみす
掲載日:2025/11/22

秋のイベント作品です。

キノコおむすびセット感覚でどうぞ。


なお、中学生達の話であるため、少々幼稚で下品なネタも含まれます。お気をつけください。

 




 あれはもう、半生以上前の事になるのだろう。












「秋かあ」


 久々の休み。小春日和な暖かい日に、僕は子供達にせがまれて近所の公園に来ている。

 近所にある自然豊かな憩いの場所で、四季のよって色々な花を楽しめる。秋は彼岸花の名所となるが、もうすでにシーズンは終わった。

 代わりに紅葉が美しく色づく時期になってきたので、一丸レフの着いたカメラを首から提げた人間や、古風にもキャンバスを運んでくる人間も居る。芸術の秋と言ったところか。


 僕はというと、そんな芸術の秋などという風情が理解出来るほど繊細でもないので、ペンキが禿げかけ、腐りかけの木がガサガサしてるベンチに座りながら、さっき公園の入り口で買ってきた焼き芋をホクホクと食べるばかりだ。

 花より団子。紅葉より芋、だ。


 枯れ葉の敷き詰められた凸凹な丘を、長男と長女の二人が駆け回っている。長男は小学二年、長女は来年から小学校だ。


「おとうさーんっ!」

「ねー! 見てー! どんぐり~!」

「おー。たくさん拾ったなー」


 子供らがはち切れそうな笑顔を揺らし、両手を突きだしながら駆け戻ってくる。

 さっきから地面に夢中になってたから何やってんのかと思ったらどんぐり拾ってたのか。


「袋ないっ、袋~!」

「持ってきてないなあ」


 仕方無いので芋の入っていた紙袋を渡した。


 子供らはまたちょこまかと走りだし、袋をぶんぶん振り回すように野山の宝さがしに戻っていった。


「遠くには行くなよ~」


 きっと今日は子供部屋にどんぐりが沢山転がるだろう。妻の怒る顔が今から浮かぶようだ。『またゴミを拾ってきて!』と。


「ははは……今日も怒られそうだ」


 平凡な悩みに苦笑が漏れるばかりだ。




 久しぶりの休み。家族サービスとまではいかないが、たまには子供達と遊び、妻のご機嫌でもとっておかないと小言が多い。

 僕もそんな一夫、一父親としての苦労というか処世術と言うか、妙な知恵を回すようになった。それは、悪く言えば凡人の平凡な人生のレールを走ってるとも言えるだろうし、良く言えば、小さくとも温もりある家庭を持てたとも言えるのだろう。


 思い返せば人生は色んな事があったが、逆に言えば思い出そうとしなければ、ずっと忘れてるような事ばかり。つまり、些細な出来事の連続だ。

 でも、その些細な事に真剣に悩んで、本当に困ったり泣いたりした時もあったんだ。


 そんな達観したような振り返りは、僕がよくも悪くも大人になった証拠かな。





 そろそろ昼になりそうだったので、まだピョコピョコとどんぐりハントにお熱な小さなトレジャーハンター達を連れて帰る事にした。


「見て! こんなにいっぱい!」

「おーおー、頑張ったなー」


 袋半分ほどに詰まったどんぐり達。はち切れそうな秋の落とし物を、幼い手達が愛しそうに掻き回している。



 沢山の獲物を携えて、僕らは公園の入り口へと向かった。

 すると、どこからともなく甘くて爽やかな香りが漂ってきた。


「ねー、何のにおいー?」

「金木犀だな」

「きんもくせー?」

「くさいの?」

「くせー、じゃなくてせい。この時期になると香るよな」

「へー」



 ────────────────────


『いてっ?!』


『おい、何サボってんだよ』


 ────────────────────



「……」

「おとーさん?」

「ん?」


 長女が僕を見上げていた。


「どうかしたの?」

「あ、いや。何でもない」


 少しぼーっとした。

 今、ふと。いきなり、ずいぶん昔の事を思い出したから。


「そういや秋だよな。合唱コンがあるのは」

「がっしょーこん?」


 がっしょーこんってなにー?と腰にしがみつく娘の頭を撫でながら、僕は真っ青な空を見上げた。


「俺も歳をとったんだなあ……」













 ─────────────────────






「はい、私達のクラスの曲は“僕らのバラード”になりました!」


『えぇ~?!』


 という、落胆の声が大きかったように感じられた。実際は半数いかないくらいの声だろうけど。


「俺っ、『ユニバース』が歌いたかったのによ~!」

「『時の果て』は~?」

「なんでよりによってバラードなんだよ! 第三候補にすらなってねえじゃん!」

「おいっ、浅田! お前のクジ運で俺らみんなの夢が砕け散ったんだぞ! 責任持ってケツ踊りしろ!」

「ふざけんな、俺のせいじゃねえだろ!」

「じゃあ佐山のせいだってのか?」

「男ならじたばたすんなっ、切腹しろー!」


 訳の分からない野次を飛ばされる僕らのクラス委員長、浅田はだるそうな顔をして、その隣の女子委員長の佐山はキャラキャラと笑っていた。



 秋になり、僕らの学園生活にも合唱コンクールの季節がやってきた。三年の秋。最後のクラスイベントと言ってもいい。駅伝は無いものとする。休む予定だし。


 みんな進路とか高校受験とかで切羽詰まってるというか、苛立つ雰囲気みたいなのもあるが、そんな時こそこういうイベントでワイワイやるのが息抜きになるのだろう。

 もっとも、僕らのクラスの課題曲は『僕らのバラード』になってしまったが。


 各クラスで希望曲を第三候補まで出す事になっており、それを学級会議で各クラスの委員長が発表しあって、希望曲が重なってしまった場合はクジで決める事になる。

 第一希望の『ユニバース』は前評判からして全クラス断トツの人気曲なのは分かっていたから、きっと初っぱなからクジ決戦となったのだろう。


 そして、我らが委員長は見事に惨敗。第二希望、第三希望までスカッたのだ。


「なんだよ、バラードかよ。しょうもな」


 と、僕の前の席の悪友、カツジが振り向いて話しかけてきた。


「ま、別に何でもいいけどな。口パクだし」

「でも『ユニバース』は歌いたかったじゃん」

「まあな」


 カツジは興味無さそうに言った。


「しかし、第一、第二、第三希望落ちか。こりゃクラス中の進路を暗示してるようだな」

「やめろよ……」


 小島カツジ。小学校一年からの付き合いで、何かと問題を起こすトラブルメーカーだ。不良とまではいかないけど、けっこうそれに近い。カツアゲとか弱いものイジメをしないヤンキーと言った感じ。


「それじゃあ、指揮者とピアノ伴奏決めまーす。やりたい人ー!」


 手を上げる者は居なかったが、こういう時は大抵クラスに一人や二人、音楽の得意な者やピアノを習っている人間が居て、周りから推されて仕方なく名乗り上げるものだ。


 ピアノ伴奏は小学校からピアノをやっている女子がやることになった。


「それじゃあ、指揮者はー?」


 次は指揮者を決める事になったけど、僕の知る限り他に音楽得意そうな人間は居ない。


「他に音楽できる奴居ないかー?」


 担任の“ファラオ”こと武藤先生がクラスを見回す。体育担当で、生活指導担当。まだ血の気の多い30代半ばなので、僕らのような中学生にとっては天敵みたいな人間だ。

 ちなみに、なんで“ファラオ”なのかと言うと、先生のフルネーム『武藤(むとう)ユウジ』という名前が、有名な漫画の主人公の名前と似ており、その主人公がエジプトのファラオに縁があるからだ。



「誰か、居ないか?」


 学級委員と先生が教壇でクラス中を見回す。僕はもちろんピアノも指揮も全く出来ないが、純粋に誰が指揮者をやるのか気になった。


「ねえ、ナナカがやればいいんじゃない?」


 と、近くの女子の会話が聞こえ、思わず自分の耳が立つのを感じた。


「だってナナカは吹奏楽部でしょ?」

「でも、指揮者ってやった事ないしー」


 自然に僕の視線は横へ動いてしまい、その先では可愛らしい笑顔がふるふると首を横に振っていた。


 山川ナナカ。

 中学一年から知り合った女子生徒。

 背が高めで、スタイルも良く、髪もサッパリとしたボブカットにしていて、一見するとスポーツをしてそうな感じだけど、吹奏楽部でサックス?とか何かをやってる。


 明るくて、ちょっとかしましな所もあるけど、一年の時から成績も悪くなく、学級委員やレクリエーション実行委員とかのような役目を引き受ける事が多く、教師からの信頼も厚い。


 彼女の弾むような笑顔や、鈴音のような笑い声も。一つ一つがいちいち僕の意識を奪うので、何かと集中力が落ちる。



「仕方ない。じゃあ推薦でもいい。誰か良いと思う人の名前を上げてくださーい」


 浅田が言うと、みんな途端にざわめいた。

『推されたらどうしよう?』みたいな胸騒ぎが教室に溢れたようだ。


「こういう時、俺らみてえのは楽よな」

「たしかに」


 合唱コンでは適当に口パクしたり、周りの声に自分の無気力な声を混ぜ合わせるだけの僕らでは縁など無い。


 委員長二人が『誰か居ない?』と推薦を促すが、特に声は上がらない。


「ナナカやりなよ」

「えー、でもー」


 山川は推薦されるかも。

 そしたら、指揮者を見ながら歌わなきゃいけないし、悪くないんじゃないか。

 僕はそんなしょーもない事を考えていた。


 そんな風にぐだった空気がクラスに流れ始めていた時だ。


「あ、そうだ。沖野は?」


 と、誰かが声をあげた。


「沖野、確かお前ピアノやってたよな?」


 それに賛同するような声。


「沖野の母ちゃんって音楽の先生だろ?」


 そんな別の声もする。


「そうじゃん、沖野居るじゃん」

「お、やれよヤス」

「沖野で良くない?」


 無責任なような、囃し立てるような。『なんか埒が明かないから、とりあえずお前やれよ』とでも言うような声がその人間の背中をグイグイと押し始めた。


「ヤス、やる?」


 と、浅田が言うと、それまでブスくれてたように肘を着いていた男子、沖野が顔を上げた。


「俺?」

「指揮出来る?」

「まあ、出来る」


 気の無いような返事が周りを沸かせた。


「なら沖野で良いじゃん!」

「おっしゃ決まり!」

「おい、浅田っ、早く書いちまえ!」


 またもや無責任な盛り上がりが、この停滞を事なかれな形で無理やり流そうとし始めた。


「……」


 当の人柱になった本人は何を考えているのかよく分からないような顔をしていた。



 こうして。僕らのクラスの合唱コンのキャスティングが決まった。



 曲・『僕らのバラード』

 指揮者・沖野ヤスヒロ

 伴奏・石見ユミ


 歌・3年E組一同、もろもろ。



「……」


「…………」

「ん? どった、まっちゃん」

「いや、別に。合唱コンめんどいな」

「だよな」


 この間体育祭が終わったばかりだ。でも、もう衣替えの時期だ。


 コンクールの時には少し寒くなってるだろう。











「ああ~~っ、我らの~学舎~っ、友の声の響く学舎よ~!」

「野生の鹿~は~っ、森の春日に~!」

「うっせえよっ!」


 その日の帰り道。

 同じクラスの友人タケちゃんこと竹田ユウキと、隣のクラスの友人タッキーこと岡村ケンタが馬鹿声で校歌や選曲されなかった歌を歌って馬鹿騒ぎし、カツジが爆笑していた。


 僕らはよくこの四人でつるんでいた。カツジとタケちゃんは小学校が同じ。タッキーは中学に入ってからの仲だ。


 僕らはどこにでも居る、フツーの馬鹿な中学生だ。特別に何か賢しい事を言う事もないし、大それた夢を語り合う事もない。

 話したい事を話す。


 カツジとタッキーは何故かたまに先に帰ると言って消える事もあるが、概ね僕らはこの四人でよく帰る。


「いいよなタッキーんとこは。ユニバースになったんだろ?」

「ああ、ウチの委員長のあー君はラッキーレベルカンストしてるからな」

「あー君すげえよな。確か一年二年も学級委員やって、クジ全部勝ってるもんな」

「ああ、これであー君は無敗の三冠馬っ、ディープコンパクトになった訳だ!」

「何それ?」

「お前ら知らねえの?! 去年、無敗三冠達成したディープを?!」

「あー、競馬? そういやそんな事で騒いでたような……」

「タッキー、将来ギャンブルで死ぬなよ?」


 僕らの話は大体決まってる。カツジが下ネタを言って、タケちゃんが悪のりして、タッキーがやたらと競馬の話をする。

 そして僕はそれらにツッコミを入れたりする。


 でも、この日は合唱コンの話で盛り上がった。やっぱりタイムリーな話は盛り上がるんだ。


「で、三人は僕バラだろ?」

「ああ、ツイてねえよな」

「え、そうか? 俺けっこう好きだぜ?」

「えー、タケちゃんはバラード良かったのか?」


 別に誰が決めた訳ではないけど、僕らのバラードは不人気曲として有名だ。というより、三年生の課題曲は僕らが一年の頃から先輩達の歌を聞いて、人気な曲が固定されているのだ。だから、それ以外はいまいちと思われてる。

 三年生の課題曲は三つほど人気な曲があるので、それ以外の曲はあまり価値が無いのだ。


「まっちゃんは何歌いたかったんだ?」


 と、タケちゃんが尋ねてきたので、僕は素直に答えた。


「ユニバースだよ。だってかっけえじゃん」

「まあ、やっぱそうか。俺らんとこは完全に浅田のツキの無さにやられちまった訳だ」


 タケちゃんは苦笑いを浮かべた。


「やっぱ浅田はクビだな。あいつの後期委員長は取り止めだ。衆議院解散して総選挙しようぜ」

「おいおい、入試を思い出させるようなネタは止めてくれ」


 カツジがべっと舌を出す。


「特に社会科はファラオも思い出すからな」

「カツジは保健体育しか得意じゃねえもんな」

「たりめえだ。俺だって股間の指揮棒なら自信あるんだぜ? 壇上で振るう勇姿をお前らに焼きつけてやる!」

「きたねえーっ!」


 皆で揃って爆笑する。



「しかし指揮者が沖野か。あいつそんな事出来たんだな」


 くだらない笑いを立て合う中でタケちゃんがポツリと呟くように言った。


「今までピアノも指揮もやってなかったよな? そんな目立つ事やってんの見た事ねえし」

「あー、あいつ群れるの嫌うからな」


 と、カツジが言った。


「つうか友達居ねえじゃん」

「へえ、そうなのか」


 と、タッキーも相づちを打った。


「まあ、たしかに気難しいよな。気性難ってやつ?」

「まあ、そうな。まっちゃんくらいじゃね? あいつと仲良くやってたの」

「え? ああ、まあ」


 いきなり話を振られた僕は曖昧な返事をした。


「昔はよく家に遊びに来てたよ。あいつん家厳しいからゲームとか買って貰えなくてさ。だから俺ん家でこっそりやってたんだ」

「あー、それでまっちゃん家行きゃ居たのか」

「なっ。俺らが行くと大体先に居座ってて、先住民かって感じだったわな」

「今もよく遊んでるん?」


 聞かれて僕は首を横に振った。


「中学に入ってからはあんま。あいつ、怒りっぽくなったし」

「俺知ってるぜ? あーいうのオタクって言うんだ!」

「馬鹿、そりゃエロゲーやってる奴の事だよ」

「そういや金城の奴もよ、机に変なキモいもん貼ってたよな? なんかボイスロボットだか、なんだかわかんねーけど、それ印刷したやつ」

「あれやべーよなあ。将来犯罪者になるぜ」

「それ、お前が言う?」

「それに、他にもあの界隈の奴ら変なモンばっか見てるらしいぜ。なんかイチゴとマシュマロがどーだ、ひぐらしの鬼がどーのこーの、備長炭とかいうのがどーだとか」


 皆の話は自然に別の事へと移っていった。最近ちらほら見かけるマニアックなアニメ好き達のヤバい(勝手にそう判定してるだけ)行動とか噂をあれこれ言い合う時間となった。


「……」



 ヤス、か。





 沖野ヤスヒロは僕の小学生の時の友達だ。“小学生の時”なんて言うと語弊があるかもしれない。今も友達、だとは思ってる。


 けど、小学生から中学生に上がった時に、人間関係に少し変化が訪れた。僕の場合はそれほど変わらなかったが、ヤスこと沖野は変わった。


 別の小学校から上がった友人と親しくなり、よくそいつらとつるむようになった。そいつらは別に悪い奴じゃないけど、僕とはあまり話が合わないようなタイプだった。


 だから僕とヤスは自然に絡む機会が減った。ケンカした訳じゃないし、何か相手に嫌な部分を見つけた訳でもない。

 今でもたまに話したりはするし、特に気まずくなる訳でもない。


 だけど、昔みたいに遊んだりもしない。


 本当に自然に。いつの間にか僕らの間にあった糸はほどけていた。そんなようなものだ。



 そんなヤスだけど、最近は仲の良かった奴らとも疎遠になっているなんて噂は少し耳に挟んだ。ちょっと言い争いになって、それ以来お互いを避けるようになったと聞いた。










「ただいまー」

「お帰りー」


 帰宅して、僕はロクに手も洗わずに自分の部屋へと入った。

 最近出たばかりのゲームのポータブル機器を枕元の充電コードから引き抜いて電源をスライドさせる。


 ジジジッという独特な音と共にスリープ状態になっていた画面が再開される。


「ふぅ~。朝に狩り途中だったからなー。モヤモヤしてたんだ」


 最近はすっかりこの新しいゲームばかりやっている。ポータブルの良いとこは寝ながら出来るとこだろう。


「…………」


 僕はテレビの前に置きっぱなしの古いゲーム機を見た。


 そう言えば、ヤスとの共同ファイルが入ったゲームもあったっけ。














 合唱コンが近づくと、日常に少しだけ変化が訪れる。


 音楽の時間が割り増しになり、しかもそれは課題曲の練習時間となり、僕らは歌のレッスンを受ける事になる。


「口を大きく開けて、お腹から声を出しなさい。ホールは広いのだから、もっと遠くに声を飛ばすように歌いなさい」


 音楽の原木先生の口うるさい指導に女子生徒はちゃんと従い、僕含めたしょーもない男子生徒はダラダラとやる気なく取り組んでいた。


「それじゃあパートごとに別れて練習にしましょう。まずソプラノからピアノに集まって」


 女子は先生の周りに集まり、男子は半分フリーな練習タイムとなった。


「じゃあ、ここのサビ前の部分をやる。みんな並べ」


 そんな男子の練習を仕切るのは指揮者のヤスだ。椅子の上に立って指揮棒をスッと上げる。


「いち、に、さん……」


『うたおうよ~、一緒に~、大きな声を出して~』


 練習部分を歌っていくと、ヤスは顔をしかめて指揮棒を突き刺すように向けてきた。


「駄目だ。おい、梶原、赤木、ふざけないで歌え」

「ふざけてねえじゃん」

「フラフラしてる。ちゃんと前向け。それと小島、お前声出してる?」

「え? 股間出してる?」

「ちげえよ馬鹿。声出せ」


 カツジも指摘されたが、ニヤニヤと笑って下ネタへと繋げていく。


「なら出してやるぜ! 俺のボッキンボイス!」


 下ジャージの中に手を突っ込み、それをズボンが破れそうに突き出すカツジ。


 周りの人間がどっと笑う。


「だっはっはっはっ!」

「おいっ、股間にベートーベン飼ってんのか?」

「こんなとこでシコりだすなよ!」


 下品な笑いがゲラゲラ起こり、僕も思わず手を叩いて笑った。

 けど、ピアノ周りに集まっていた山川からチラっと視線が向けられたので、すぐに笑うのを止めた。


「ふざけんな! 真面目にやれ!」


 そんな笑いの渦にビシャッと冷水がかけられた。ヤスの怒った声だった。


「本番まで一ヶしか無いんだぞ。もっと真面目にやれよ!」

「やってんじゃん」

「同じとこばっかで飽きるんだよ」


 元々やる気なんか無いクラスメイト達がガヤガヤと野次を飛ばす。みんな真剣味に欠けて、まともに取り組んでなんかいない。


 そんな()()()事なのに、ヤスはますます険しい顔をして言った。


「お前らみたいな馬鹿のせいで迷惑する人間も居るんだ。ちゃんとやれよ」

「やってんじゃねーかよ。なあ?」


 カツジはズボンに手を突っ込んだまま、それをズンズンと突き上げてみせて挑発していた。


 また起こった笑いの中で、ヤスはずっとしかめっ面をしていた。




 ヤスは昔から真面目というか、頑固というか、ちょっと冗談が通じにくいところがあった。

 もちろん、一切悪ふざけしないとか、ギャグを言ったりしないという訳じゃない。でも、行事とか授業のような事に関してはふざけたりしないし、ふざける奴とも馴れ合わない。


「お前らさ、マジにやれよ」


 ヤスは高圧的にそう言い捨て、何人も睨みつけた。




 その日は他には特に何もなく、ホームルームが終わって放課後となった。


「まっちゃん帰ろうぜー」

「あ、俺委員会あるから」

「おっけ。じゃあ南門で待ってるわ」


 僕らの学校は部活は強制ではなかったから、僕やカツジは帰宅部だった。だから普段は一緒に帰るが、今日は僕の所属する美化委員会があったため、先に南門に行ってもらう事にした。


「……よし」


 カツジが消え、自分の胸がドクドクと高鳴るのを感じながら、僕は学ランの襟や袖を気にしながら、社会の窓も確認した。


 そして、チラリと横を伺う。

 そこには、同じく制服に着替えた山川の姿があった。


「後でねナナカー」

「うん」


 友達と別れ、荷物を整えた山川が僕の方へとやってくる。


「まっちゃん、お待たせ」

「ああ」


 僕はさりげなく、努めて自然な風を装って返事して、山川に頷いた。


「じゃ、行こうぜ」

「うん」


 ニコっと揺れる笑顔と並んで、一緒に歩き出す。ただそれだけの事なのに、何故にこんなにも幸せな気持ちになるんだろうか。


 もちろん、これはデートなんていう都合の良い話じゃない。山川も美化委員であり、僕らは同じ担当者なだけだ。

 だけど、僕にとっては変わらないくらい緊張し、同じくらい浮かれる事なのだ。


「ねえ、今日音楽の時間に男子みんなで騒いでたけど、何してたの?」

「あー、大した事じゃないよ」

「でも、 まっちゃんもめっちゃ笑ってたじゃん。何か面白い事してたの?」


 カツジのど下ネタに爆笑してただなんて言えない。


「いやー、なんだったかなあ。あ、ほら、梶原とかマジ音痴だからさ。それで」

「もー、男子もちゃんとやってよ? 最後の合唱コンなんだから優勝したいじゃん」

「僕バラで?」

「あたしは結構好きだよ」

「へー、俺もだよ」

「え、ほんと? まっちゃん通だね!」

「まあ、良い曲だと思うな。歌詞とか深いし」


 心に1ミリも思ってない事でも、自然に嘘が出るのは我ながらあさましいと言うか情けないけど、まるで互いに好きって言い合ってるみたいでドキドキした。


 山川はコロコロとよく色の変わる可愛らしい表情で話を振ってくる。


「なんか沖野が怒ってたみたいだけど、また喧嘩したの?」

「いや、喧嘩なんてしてない。ただ、ほら。ヤスは真面目だからちょっとふざけてる奴が居ると注意するんだよ」

「そっかー。まっちゃんも協力してあげないと駄目だよ~? 沖野は沖野で頑張ってるんだから」

「そうだな。まあ、あいつは昔からそうだったから」


 他愛のない話でも、僕にとっては本当に素晴らしい時間だった。そして、それは当然すぐに過ぎてゆく。

 僕らのクラスがある第二校舎から、委員会の部屋などのある第一校舎への渡り廊下を歩く。


「そろそろ衣替えだねー」

「やべ。学ランタンスん中に詰め込んだままだ」

「あたしもセーラーどこやったっけ?」


 そんなどうでもいい話が、世界で一番価値のある物へと変わるのが、この時間なんだ。











 僕のそんな平凡な日常はすぐに流れていって、秋づいてきた10月の半ば。



『うたお~うよ~、一緒に~、大きな声出して~』


「止め」


 もう今日で何度目になるか分からないヤスの途中停止。


「ぜんぜん声が出てない。もっとちゃんと出せ。そんなやる気なく歌ってもしょうがない」


 仏頂面の無愛想。そしてへの字に曲がった口。それが、僕らが最近目にする顔だ。


「声が小さ過ぎて話になんない。審査は歌の上手い下手よりも、声の大きさや表現力で採点される。つまり、やる気だ。やる気は声量だ」


 そう言いながらヤスはカツジを睨みつけるように見た。


「小島は声がでか過ぎる。音がずれるとみんな引っ張られる。もっと音程に気をつけろ」

「でかけりゃ良いんじゃねえのかよ」

「音程だってちゃんとしなきゃ駄目だ」


 注文が多く、時には矛盾するようなヤスの物言い。それは真面目ゆえの完璧主義から来てるものだったが、クラス中が段々と嫌気を差し始めていた。


「本番は来週だぞ。最後くらいまともに出来ねえのかよ。お前らさ、一体いつ真面目になるんだよ」


 ヤスの言葉がささくれる。


「毎日ふざけてよ、こんな事一つまともに出来ねえのかよ」


 ヤスの言いたい事は分かる。

 僕も人の事は言えないが、僕らのクラスはお世辞にもちゃんとしてるとは言えない。やる気もないし、責任感なんて誰も持ってない。

 最初から歌う気なんて無いんだ。


 だが。

 それでもヤスの注意や指導は少し厳しかった。それが間違いではないのは確かだけど、少しスパルタが過ぎていたのも事実。


「もう一回いくぞ。同じとこと、最後の部分」

「なあ、ちょっと違うとこやんねえ? 飽きてきたわ」


 と、誰かが言った。


「今日ずっと同じとこじゃん。サビとか歌おうぜ」

「あ、俺もさんせー。最近ちょっとサビの辺り好きになってきたんだわ」

「つうか通しでやろうぜ。女子も混ぜてよ」


 日頃の地味な反復練習に嫌気が差したのだろう。多くの人間がちょっと息抜きしようと提案した。


 でも。


「そっちは後でいい。今はとにかくサビの直前だ」


 ヤスは譲らなかった。


「ここが出来たら通しでやる。だからまずはここだ」


 きっと彼が正しいのだろう。事実、やる気はともかく僕らは少しずつ上手くなってるのだから。


 けど。


「えー、だりい。もうよくね?」


 何人もがかったるそうに言った。


「いいじゃんかよ。もう俺ら優勝だろ」

「つうか、どうでもいいし」

「とりあえず違う事しようぜ」

「……あのな」


 そんな意見にヤスは眉をしかめた。


「俺が指揮者なんだから俺の指示に従えよ。それを最初に決めたろ?」

「別にお前の指図聞くなんて聞いてねえけど」

「お前は指揮棒振ってりゃいいんだよ。あれこれ口出すんじゃなくてさ」

「何だよそれ」


 何人かのふてぶてしい言葉にヤスの顔が途端に恐くなった。


「お前らが俺に指揮やれって言ったんじゃんかよ」

「指揮だけだよ。指揮官になってくれなんて言ってねえよ」

「ていうかウゼエわ。何しゃしゃってんの?」

「は?」


 辺りに険悪な空気が流れ出す。


「おい、ふざけんなよ。お前らがどうしようもないから俺が指示してんだろうが」

「別に頼んでねーし」

「何ムキになっちゃってんの?」

「こっわ~。キレてる?」

「つうかさ、お前偉そうにしてるけど、結局なんもしてねーじゃん」

「要は『練習しろ』しか言ってねえじゃん。訳ワカメ~」

「それなら沖野のソロパート作りゃいーじゃん。ここお前が一人で歌えよ」

「見ててやるよ、お前のオナニーソロパート」


 せせら笑うような声。それは一つじゃなくて、いくつも上がった。

 誰かが嘲笑すれば、それに乗じるように。多数の声が一人をなぶるように。


 最近のヤスの指導に、みんなかなりの不満や反感を抱いていた。それがちょっとした歪みで途端に噴出してしまったかのようだ。


「ふざけんなよっ!!」


 ヤスの怒声が音楽室に響いた。


 離れた所で練習していた女子達が驚いてこっちを振り返った。

 その中の山川と目が合ったような気がした。


「真面目にやらないお前らが悪いんだろうが! 文句言われたくなかったらもっと真剣にやれよ!」

「真剣じゃん。なあ?」

「ああ、俺マジでやってんもん」


 その後は口論がさらにヒートアップしたが、先生が仲裁に入って止まった。







「まあ、俺はヤスが悪いと思うけどね」


 帰り道、今日のクラスでの出来事を何時もの四人で話してたら、カツジがそう言った。


「だって意味わかんねーし。声出せって言われたから出してんのに下手くそだとかよ」

「まあなあ」

「というかさ、何で沖野ってあんなピリついてる訳?」

「あれだろ。あいつ西校(僕らの住んでる町では有名な一番校。学年でトップの成績じゃないと行けないと言われてる)受けるつもりらしいから、それで苛ついてんだろ」


 みんな受験の事でピリついてる時期だ。僕なんか家から近い大した事ない高校を受けるつもりだから、それほど苦労してないけど、やっぱり漠然とした不安はある。


「あいつは元々神経質だったもんな。まあ、しゃあねえよ」

「まっちゃんも沖野に嫌味言ってやったわけ?」

「え? いや、俺は言ってないよ」

「まっちゃんみたいなチキンが言える訳ねーじゃん」


 カツジの言い方にカチンときたが、それは間違ってない。僕は喧嘩とかは苦手だ。


「けど、これで決まりだな。俺らのクラスは敗退! やったなタッキー、これでお前らのクラスが優勝だろうぜ」

「元から眼中にねえって」


 僕ら3E組三人でタッキーにモモカンを食らわせまくってやった。



 でも、カツジやタッキーの言う通りだ。


 僕らのクラスはとてもお呼びじゃない。きっと歌っても無意味。

 頑張ったところで結果は変わらないだろう。


『最後の合唱コンなんだから、優勝したいじゃん?』


 山川には気の毒だけど、きっと無理だろうな。







 それから本番までの一週間。


 休み時間や、放課後の自主練の時間は無くならなかったけど、ヤスは今までよりも更に厳しくなった。

 けど、対して皆はさらに不真面目になった。


 明らかに、僕らのクラスにはギクシャクした空気が漂っていた。


 それに、ヤスは他の生徒とはロクに口を利かなくなった。みんな避け始めたのだ。

 イジメとかに発展してる訳じゃない。でも、半ばハブられいた。

『あいつウゼエし、関わるのやめようぜ』

 そんな雰囲気さえあった。


 僕も挨拶くらいは交わしたが、ヤスもそれ以上の会話は望んでこなかった。



 そして、本番前日のホームルーム。


「明日はいよいよ合唱コンだ。みんな、頑張ろうぜ!」


 委員長の浅田は空元気のようにそう言った。翌日の本番に、みんな期待なんかしてないのに。


 僕の中学生活最後の合唱コンは、きっとつまらない平凡な物で終わるだろう。

 そして、それは僕のそれからの何十年の人生その物を表すだろう。


 何も起きない、つまらなくて、現実臭いそんな最後の思い出になるだろう。







 でも、まさか。



 あんな事になるとはこの時は思いもしなかった。










 合唱コン当日。



「あーあー、マジだりいわ~」


 朝から大あくびを連発するカツジ。昨日は夜遅くまでポータブルの狩りをしていたらしい。


「なあ、まっちゃん。今度S級手伝ってくんね? 天玉が何度やっても出ねえんだよ」

「何の天玉?」

「あれ、ワイバーンの。つうかほとんど勝てねえ」

「おっけー。なら狩りっちゃう?」

「おなしゃすっ、松田パイセン!」


 僕らは合唱コンの事ではなく、今ハマってるゲームの事なんかを話していた。


 合唱コンなんて適当にやって、そつなく歌って終わり。


 そしたらまた下らない日々が続く。


 そんな気持ちで教室に向かった。







「沖野が来てない!」


 ホームルームで浅田が焦ったように言った。


「休みの連絡は貰ってないが……」


 と、担任のファラオも困惑したように言った。


「誰か沖野から何か聞いてる奴いない?」


 そんな問い掛けがクラスに投げ掛けられるが、みんなざわざわと言葉を交わすだけで、有益な情報をもたらす者は居なかった。



「マジ? 本番当日に失踪事件?」


 振り向いたカツジが戸惑うような、ワクワクするような、その二つが入り交じった顔を向けて言った。





 ホームルーム後。近くの文化会館へ行く準備を皆が整える中、僕とカツジ、タケちゃんは急いで一年生のクラスがある校舎へと向かった。


「アキなら何か知ってるかも」

「あいつも来てなかったりして。兄弟揃って行方不明とか?」


 一年生に、沖野の弟アキヒロが居る。彼ならヤスの事を何か知ってるかもしれないと思った僕らは、彼を訪ねる事にしたのだ。



 既に一年生達も出発の準備を終えて続々と教室から出始めていた。

 制服の名札の色が違う上級生の僕らを一年生達はジロジロと見ながらすれ違っていった。


「居た! おーいっ、アキ君!」


 その波の中に僕は幸いにもアキ君をすぐに見つけられた。

 アキ君はヤスと一緒に家に遊びに来た事も多かったので、今でこそ交友は無いがよく知り合った仲だ。


 僕が名前を呼ぶとアキ君も気がついてやってきた。


「どうしたんすか、まっちゃん先輩」

「アキ君、ヤス来てないんだけど、風邪か何か?」


 そう聞くと、アキ君は何とも言えない顔をした。


「いや、そうじゃないっす。ただ、ちょっと……」


 時間が無いので、アキ君は手短に話してくれた。彼の話はこうだ。



 ヤスは最近、受験の事で親から口うるさく言われて喧嘩になりがちらしく、そこに加えてクラスでの孤立も重なってストレスになっていた。


 そして、昨日。アキ君が合唱コンの話をして、両親も来るのかどうかと尋ねたところ、親父さんが『行かない』と答えた後に『そんな下らない事に精を出す暇があるなら英単語の一つでも覚えたらどうだ』と、ヤスに向かって言ったらしい。


 ヤスは不貞腐れた態度で受け答えし、それが元でまた親父さんと口論になったそうだ。


 そして、今日の朝。


「また親父にうるさく言われたんです。『どうせ今日のコンクールも無駄に終わるだろう』って。親父は兄貴がクラスで上手くいってないのに気付いてましたから」


 それがスイッチになったのだろう。ヤスはロクに飯も食わずに飛び出して行ってしまったそうだ。


 アキ君含め、家族は早く学校に行ったのだろうと思っていたそうだが……。


「やっぱり兄貴来てないんすか?」

「まあな」


 僕らはその残念な知らせを急いでクラスへと持って帰った。





 僕らの話を聞き終えたファラオは、ともかく代理の指揮者を立て、自分は車でその辺りを探してくると言ってどこかへ行ってしまった。


 残された僕らはすぐに臨時の指揮者を立てる事になり、急遽、山川が担当する事になった。


「なんだよアイツ。偉そうにしてたくせにサボりかよ」


 詳細は知らず、ただヤスが行方不明という話を知ったクラスメイトからは心無い言葉も出た。仕方ない事だけれど。





 クラスに妙な空気が満ちたまま、僕らもホールに向けて出発した。ここから歩きで10分くらいの場所にある。


「こんなんが最後の合唱コンねえ」

「沖野、どこ行ったんだろう?」

「本番当日失踪か。こりゃ伝説だな」


 そんな声がチラホラ上がっていたけど、思いの外みんなそこまでショックを受けていない。そんなものなのだろう。



「……」

「……まっちゃん、ヤスの奴どこで何してんだろうな?」

「さあな」

「あっ、もしかして今から校舎に来てよ、女子のリコーダー漁ってるんじゃね?」


 そんなカツジの下らないギャグが、本当に下らなく思えた。


「けど、どうすっかね」


 取り直すようにタケちゃんが言った。


「三年最後の合唱コンがこれじゃなあ」

「だよなあ」


 そんな風に僕らが話していると、前の方を歩いていた女子集団から二人の生徒がこっちへとやってきた。


 委員長の佐山と、山川だ。


 突然の山川の来訪に、僕の頭からはすっかりヤスの事は消え去り、山川をおもてなし状態に切り換えられた。


「ねえ、まっちゃん。まっちゃんは沖野の友達だよね?」


 開口一番にそんな事を聞かれ、僕は慌ただしくヤス問題対策モードのスイッチもオンにしなければならなくなった。


「ああ、一応」

「ならさ、沖野がどこ居るかとか知らない? 今ね、アヤと話してたんだけど、浅田が探しに行こうかどうかって言ってるの」

「え? 探しに?」


 思わず聞き返すと、佐山が答えた。


「ほら、沖野って二年までは浅田と同じバスケ部だったからさ。だから気になるし、あいつ委員長だから。責任持って探しに行こうって言ってるの。でも、先生には駄目って言われてるけどね」

「……」

「あたしもいきなり指揮者なんてちょっと心配だしさ。沖野来ないかなー、なんて思っちゃって」


 山川が困ったように笑った。


「それに、最後の合唱コンだもん。皆で歌いたいじゃん」

「ね。ナナカが指揮者やったらそれはそれで面白い想い出になるとは思うけど、やっぱ全員揃ってないとシラけるしー」

「アヤ、楽しんでない?」

「ないないーっ」


 明るく笑ってみせる二人。

 そんな笑顔に、僕はなんだか申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちにさせられた。


 皆はヤスの事を煙たがってるかもしれない。


 でも、こうやって何人かは最後の思い出を守りたいと思ってるんだ。



 僕はどうだろうか?


 本当にこれで良いのか。

 このまま終わっていいのか。


 誰かが後悔して終わるような、そんな想い出にしても良いのだろうか。




「仕方ねえな」


 そんな僕の気持ちを先取りするように、いや、横取りしてカツジが言った。


「俺らが探してきてやるよ」

「えっ、ほんと?」

「マジ?!」


 山川と佐山が驚いて口元を押さえた。


「浅田みてえな運無い奴に行かせたってしょうがねえじゃん。それに、あいつ委員長だし」


 カツジが僕へ振り向いた。


「それに、ヤスの事ならまっちゃんが一番適任だ」


 その言葉に女子二人の、山川の目が向けられた。


「まっちゃんは前によくヤスと遊んでたからな。あいつの行きそうなとこ分かるだろ」

「いや、そんな事は……」


 そんな簡単な話じゃない。そう言いたかったけど、僕は自分に向けられている山川の視線に、思ってる事を言えなかった。


「でも、探すったってどこをどう?」

「んな事は後で考えよーぜ。それより、問題はタイムリミットだ」


 カツジがそう言うと、タケちゃんが合唱コンのしおりを出して捲った。


「俺らんクラスはクラス対抗の最後だ。だから、昼までたっぷりある」

「おっしゃ! 余裕だな。行こうぜ」


 カツジがパンっと肩を叩いてきた。


「あの馬鹿を探して連れ戻そうぜ」

「ま、マジで言ってる?」

「おいおいまっちゃん、シラけた事言うなよ」


 タケちゃんがもう片方の肩を叩いてきた。


「真っ先にあの野郎に嫌味言えるチャンスだぜ? つうか、面白そーじゃん!」


 すっかりやる気まんまんの二人。しかし、僕は一人焦りのような感情が湧いていた。


「探すって、抜け出すって事か?」

「俺らの出番はまだ先だ。いけんだろ」


 あっけらかんとしたカツジの言葉にタケちゃんもニヤけて首を縦に振った。


「文化祭バックレるなんて、これぞ青春って感じだろ? 面白くなってきた!」


 冗談じゃない。そんなヤバい事出来るか。


 僕の脳内で即決されて組み立てられた言葉は、次の瞬間には一瞬で搔き消される事になる。


「まっちゃん、ヤスを連れて来てね。あたし、皆で歌いたいし!」


 山川のキラキラした目が僕に向けられていた。


「……おっし! いっちょやるか!」

「ありがとまっちゃん! 小島っ、竹田! 必ず沖野を連れて来てね。だってあたし達の歌は『僕らのバラード』だもん」


 山川が嬉しそうに笑った。もうそれ以上、僕の脳内が会議を続ける理由などある訳がなかった。


「とりあえず、三人のことは上手く誤魔化すから急いで!」


 佐山に言われ、早速僕らは走って3D組のタッキーの元へと向かった。


「カツジ、タッキーにも手伝ってもらうのか?」

「いや、あいつは出資者だ」

「出資者?」


 前を先行していたタッキーを見つけ、カツジが口早に説明する。事情を聞いたタッキーが慌てる。


「お、おいおい。俺らのクラスは最初なんだ。手伝いなんて出来ねえぜ?」

「安心しろ。よそ者にそんな事頼まねえって。けど、()()貸してくんねえか?」

「アレ? あっ、もしかして俺の“ハネダブライアン”か?」


 訳分からない事言った後、タッキーは周りをキョロキョロ見てから何かの鍵をカツジに渡した。


「壊すなよ?」

「心配すんなって」


 その鍵を受け取ったカツジが踵を返す。


「よしっ、とにかく急ごうぜ!」


 逆走する僕らを他の生徒達は怪訝に見ていた。


「お前ら何してんだ?」

「あっ、教室に忘れ物っす!」


 先生にもそんな嘘をついてすぐに学校へと走った。


「はっ、はっ、はっ、でっ? どこ探すんだ?」

「まずは馬だっ! タッキーのな!」

「はあ?」


 訳分かんない事を口走ったカツジが先導したのは学校の裏にある林だった。


「こんなとこにヤスは居ねえだろ」


 タケちゃんがそう言うと、カツジはニヤっと笑った。


「バカ、走って探すなんてダリいだろ?」

「「?」」


 カツジが近くのプレハブ小屋の裏に回ると──


「あっ!」


 僕とタケちゃんは揃って声を上げた。

 そこには自転車が二台置いてあったのだ。


「お、おい。もしかしてこの間の全校集会であった『自転車に乗ってる生徒の目撃情報』って……」

「俺ら~!」


 カチャンッと鍵を外すカツジ。自転車での通学は校則違反だ。


「俺とタッキーはよくワンラン(ワンダーランドという名前のゲーセン)に金拳やりに行くからよ。早く行かなきゃなかなか取れなかったりすっからさー」

「マジかよ。それでたまに二人して先帰ってたのか」

「そんな事より早く乗れよ。タケちゃんは俺の後ろな。まっちゃんはこっちのタッキーの愛車使え」

「マジかよ。ヤバくね?」

「ここまで来たら行くっきゃねえ」


 僕は優等生ではないが、問題を起こした事もない。そんな僕にとってこれは激ヤバな校則違反だった。


『だって、あたし達の歌は「僕らのバラード」だもん』


「~~! あ~っ、もう!」


 鍵がもう一つガチャンっといった。











「うお~っ、この時間にチャリなんて、なんかスゲー!」


 数分後、学校からなるべく遠くへ離脱しながら、僕らは謎の高揚感に当てられて自転車を疾走させていた。

 僕がタッキーのチャリで一人。カツジが自分のチャリでタケちゃんとニケツ。


 僕はカツジに叫ぶように聞いた。


「それで、どうするっ?」

「ファラオはゲーセンとかコンビニとか探してるらしいから、俺らはそっちは止めようっ! どっかあいつが行きそうな所見るぞ!」

「それはどこだ?」

「知らん!」


 早くも破綻しかけた僕らの捜索。


「とりあえず桜丘公園行ってみよう! あそこはヤスん家からの通学路だし!」

「おっしゃ!」


 僕らは学校とヤスの家を繋ぐ道に点在する公園や公民館を回る事にした。


 公園には幼稚園くらいの子供を連れた親か、老人くらいしか居らず、僕らは奇異な目を向けられた。


「居ねえ。次だ!」


 そして、公民館も同じく。職員に『あれ? 学校は?』と聞かれたので、「迷子のクラスメイトを探してるとこっす」と、本当の事を言って後にした。


「やっぱ簡単には見つかんねえか」


 漫画やアニメみたいに都合良い展開にはならない。どこも空振りのスカだった。


 そんな闇雲な探索はあっという間に時間を浪費していって、タイムリミットが迫っていた。


「やべー! あと30分くらいじゃね?!」


 これまた校則違反の携帯電話を開けてタケちゃんが叫ぶ。もう11時半くらいになってる。


「やべーな。ここからだと30分くらいかかる。俺らも欠席になるぜ」

「どうする?」


 もう戻るか?そういう言葉が声にならずとも出かけていた。


 このままじゃ僕らも歌えなくなる。あんなにだらけていたのに、いざそうなると思うと、途端に嫌な感じがした。


「もしかしたらファラオが見つけて戻ってるかも」


 タケちゃんがそう言い、僕もカツジも頷いた。


「戻るか」


 そんな風に僕らは気の抜けた風船みたいにしょぼくれて帰る事にした。



「ヤス……」


 あいつはあいつで苦労してたんだ。でも、僕らはそんな事を分かってやろうともしなかった。


 その結果が今のこの状況を招いたのかもしれない。僕らの思い出は、僕ら自身によって歪んだんだ。


 山川に何て言おう。



「……」


『ここ、好きでさ。家から逃げ出す時はいつもここに来る』


「あっ……」

「ん? どったまっちゃん」

「ヤス居たか?」

「いや。二人とも、あそこ行こう。どんぐり富士」

「「どんぐり富士?」」


 声を揃える二人。


「まあ、近いけどよ。あんなとこにヤス居るのか?」

「もしかしたら、だけど」


 僕がそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った。


「ここはまっちゃんの最後の希望に賭けるか!」

「ちょうどホールの方向だ。行こうぜ!」


 僕らの意見は一致して、元気を取り戻したようにどんぐり富士に行く事になった。どんぐり富士とは、学校の近くにあるちょっとした山で、どんぐりがめちゃくちゃ採れる場所。子供の頃はみんなあそこで一回は遊ぶ。



 すでに僕らの足はかなり疲れていた。けど、不思議な冒険心のような何かに押されてスピードは落ちなかった。


 どんぐり富士に着いた時には12時近かった。多分、僕らの出番まであと15分くらいしかないだろう。


 公園入り口にチャリを投げ倒すように置き、僕らは急いで中へと走り込んだ。


「はあ、はあ、はあっ」


 どんぐり富士は、途中途中にアスレチックがあり、階段を登って山頂に行くような形の公園だ。


 僕らはとにかく山道を駆け登った。


「あした筋肉痛だぜ!」


 カツジが叫ぶ。


「ヤスの野郎、明日から俺らの事チャリで送迎して貰わなくちゃな!」

「急げ!」

「まっちゃん、本当にここにヤスが居んのか?!」

「ここに居なかったらもう無理だ!」


 他に思い浮かぶ場所もない。そして、時間も無い。


 ここに居なかったら、もう諦めるしかない。



 汗だくになり、腕に学ランの裏地がベットリとくっついて気持ち悪い。肺も痛くなってきた。

 どこからか香ってきた金木犀の香りが、無性に鼻についた。


「!!」


 どんぐり富士、山頂。


 ブナやコナラなどに囲まれたそこは、見晴らしが良いとも言えず、鬱蒼とした森の中でしかない。


 そこには小さなベンチがあるだけだ。

 それは忘れ去られたかのようにボロボロのベンチで、そこまでわざわざ来る者も少ない。孤独なベンチ。


 だが、今はそこに一人の人間が腰をかけていた。


 その背中は僕らと同じ学ランで、その後ろ姿はなんとなく見覚えがあるような。そんな背中。

 そいつは、ベンチからは唯一楽しめる町の見晴らしを黙って見ていた。


「……」

「ま、マジで居た?!」


 驚きの声を上げるカツジとタケちゃん。そのまま近寄る。


 僕らが近づいても、ヤスは気づいてないのかいるのか、無反応だった。


「……」


 僕は、その無言の背中になぜだか急に腹が立ってしまった。こっちは校則違反までして必死こいて捜しに来たのに、本人はカッコつけて町の景色を眺めているのだから。


 僕は足元に小さくて黒っぽいどんぐりが落ちているのを拾い、それを背中に投げつけた。


「いてっ?!」


 ビクっと驚いてこちらを向くヤスに、僕は自然と浮かんだ言葉を投げかけた。


「おい、何サボってんだよ」

「松田? それに、小島に竹田?」


 腰を浮かせて困惑の目をキョロキョロと左右にさせるヤス。


「な、何でお前らが……」

「バーカ。迷子を探しに来てやったんだろ」


 カツジが怒ったように言う。


「さっさと行くぞ」

「行くって……」

「ライブ会場だよ」


 まだ戸惑うようなヤスの両肩を、僕とタケちゃんで有無を言わせずに引っ張った。


「さっさとしろよ、逃亡者」

「事情は署で聞いてやるよ」

「え、ちょ、待てよっ……」


 うだうだとうるさいヤスには意見を言う暇も与えずに、僕らは山道を駆け降りた。


 公園の入り口に着いた時には時計も12時を回っていた。


「おしっ、飛ばすぞ! ヤスっ、まっちゃんの後ろな!」

「え、え?」

「さっさとしろよ!」


 僕が叱咤するように言うと、ヤスもパッと乗った。


「ちゃんと掴まれよ。お前に腕とか怪我されたら意味ねえからさ」

「……」


 二人乗りになった途端、ペダルが別レベルで重くなり、思わずコケそうになる。


「急げ! 今なら間に合うぞ!」


 カツジ達が先行し、僕もその後ろに食らいつくように力の限り漕いだ。


 駅から国道まで続く大通り。この道沿いを真っ直ぐに進めば、ホールに着く。


「ちっくしょ! やっべ!」


 そんな時。途端にカツジ達が失速した。


「どうした?!」

「パンクだ!」

「こ、こんな時に!?」


 最悪のタイミングでのアクシデント。しかし、さっきから全力で飛ばしていたからか、僕らにはアドレナリンが出ていたようで、判断も動きも早かった。カツジとタケちゃんは飛び降りるように自転車から下りた。


「先行け!」

「始まりそうだったら時間稼ぎたのま!」


 自転車を押しながら走り出すカツジとタケちゃん。二人に僕は「ああ!!」とだけ言って、スピードを緩めなかった。


 自転車レーンの設けられた歩道を、爺さんや婆さんを避けながら爆走していく。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ!」

「だ、大丈夫か?」

「余裕だこんなもん!」


 気遣わしげなヤスに怒鳴り返すように答える。


「お前、なんで今日バックレようとしたんだよっ」

「……別に」


 ヤスは理由を言いたがらなかった。弟のアキ君が言ってた通りなんだろう。

 僕もそれ以上は聞かなかった。


「それより、お前らこそ何で探しに来たんだよ」


 逆にヤスがそう尋ねてきた。


「別に、他にも指揮できる奴居るだろ」

「まあなっ、やろうと思えば出来る奴も居るっ、実際、山川がスタンバってるっ」

「……」

「けどなっ、みんなで歌いたいって奴もいるんだよっ……」


 ほんの少し傾いていた上り坂をしのぎきると、最後の緩やかな下り坂が現れた。漕がなくても自重で勝手に加速していく。やっと僕は太もも乳酸地獄から解放された。


 ペダルに力を入れなくても、チャリは自然に僕らを運んだ。


「はぁ、はぁ、ふぅ~……みんなで歌いたいって佐山とか……山川とか言ってたんだよ。僕らのバラードなんだから、って」

「……」

「第一、山川なんて急遽お前の代理やらされそうになってんだからな。そら困るだろ。お前が居ないと」

「そうか……」


 ヤスはポツリと言った。


「よく俺の場所が分かったな」

「家出した時にあそこ行っただろ? 何回か」

「……」


 その沈黙が、やっぱり気まずかった。


「……まあ、あれだ。良いんじゃないか?」


 僕は選ぶべき言葉も分からずに、自分でもよく分かんない事を口走った。


「最後なんだ。何も考えずにパーッと歌おうぜ。これが良い思い出になるのかもしんねえし」

「……」

「…………すぅ……歌おうよ~、一緒に~、大きな声出して~!」

「??? 松田?」

「お前も歌え」


 何故か今ならとっても気持ちよく歌える。そんな気がした。


「俺らは最後の確認する暇が無かったんだ。少しでも練習して優勝目指すぞ」

「いや、そんな事しても……」

「僕らは~、例え歳をとっても~、きっと今のままの友達で~っ、うたうだろう~、あの日の歌を~……」

「……音程がずれてる」

「文句あるなら歌ってお手本見せてみろ」

「…………きっと今のままの友達で~~、歌うだろう~~、あの日の歌をー……」


 それは伸びやかで、上手い歌だった。

 けど、ヤスは声変わりが上手くいってないのかガサガサとした声なので、僕は思わず笑った。


「お前も下手じゃねえか!」

「うるせえ! 声が枯れてるだけだ!」


 ヤスはまた短気に怒った。そういうのは、昔から変わらない。


「お前って怒りっぽいのは相変わらずだよなあ。カルシウム足りてるか?」

「別に怒ってなんかねえよ」

「そうかあ? お前、昔はゲームしてた時すーぐキレてたじゃねえか」

「お前とか小島とかがコントローラーのコード抜いたりするからだろ」


 対戦ゲームで負けそうになった時にカツジがよく使っていた必殺技だ。


「何だか懐かしいな。昔はよく遊んだもんだ」

「まあな……」

「……そういやさ、また新しいスマブロ出たんだぜ? 新キャラ10体以上追加されたんだ。グッパーとか、ミャウツーとかさ」

「マジ? 強い?」

「ああ、つええぞ。でも、やっぱガロンボルフかな。あれも強いぞ」


 中学生になって、僕らは大人になったと思っていた。

 小学生は子供で、中学生になって三年生になったら、もう大人の仲間入りだと思ってた。


 でも、あんまり変わってないのかもしれない。

 たった三年でそこまで変わるなんてないのかもしれない。

 今だって、僕とヤスは昔一緒にやったゲームに興味があって、本当はそういう話ばかりしたいのかもしれない。


「……ゲームか。最近はやってないな」

「スマブロも良いが、最近はやっぱワイルドハンターだな。お前も狩り行こうぜ。カツジ達と行ってるけど、マジでクソ楽しいぞ」

「買ってもらえねえよ」

「なら俺の貸してやるよ。タケちゃんも呼んで三人で通信プレイだ」

「……お前らはまだ仲良いんだな」

「まあ。腐れ縁だしな」


 僕とヤスの間にあったその縁はどこでほつれたのだろう。途端に切れた訳でもないだろうに。何故か自然に僕らは離れていた。


 きっと人なんてそんなものなんだろう。友達なんて、そうやっていつの間にか他人になっていく。



 だけど……。



「なあ、ヤス」

「ん?」

「今度またウチ来いよ。みんなでまたスマブロでもやろうぜ」

「……そうだな」


 ふうーっ。とため息がした。


「久しぶりにやりてえな」

「だろ?」

「でも、あいつら下手くそだしな」

「お前も下手くそだろ」

「そんな事ねえよ。持ってないのにお前とかに勝ってただろ」

「1パーセントくらいはな」

「もっと勝ってただろ!」

「そんな事ねえって、お前はアイテムでセコく勝ってただけだ!」

「そういうゲームだろうが!」


 その時。僕らはなんだか、ちょっとだけ昔に戻ったような気がした。


「なら仕方ねえな。来週か、まあ、もっと先でもいいや。お前にどうしようもない実力の差を教えてやるよ」

「うっせえ。俺がボコしてやる」


 昔、ムキになって遊んでた時。僕らはよくそうやって煽りあっていた。

 そういう仲が、一番楽しかったんだ。


 いつの間にかほつれてしまった縁。

 でも、それはきっとそのままじゃなくてもいい。

 結び直したっていいんだ。



「よっしゃ! 最後の予行演習だ! 歌おうぜ!」

「またかよ」


 頬を切る風が、汗を乾かしていって気持ちいい。心が軽くなっていくような、そんな爽やかな心地になり、自然に歌いたくなる。


「一緒にうたおお~うよ~! 僕らのバラードを~!」

「例え歳をとっても~、僕らはあの日のままで~!」


 僕らは歌った。まるで酔っぱらいのように。


 ヤスも、馬鹿みたいに笑っていた。上手いけど、まるで下手くそみたいに。

 馬鹿みたいに、ただ大声で歌うのが、とっても気持ち良かった。


 僕らは笑った。何故かは分からないけど、二人して笑っていた。


 見えてきたホールの屋根に、間に合いそうだと安心したからだろうか。

 こんな校則違反にワクワクしてるだからだろうか。

 やっぱりヤスの歌も酷いものだからだろうか。


 別に何だっていい。



 今こうやって、すごく気持ちよく友達と歌えてるんだから。










 ────────────────────










 あれからもう十五年くらいか。


 そんな昔の事なのに、あの時の歌の清々しさはまだ覚えている。今思えば、ランナーズハイのような状態だったからなんだとは思うけど。



 ヤスを連れてホールに着いた後。そこからは大変だった。


 僕とヤスが文化館の駐輪場に滑り込むと、何人かのクラスメイトが待っていて、カツジとタケちゃんを迎えに走り出したりと、ドタバタした。

 幸いにも、僕らが全員揃って準備を終えた頃にはまだ二クラス前だったから、少しだけ余裕があった。お陰でクラスの皆に「どうやって見つけたんだ?!」と詰め寄られて、僕らは汚職政治家みたいに質問責めにあう羽目となった。


 担任のファラオは既に戻ってきており『お前ら、合唱コン終わったら覚悟しとけ』と物凄い形相で言われた。

 ヤスはもちろんだが、僕もカツジもタケちゃんもファラオの恐ろしさは知っていたので縮こまるように肩を落とした。

「きっと闇のゲームでマインドクラッシュさせられるぞ」

 カツジが笑えるような、笑えないような冗談を言っていたのを、今でも覚えている。


 奇跡──なんてほど大それたものではないけれど、まるで作り話のような展開に、女子の何人かにいたっては感極まってか泣いてしまう者も現れたりしたけど、何よりも山川の嬉しそうな笑顔が、その時の僕には何よりも嬉しかった。



 けど、何事も全てが上手くいくわけではなく、僕らは優勝出来なかった。

 優勝は、やはりというかユニバースを歌った隣のクラスだった。やる気がそもそも違っていたんだから、仕方ないかもしれない。


 皆は少し落ち込んだけれど、何故か変な空気で盛り上がった。

「俺らみたいなドラマは、他のクラスは体験してないからな」

 というような、変な開き直り。いや、負け惜しみのような事を言う奴も居た。



 コンクールが終わった後。宣告通りファラオからの凄まじい説教があった。ヤスはもちろん、僕ら抜け出し組も相当絞られた。

 けど、その過程でチャリ通学の発覚したタッキーの巻き添えだけは正直言って笑えた。彼はあの事件で直接関わりが無かったが、僕らともどもこってりと怒られた。

「もうお前らには手助けせん」と、恨めしそうに言っていた。



 そんな怪事件のあったコンクールの後。僕らは本格的な受験シーズンを迎えた。


 合唱コンの後。ヤスとは何度か家で遊んだりしたが、だからと言って無二の親友になった訳でもなければ、昔のようにしょっちゅう会うようになった訳でもなかった。しばらくは、ちょくちょく遊んだけど。


 僕らの抜け出し騒動は、クラスだけでなく学年中に武勇伝や英雄譚のように広まって、一ヶ月くらいはよく話を聞かれたりしたけど、それ以降はとんど忘れ去られたかのように話題は無くなった。


 そうして、そんな話も霞んでゆき、高校受験が終わり、卒業式もつつがなく終わり……。


 高校入学。大学への進学か就職か。そこが別れ道の同級生達。

 就活、結婚、そして、父親に……。



 僕のその後の人生は思った通り、いや、思ったような一途を辿った。


 波も無い平凡な人生ルート。その過程で、僕も少なからず変わった。


 特に交遊関係だ。もう、僕はあの合唱コンの時の友達とはほとんど会ってない。

 三年前くらいに飲み会でカツジにちょっと会ったくらいだ。


「ヤスは先生になったらしいぞ」


 そんな話は少し聞いていた。










 そんな昔の事を思い出した、ちょうど一週間後。




「……ここに来るのも久しぶりだな」


 休日。僕はあの文化会館の前に来た。


 あの時、クラスメイトにワイワイ野次を入れられながら潜った入り口を通り、第一ホールに向かった。


 受付で軽い手続きをして、ホールへと入る。一般見学者用の観客席に着いた。


 薄暗いホール。正面の舞台には即席の雛壇が設けられている。


『続きまして──』


 アナウンスが司会を進行していく。近所の学校の名前が次々に上がり、その度に歌が響いた。


 そして、司会者のアナウンスが次の曲を告げた。


『次は、○○中学校代表。『僕らのバラード』です』


 僕の母校の番になった。

 中学生達がゾロゾロと壇上へと上がった。

 いつかの、僕のような、そんな学生達が静かに並ぶ。



 これは市で開催される交流合唱コンクールだ。各校から有志を募って、歌を歌う。


 この間、ふと合唱コンの事を思い出した時に、せっかくだから自分の学校の歌をOBとして鑑賞しに行こうとしたのだ。

 しかし、ネットで調べたら僕の母校の合唱コンは終わっていた。


 代わりに。この交流コンクールのページを発見したのだ。市内の各校から選ばれた代表者達が歌う会だ。僕の母校も出場していた。


 そして、僕はそのページの伴奏、指揮の人間の名前が書かれた中に──


『伴奏、三年A組、愛原ミキさん。指揮、沖野ヤスヒロ先生──』



『うたおお~うよ~、一緒に~、大きな声出して~』


 上手かった。学校を代表しているだけあって、志望者達の集まりだけあって。

 中学生なのにこんなに上手いのかと驚くくらい、上手かった。僕らが歌ったものとは同じ歌だと思えないくらいに。


「……例え歳をとっても、僕らは……」


『あの日のままで~……』




 コンクールが終わり、僕は会場から出ていく学生達を見送っていった。


 そして、母校の若き後輩達が出てくるのを見たけど、肝心のアイツの姿が見えなかった。


 少し探しに行くと、ホール前の場所で、ベンチに座って休んでるその背中を見つけた。


「おい。何サボってんだよ」


 びっくりしたような、そんな顔がこっちを向いた。


 あの日の、その時の表情そのままに。



『例え歳をとっても、僕らはあの日のままで』






 ─────おしまい────










お疲れ様でした。

企画作品としては少し長めになってしまいましたが、いかがだったでしょうか?


秋、友情とくれば体育祭なども良いかと思ったのですが、あえて合唱コンにしました。

楽しんで頂けたら幸いです。


実は、この物語は私が中学時代に見聞きした実話を元にして作成したものです。面白い事に、書いてる内に『これ、実話の方が面白いな』と思い、事実は小説より奇なりという言葉をそっくり思い知らされた気分になりました。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。またどこかでお会い出来れば幸いです。


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