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遊撃隊『牙』小話集  作者: 姫崎ととら
王家の耳と呪われた聖女~王家の耳視点~ (遊撃隊結成二年目~七年目)
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彼は決意する (遊撃隊結成四年目~六年目)

 同じ騎士団、同じ城内と言っても、所属が違えば意識しなければすれ違うことも出来ない。

 一年経ったところでそろそろ執行官から密偵を引き上げるようにと忠告された。いつまでも一人の女性に執着するのは、お前自身の精神にも良くないと。

 彼女の忠告はもっともだが、アリス以上に一緒に熱中してくれる女性などいない。

 試しに何度か見合いをし、研究職だという女性とも見合いをしてみたが、研究者としては良き理解者になれるが夫婦関係は不可能だと互いに結論づけた。友人として交流は続けている。

 もういっそ末弟に当主を譲り、なりふり構わずアリスを口説きに行くべきではなどと考えたが、末弟のエルク本人と次男のアルクの妻、シリカに止められた。


「弟の僕らは好きにしていいと言ったのは兄様でしょう。薬師をやめろと?」

「お義兄様。相手に言われてもいないのに、何もかもを捨てて求婚ってのは自己満足ですよ。全部を背負った上で、それでも君が欲しいと手を伸ばしたほうがよっぽど好感を持てます」


 末弟に睨まれ、シリカの言葉が胸に刺さった。自己満足。そうか。

 彼女自身も好きな人がいるようだし、諦めるかと未練がましく持っていたリボンを捨てた。髪も切ろうとしたが、当主らしさが出るのでそのままにと執事に言われたので長いままにした。


****


 それから季節は二巡した。

 一年に一度。水の都は厄災が襲撃をした日に慰霊祭を開く。

 慰霊碑の前で聖歌隊が鎮魂の歌を捧げ、戦死した魂の安寧を皆で祈る。慰霊碑公園に入れる人間は限られているが、祈りの時間になると鐘を鳴らし、王都中の人々が一度手を止めて祈りを捧げることになっている。


 その後、騎士団は王と共に王城に帰り、これからも王都を護る誓いを立て、慰労パーティーとなる。無礼講とは言われているが、それぞれ自分の所属する団で固まるのが通例だ。

 各々が団のテーブルに集う中、大きな窓の近くのテーブル付近だけ不自然に人が少なかった。

 見れば人垣の向こうに紺と赤の髪が見える。毎年このパーティーを警備に当たることで回避していた遊撃隊だったが、流石に今年は参加させられたらしい。

 話しに行くのかと牽制し合っている人の壁に苦笑をしながら、ジュルクは身内特権として話しかけに行った。


「アルク、レーヴェ」

「兄上」

「ジュルク様」


 アルクは弟だし、レーヴェは幼馴染み。ニールとリュートは彼らが第一騎士団にいた頃、面倒を見ていた先輩後輩の間柄。しかも彼らが遊撃隊に異動できるように手伝った。一番遊撃隊と深い縁を結んでいる人間だ。

 話しかける度にレーヴェから気遣うような視線を貰うが、笑顔で大丈夫だと示した。功績を挙げ続ける彼らに口利きしてほしいと頼んでくる者が多い。遊撃隊に入れば功績を稼ぎやすいとでも思ったのだろうが、自分で行けとあしらっている。遊撃隊の門はいつでも開かれているので、話しかけたければ話しかけに行けば良い。ジュルクが口利きしたところで、彼らが自分たちに有益では無いと判断したら塩対応するだけだ。


「お前達が隊を持って六年になったか。何か必要な物はあるか?」

「充分戴いておりますから、大丈夫です」

「兄上、施そうとしないでください。まだまだ未熟者ですが、自分に必要な物は自分で揃えられるようにはなりました」

「む……そうか」


 この二人はどうにも遠慮しがちだが、隊を持ってからは特に、差し入れの菓子ですら受け取らなくなった。何かしてやりたい兄心は常に寂しいと言っているが、二人の成長でもあるので、何かあればいつでも頼れと言うに留める。

 他の団員にも挨拶をと後ろに顔を向けて、珍しい人物にジュルクは目を丸くした。


「あの団員は? 新しい団員か?」


 オーガストとニールに護られるように、子供かと思わせる小さな身長の人物が立っていた。一見黒に見えるが、光の加減で緑だと分かる髪は襟足の長いウルフカット。少女とも少年とも見える後ろ姿だ。

 不思議に思い二人に問えば、ぶふっとレーヴェが噴いた。アルクは困ったように眉を下げてどう説明しようか迷っている様子だ。

 その人物がふとこちらを向いた。センター分けされた前髪の下。銀の瞳にジュルクは息を飲んだ。切れ長の瞳に赤みの強いブラウンのアイシャドウが僅かに入っている。どことなく幼い頃のアルクを思い起こさせる顔立ちが少し驚いたようにジュルクを見上げ、微笑を浮かべて歩み寄ってくる。

 第三騎士団の黄色のタイに、遊撃隊所属を示す紫の石がはまった銀のブローチが陽光をキラリと反射した。


「お久しぶりです。ソル・パルスート様。恐れ多くも王妃様より騎士服を賜り、外部協力者ではありますが遊撃隊の一員として参加させて戴けることになりました」


 久しぶりと言われても顔にも声にも覚えは無いが、外部協力者という言葉で答えに至る。驚愕に変わりそうな顔を親しげな笑みに切り替えた。


「これは驚いた。外見は何かの魔法だろうか? 外部協力者と言ってもらわなければ、オレも気付けなかった。

 深き夜の月光の如き美しさだな、エボルタ嬢」

「ありがとうございます。瞳はこちらが本来の色です。顔はアルク副隊長に似るように化粧を施しました」

「そうか。確かに幼少期のアルクを思わせる顔立ちだ」


 ティカだった。目元はもう少したれ目気味だったと思うが、これが魔法ではなく化粧というのなら、化粧の力は素晴らしい。ソル・パルスート家の末の妹と言っても通じそうだ。

 誰が施したのかと聞けばシリカで、彼女ならばアルクに似せることは簡単だろうと納得する。その顔立ちを嫌い、隠していたアルクに自信を持たせ、今の美丈夫に育て上げた女性だ。今日の遊撃隊全員のヘアセットとメイクを担当したらしい。

 アルクもセンターで前髪を分け、ティカと似た色味のアイシャドウが控えめに入れられている。これもあって二人が兄妹のように見える。ジュルクも使用人に珍しくセンター分けされ、少し落ち着いたブラウンのアイシャドウを控えめに目尻に入れられた理由が分かった。

 レーヴェは右側の髪を耳にかけ、左側だけ前髪を下ろしていた。化粧はしていない。オーガストも同じ髪型で、彼女は目尻にオレンジのアイシャドウが入っている。彼女の肌色を思うと違う色が良さそうだが、レーヴェとオーガストの右耳に掛かった同じデザインの耳飾りにふっと微笑んだ。六枚の花弁の青い花のピアスと、オレンジの花のイヤリングだ。

 ニールとリュートは左側の髪を耳にかけて、右側だけ前髪を下ろしている。二人とも控えめに紫のアイシャドウが入っていた。一見すると派手で目立っているが、この二人は髪の色の時点で誰にも咎められることはない。純粋な赤は王族の証。現国王の妹君が二人の母君だ。高位神官と大恋愛の末に結婚したのは親世代では有名な話だったりする。

 ヴァスクはセンターで前髪を分け、漆黒の髪を纏めている。こちらも目尻には紫を差してある。両耳に付けた銀のイヤリングの先、チェーンで繋がれた赤い宝石が揺れていた。

 女性だけ、男性だけが固まっていても、男女混合でも統一感がある。良いバランスだ。


「一つの部隊として一体感を感じていいな。シリカは良い腕だ」

「帰ったら本人に伝えておきます」


 一体感を出すことで、話しかけづらい空気を作っているのもポイントが高い。すり寄る人間は少ない方がいい。


「そうだ。エボルタ嬢がここにいるのなら、少し良いだろうか?」

「はい?」

「君の魔法について話が聞きたいんだ」


 アルクを通して話が出来たらと思っていたが、ちょうど会えたのならこの場を借りて彼女へと直談判をする。

 微笑を浮かべていたティカは口元は笑みのまま、目を少し細めて探るようにこちらを見上げた。手に持った細いシャンパングラスをゆるく回し、一周したところで小さく首を振る。


「アルク副隊長の威光を借り、彼の妹として保護されている身でありますので、アルク副隊長の兄であるソル・パルスート様のお願いは聞くべきなのですが、申し訳ありません。私の魔法はあまりにも危険すぎるため、お話しできません」

「……記録はせず、オレが研究中の魔法の参考として聞きたい、と言ってもか」


 きぱりと断られても諦められるはずもない。どうにか話せないかと食い下がれば、困り顔のティカを庇うようにレーヴェとアルクが前に出た。さらに後方、リュートとニールも笑顔のままこちらを窺っている。

 表面上は穏やかな笑顔だが、どことなくひりついた空気を纏わせる四人にジュルクは地雷を踏んだのだと理解した。


「兄上。申し訳ありませんが、彼女の魔法の理論は国家機密になっています」

「それほどまで危険なのか?」

「はい」


 厳しい顔をする弟にジュルクは本当のことだと理解した。そもそもレーヴェと違ってアルクは嘘をつかない。

 【創造詩】は確かに強力な魔法だが理論を伝えられないとなるとまるで禁術扱い。そう考えてジュルクは一つの可能性を思いつく。考えごとをしているように口元に手を当てて隠した。


「もしや、【創造詩】で「死ね」と言えば、言われた相手は絶命するのか?」


 【創造詩】は端的な言葉で現象を起こす。言葉によっては相手の行動や認識を一瞬阻害することも可能だと聞いている。「動くな」と言われれば十秒ほど動けなくなり、「私の姿は見えない」と言えばやはり十秒ほど認識しなくなる。しかし、その十秒ほどという制限もなく、自由に、彼女の考える時間だけ行動や認識を阻害できるのなら。

 その言葉は人を殺せるのでは無いか。

 周りに聞かれたり、読心術で読まれるわけにもいかないので口元を隠し、小声で問えば、ティカは露骨に嫌そうな顔をした。一瞬だけ見せたそれが答えだ。


「……すまない。無理を言ったな」

「いーえ」


 口元から手を離して笑顔を貼り付け、ティカへと謝罪する。ティカも貼り付けた笑顔で応えたことで、左右の二人と後方の二人が警戒を解いた。

 たとえ国を跨いだとしても、通信機で【最初の定義】の一文でも届ければ殺せる魔法など、恐ろしくて仕方がない。禁術扱いになって当然だった。とんでもない物に手を出そうとしていたと今さらながら背中に冷や汗が出た。


「ですが……そうですね。ソル・パルスート様がどれかの騎士団長になれたら、魔法理論を話しても良いですよ」

「それは、王の許可が下りているのか?」


 にこりと微笑みで続けられた言葉に、さらに冷や汗が出る。国家機密をティカの一存で話しても良いのかと確認を取れば、彼女は頷いた。


「騎士団総長・団長は知らなければならない話のついでです。ソル・パルスート様は魔法が大好きと聞いてますので、悪用もしないでしょう」


 団長クラスが知らなければならない、彼女が話す話。水の都を救った英雄が話す話とは厄災関連だろうと見当を付ける。厄災の詳細についても国家機密となっている。

 無理難題を言って諦めさせようという魂胆かと苦笑した。


「――あんたは必ず団長になる」


 しかし、ティカは笑みを消して真剣な表情で見上げてくる。

 逆光の中でも輝く純粋な銀色の瞳は神秘的で、力強い言葉は予言めいていた。

 息を飲んだジュルクは何とか笑顔を維持した。年齢的にも、功績的にも、あと十年はジュルクに団長職の話は来ない。だというのに、彼女は微笑む。


「あとはあんたのやる気次第だ」


 今度こそ笑顔が消えた。

 ここ数年、第二騎士団の動きが怪しいことは掴んでいる。アリスのことは諦めたが、それはともかくとして置かれた環境が悪いことは心配だ。少しでも良くしたくて、第二に友人のいる部下を通じて探り、文官に直接事情を話したりもして改善に手を貸していた。

 そこで掴んだ情報を辿れば、明らかに個人の手には余る物が出てくるだろう。団を崩壊させたいわけでは無いし、団長の座を狙う理由もない。


 なかった。今までは。


「……そうか。オレのやる気次第か」


 動くのに充分な理由を貰った。

 団長まで引きずり落とせるかは分からないが、副団長は確実に引きずり下ろしてみせる。そうすれば団長も責任を取って辞任。団は崩壊だ。ついでにアリスも救えてしまう。

 功績を考えればジュルクが団長の座に座れる可能性は高く、悪くはない。時間と労力は掛かるが、一年以内には第二騎士団は一度解体だ。


「やってみよう」


 にっこりと微笑んでみせるジュルクに、ティカも微笑みを返す。弟と幼馴染みが僅かに引きつった笑みを浮かべていたが無視をした。


 話は特にしていないが、皆息災でなと別れを告げ、ジュルクはその場を離れる。

 やることは山積みだ。



「ティカ。お前な」

「はっ。敬語なしは不敬だった!?」

「いや、兄上は気にしないし、俺の妹だからあの程度は周りも目こぼしするだろう。

 そっちじゃなくて、兄上に火を点けたことを咎めている」

「ん? 何か悪いこと? あの人ならあと五年以内には団長になれるでしょ。唯一の蘇生魔法の使い手だし」

「そうだが。そうじゃない」

「あの人もソル・パルスートだぞ。火が点くまで時間が掛かるが、一度点けば諦めずに進む男だ。

 五年と言わずに一年以内に座る気じゃねぇか、アレ」

「兄上があんな笑顔の時は、そうだな」

「決意に満ちた清々しい笑顔だったね。時々お兄ちゃんも浮かべて……おーっと」

「自分のやらかしに気付いたか」

「ああなった兄上はもう止まらないぞ。被害に遭うのは第一か、第二か……」

「第二だろうな。あそこにはジュルク様の姫君もいるし」

「そうだな」

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