彼は暗躍する (遊撃隊結成七年目)
ティカは! なにも! 知りません!!(でも存在がちょうどいいので隠れ蓑にされる)
証拠を集めて、協力者を得て、一網打尽にするためにコツコツと動く。
「というわけで、協力をさせてほしい」
一度繋がった縁。無理やりにでもたぐり寄せて、ジュルクは赤銅色の髪の執行官を捕まえた。
城下町の酒場は密会をするのにちょうどいい。男女が酒を片手にカウンターで話をしていても、何一つ不自然なところはない。男が笑顔で、女は嫌そうな顔をしていたところで、日常的な風景として溶け込んでいく。
「……執行官に直談判するヤツは初めてだよ。お断り――」
「――遊撃隊に君の部下を一人、入れられる」
大きくわざとらしい溜め息をついて断ろうとした彼女にすかさず代価を伝える。
どの隊でも持て余す曰わく付きの者ばかりを集めた隊。執行官が唯一、内情を知らない部隊でもある。近付こうとすれば第三騎士団の団員から止められ、噂話は悪意に満ちたものか、荒唐無稽なものばかり。入隊希望者は多いが、魔法無しの手合わせでニールとリュートを越えられないと面談すらさせてもらえない。
隊室に入って話を聞くことはできるが、上辺だけの会話だ。しかも短時間で忙しいからと追い出される。
紐付きはもちろん、執行官も簡単には入れてもらえない。メイドですら彼らの話を集めきれないはずだ。なにせ第三騎士団の団長ががっちりと護っている。
だがジュルクなら、団長のストゥーケイにも、隊長のレーヴェにも顔が利いて、信用もある。
執行官は嫌そうに僅かに眉を寄せ、オリーブの瞳でジュルクを睨んでくる。
「……そう簡単に入れられるのか?」
「癒やしの魔本を使える魔本士か、白魔道士ならば受け入れるよう、もう話は通してある」
レーヴェはどうにも前に飛び出す癖がある。あるいは自分がすべての回復を担えばいいとばかりに、オーガストに破壊の魔本を持たせる傾向にある。
その癖が直らないのなら、もう一人癒やし手を入れろとずっと説得をし続けていた。そして、ジュルクの目に叶う人間なら受け入れると頷いたのが先月のこと。
「一度オレと会ってもらう必要はあるが、確実に入れられる」
執行官になる騎士は実力者であることが多い。ジュルクの目にも叶い、レーヴェを納得させられるだけの実力はあるだろう。
彼女はますます嫌そうに顔をしかめ、舌打ちをしてグラスを口元に運ぶ。
「――一匹。私が最も信頼する男をそちらに回す。どちらの本も使える魔本士で、魔本無しでも強い男だ」
小声で素早く告げて酒を飲んだ。
ジュルクはニィッと笑い、折りたたんだ紙を一枚彼女の前に差し出す。
「交渉成立だな。では、オレの掴んでいる情報を渡そう」
「押し付けようの間違いだろう」
全く。と執行官は嘆息を付きながら紙を開いて目を走らせた。徐々にその顔から表情が消えていく。
ただそれをジュルクは酒を飲みながら眺める。内心ではほくそ笑みながら。
もう一度女は上から目を走らせ、額に手を当て息を吐いた。紙を胸ポケットへとしまいながら、八つ当たりだろう、怨嗟に近い黒い感情を乗せた視線をジュルクへと向ける。
「どこでこれを」
「本気を出しただけさ」
ソル・パルスート家は、四区に分かれた王都のすべての区で図書館――貸本屋を営んでいる。水の都ファルガールは水も豊富で、森も豊富。むしろ植物は定期的に手を入れないと育ちすぎて人里を侵蝕してくる。大量の森林資源があるために紙が豊富にあり、それに伴い印刷技術が向上し、本が大量に刷られるようになった。
すべてを置こうとすると場所によっては採算が取れないため、本屋は専門毎に分かれるようになった。それでは知識が偏るとパルスートの一人が私財をなげうって、絵本から専門書まで集めた貸本屋を始めたのが始まりだ。
国も図書館を建てているが中央区に一件だけなので、遠い地区はソル・パルスート家の貸本屋を利用していることが多い。何代か前が一定の職に就く者や子育て世代には無償で本を貸し始めたことで、人々には図書館と呼ばれて親しまれるようになった。
売買価格よりも安く借りられ、読み終われば返す。紛失は同本を買って返す必要があるが、汚損については程度によるが借りた際の代金に含まれているので咎められることはない。必要であれば本を買い取れるし、逆に本を売ることも出来る。
特に冒険者の多い南の地区は、冒険で手に入れたり要らなくなった魔本や魔導書の売り買いもしている。
表向きは。
「本は、情報の塊。情報をやりとりするのにうってつけだ」
本を売るついでに情報を売る。あるいは情報を買う。自分の知識を紙に記して売りに来る者もいる。
あるいは抱えた秘密を吐いて金に換える者もいる。その場合は情報の希少性を担保するため相手の記憶から情報を消す処理をしている。記憶を消したくて来る者もいなくもない。
「噂話から貴族の不倫相手、認知していない子供の情報。――執行官の人数と名前すらも。
国家機密だって探ろうと思えば探れるが、流石に反逆罪に問われたくないからな。やっていないだけだ」
ソル・パルスート家は、つまるところ、王都の情報屋なのである。
「『ソル・パルスート』……王家の耳の名は伊達では無いということか」
「まぁ、耳だけでは何も出来ないのが現状だ。『影』の力を借りなければ何一つ出来ない」
畏怖を籠めて呟く彼女に、ジュルクはただ微笑んだ。
気を取り直すように息を吐き、彼女は酒を一気飲みしてグラスをカウンターに置いて立ち上がる。
「いいだろう。今回は貴様の思惑通りに動いてやる」
悔しそうに吐き捨て、赤銅色の髪を揺らしながら執行官は去って行った。
彼女を見送り、ジュルクも酒を飲み干してチップを置いて酒場を後にした。
****
ジュルクが渡した情報は、第二騎士団の副団長から第四位までが予算の一部を横領している証拠だ。確実に捕らえるため時間を掛けるのは分かっていたので焦ることなく、時期を待つ。
その間も魔導部隊の状況が改善するようにと動いていたが、ある日から嫌がらせを辞めたようで随分と改善されていた。
それと同時期、アリスの様子がおかしくなった。ジュルクの姿を見ると会釈ぐらいはしていた彼女が、こちらを見るとただでさえフードで見えにくい顔をさらに隠すように俯いて、逃げるように去るのだ。
「……なんすかあれ」
「今まで、会釈はしてましたよね……?」
まるでいかにも疚しいことがありますと言わんばかりの態度に、部下も不審そうに見ている。
「……今、髪の色を確認できたか?」
「いえ、自分は見てません」
「緑っぽかった気がしますが、はっきりとは見えていません」
彼女が去った方を見ながら部下へと気になった点を質問する。突然の問いでも彼らは端的に答えた。
ジュルクも彼女の髪を確認することが出来なかった。今までフードから少しは見えていたはずの髪すら確認できないのは少々おかしい。
「……お前たちが、アリスを認識している要素は何だ?」
「それは、身長、体格とあの目深に被ったフードですね」
「私も同じく。決して顔を見せようとしませんよね」
「そうだな。オレ以外の前では彼女はフードを取らない。食堂でも寮でもあの姿とは聞いている。
もしもの話。アレが別人だとしたら、お前たちは偽物だと分かるか?」
部下たちはヒュッと息を飲んだあと、それぞれ「いいえ」と答えた。
「私たちは隊長から髪の色と瞳の色を聞いておりますが、実物は見たことがないので、それっぽい色に染めていたら分かりません」
「同じく。顔も声も知りません」
三年、もう四年か。それほど前の大海蛇戦で一緒になった第三騎士団の団員でも、彼女の髪の色は覚えていても、顔や声は忘れている可能性がある。
そしてアリスは毎年式典には警備として参加している。警備ならフードや兜で顔を隠していても許されるからだ。鉄壁のフードのおかげで口元しか確認できない。
つまり、現状、騎士団の団員で確実に彼女がアリスかどうかを判断できるのは、第二騎士団を除くとジュルクだけということだ。
「隊長。動くならいつでも」
「全員、準備は整っています」
表向きは支援部隊として作り上げた部隊だが、その実は執行機関に劣らない諜報部隊だ。その情報はジュルクを通してすべて総長に繋がる。
頼りになる部下たちの言葉にジュルクは一度目を閉じて息を吸い、吐いて、目を開く。銀の瞳は冷たく冴え渡っていたが、見る者はいない。
「魔導部隊を調べろ」
「「御意」」
今まで、アリスがいるために触らないようにしていた。隊長である彼女は真っ先に調べ上げられる。他人に彼女のことを知られることが非常に嫌だった。
だが、そのせいで異変に気付けなかったとしたら、ジュルクの失態だ。
ジュルクの命を受けて部下が姿を消す。何事もなかったかのように彼は歩き出した。
****
王城図書館の一角。部下からの報告書に目を通していたジュルクは、人が近付いてくる気配に顔を上げさり気なく紙を伏せた。
見上げれば赤い髪が目に入る。ジュルクの部下ではないが、何かと情報を持ってくる後輩だった。
彼女はにこりと微笑むとジュルクが伏せた紙の上にあるものを置いた。
「パルスート先輩。これあげる」
「……階級章?」
「そ。元第二の友達が持ってた」
ジュルクやニールの首元に輝く長方形のバッジ。斜めの三本線は一等騎士のもので、下級騎士の中では最上位に当たる。
つまみ上げてこれがどうした? と視線で問えば、彼女は悪戯っぽくにっこりと微笑んだ。
「それ、呪われてる♡」
「…………。」
思わず取り落としかけたがそっと机に戻すことに成功した。手を離してニールを睨み上げる。彼女は意に介さずに楽しそうに笑ったまま指差した。
「第二から第三に来た奴らは全員、これが付いてる。手遅れが十人。近いうちにアンデッド化する。
そうなる前に、何か理由つけて討伐隊組ませて。外で昇華させたい。
てことで情報操作と団長への要望よろしく~」
最高位神官と神聖力が高い王族の間に生まれた娘は、見ただけで呪いとその侵食率を把握できる。この能力を知るのは、両親とジュルクだけだ。ジュルクは偶然ニールが目を見張った瞬間を見て、あの人がどうしたと問いかけたことで教えられた。以降、彼女にこっそりと解呪や浄化を依頼されている。
彼女が手遅れというのなら、もう本当にダメなのだろう。アンデッド化するとなると生命力を奪って永遠に稼働し続ける呪いだ。本人は判断力や理性がゆるゆると奪われて、自身が狂っていることにすら気付かない悪質な物。生命力が途切れたら三日後には呪い自身が消える。
十人分の情報操作となるとなかなかに面倒臭いが、相手が狂っているのならどうにでもなるかと了承する。
「あともう一つ」
これで終わりかと思いきや、ニールは笑顔のまま続ける。顔こそ笑顔のままでも、声は冷たく怒りに満ちていた。
「先輩の姫君、第二の仮眠室でずっと寝かされてる。退勤時間になると起きて自分の足で寮に戻ってご飯とお風呂やってるけど、日中はどうやらずっとそこにいて、マリオネットに意識を移されて、働かされてる。
本体、呪いの塊だったよ」
呼吸も、鼓動も、思考も。すべてが一瞬止まった。
衝動的に動きそうになった体を意思の力でねじ伏せ、細く息を吸って吐き、自身を落ち着かせる。ここで動いては犯人に逃げられる。確実に捕らえるためには、辛抱も必要だ。
「……道理で」
階級章を退け、伏せた紙を表にしてニールにも読ませる。そこにはアリスの足音が軽すぎると耳の良い団員からの報告が書かれていた。他にも、この半年まともにアリスの顔を見た団員は第二騎士団にもいないこと、副隊長から隊長の命が伝えられるようになったこと、書類の不備や提出日切れがなくなったこと。若くアリスを支持していた隊員たちばかりが現場に出されていることなど、不自然な点が挙げられている。
特に後半。
『第二騎士団の団員が何名か行方が分からない』
『東の拘置所に入れられていた軽犯罪者たちが出所記録はあるが、何名か行方不明になっている』
『西の街道でアンデッドが発見された。冒険者への事前調査の依頼は第三の団員が行く予定だったが、魔導部隊の隊員と交代している』
『事前調査の依頼に騎士団の服を着たマリオネットが来た。受付嬢は人間に見えているようだったので、認識阻害の魔法が掛かっていたものと思われる。
高位の貴族がよくやることなので冒険者で違和感を感じた者はいなかった』
西の街道に現われた不自然なアンデッド。近くに村があるなら、火葬する手間を渋って森にそのまま埋め、アンデッドが生まれる可能性はある。だが、近場にない場合は、野盗が死体を捨てたぐらいしか発生する理由が分からない。騎士団内ではどこかの野盗が奴隷として連れてきた者か、仲間割れをした者を捨てていったのだろうと判断されている。
ここに部下たちが集めた情報を繋げば、一つの可能性が浮かぶ。
おそらく、呪いの人体実験をしたのだ。そしてその死体を西の森の中に捨てた。結果、突如として街道にアンデッドが現われることになった。
マリオネットを使っての依頼は顔を見せないためと思っていたが、悪事がバレた際、アリスが日常的にマリオネットを使っていると示し、彼女に罪を被せようとしているのだろう。おそらく他にもマリオネットを使って色々とやっているはずだ。
「……先輩の部下、何者?」
「後半のそれは『友人』だ」
「……答える気はないのね。わかった」
すべてに目を通したニールが、やや呆れと畏怖を籠めてジュルクを見下ろしてくる。笑みを貼り付け直した彼は正直に答えた。友人は友人だ。そう形容するしかない。
息を吐いた彼女は紙を返して、もう一度情報操作だけを頼んで去って行った。
(さて……)
様々な情報を集めたジュルクはどこまで執行官に渡すかを考え。
(先にストゥーケイ団長に十人のことを話しておくか)
まだ何も伝えないことにした。