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遊撃隊『牙』小話集  作者: 姫崎ととら
王家の耳と呪われた聖女~聖女視点~ (遊撃隊結成七年目)
2/17

彼女は迎えの馬車に乗る

 あっという間に話は纏まり、二日後に迎えが来ることになった。着替えは向こうが用意するとのことで、わざわざメイドが来てサイズを測っていった。

 そこまでしなくてもと苦笑したが、騎士団の寮にあった私物はすべて押収された後、実家へと返され、両親が処分してしまったらしいので仕方がない。大きめのTシャツにジーンズは、無闇に声を掛けられないし、痴漢被害にも遭わない良い組み合わせだと思うのだが、いつまで経っても理解されない。

 用意された服装は、七分丈の藍色のワンピースに黒のタイツ、踵の低い白いブーツだった。全くもって貴族らしくない服装に目を丸くする。


「奥様は装飾が少ない服装がお好みだとお伺いしましたので」

「ありがとうございます。ドレスが来ると思っていたので気が楽になりました」


 恐縮そうに頭を下げるメイドにむしろ安堵したと微笑みを返した。好みについては兄から聞いたのだろう。

 メイドの手を借りてワンピースに袖を通してから気付いた。このワンピースの裾は同じ色の光沢のある糸で刺繍が施されており、動くと光を反射して蔦の模様を映し出している。下手な装飾よりも手間がかかっている一品だ。刺繍によって重くなっているために裾が見た目以上に広がらないようになっているのが見事だ。

 ブーツも見た目に反して軽く、軽量化の魔法が掛けられているのがわかる。それでいてつま先で軽く床を叩いてみたら硬質な感触もしたので、硬質化の魔法も掛かっている。これで人体を蹴ったら骨を折りそうだ。

 さすが伯爵以上の家だ。嫁にかける金は惜しまないということらしい。


「奥様の髪は本当に美しいですね。旦那様がよく晴れた日の透き通る海のような、透明感のあるターコイズグリーンだと仰っていた通りです」

「……ありがとうございます」


 相手はアリスのことをよく見ているらしい。青みがかった緑の髪を海のようだと例えられることはよくある。貴族らしい褒め言葉だと受け流した。

 あの方はこの髪と瞳を「ドゥガローヴェが書いた蒼の章のようだな!」と独特の褒め方をしてくれた。ターコイズグリーンの表紙に金の箔押しがされたとても美しい装丁の魔導書で、アリスも嬉しくなったものだ。魔法馬鹿なので、ありきたりな褒め言葉よりも、魔法に関連した物で褒められるほうがよっぽど嬉しい。

 切りに行くこともなかったのですっかりと長くなった髪をメイドは丁寧に梳き、サイドだけ編み込んで後ろで一つに纏めた。リボンは銀だ。長くなると自然とウェーブが掛かるくせ毛を活かした髪型に、自分では絶対に出来ないなと鏡を見ながら思った。

 化粧も軽く施され、顔色の良い自分に小さく微笑んだ。母と同い年に見えるメイドは非常に腕が良い。


「奥様の肌の色を存じ上げていなかったので簡易のものですが、近日中に整えさせますので」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 先ほどから礼と定型文しか返していないが、これ以外に言える言葉が本当にない。褒めようにも魔法絡みの褒め言葉しか出てこない残念な頭だ。仕事が始まる前に、話術が上手くなるような参考書を探そうと思った。

 失礼極まりない態度でも、メイドは緊張から来た物だと受け取ったようで、痛ましそうに目を伏せた。


「そんな顔をしないでください」


 彼女の主人は強引な婚姻のことをきちんと伝えてあるのだろう。本当に強引ではあるが、アリスは人が思うほどに悲観的にはなっていなかった。


「これでも子爵家ではありますが貴族の娘です。政略結婚の覚悟はありましたし、無罪だったとはいえ、醜聞を持つ娘を迎え入れてくれた旦那様には感謝をすれど、文句はありません。

 それに、少なくとも、旦那様は私のことを愛していると感じました。こうして服を用意してくれて、迎えの準備のために貴女を派遣してくれた。伯爵家の皆さんに恥ずかしくない格好で家に……帰ることができる」


 行く。と言いかけて、もう籍は入っているので帰る場所だと思い直して言い変える。もうどうあってもアリスの帰る場所はこれから向かう場所なのだ。

 できれば本を置くことを許してもらえるといいなと頭の隅で思いつつ、目を潤ませて見つめるメイドを見上げて微笑んだ。


「だから、どんな方であろうと、私はこの愛に返せるよう努力します」


 見た目が好みでなければ恋愛感情を抱くことは難しいかもしれないが、親愛を抱くことは出来る。実際に、もう既に絆されている自分がいる。

 もしこれが執行官の仕事を知りたいだとか打算的な物だったら、それこそ執行官として捕らえるだけである。騎士は執行官を探ってはいけないし、執行官の仕事を邪魔してはならない。新兵の座学で教えられることだ。


「奥様……っ!」


 感動したようで涙をボロボロ流す彼女へハンカチを差し出そうと探したが、彼女は自分で取り出して目元を押さえ、すぐに泣き止んで顔を上げた。

 謝罪するメイドに首を振り、アリスは立ち上がる。

 記憶にはないが一ヶ月過ごした部屋は何も無い。昨日まで毎日運んでくれた花はもう片付けられている。

 あの花は旦那様が毎日出勤前に城壁の外に行って摘んできて、神殿まで持ってきていたらしい。休日の場合は見舞いとして部屋に来て、自ら花を生けていったという。一ヶ月、欠かすこと無く。執行官が来た日は休日だったようでまだ交換されていなかったが、アリスが起きたと知ると花を預けて迎え入れる準備をするために家に引き返したそうだ。顔ぐらい見てからにすれば良いのにとはちょっと思った。

 メイドがサッとメイク道具を片付ければ、もう荷物はない。嫁入り道具はもう既に移動しているらしいし、制服もそちらの家にあるそうだ。執行官の制服は城の隠し部屋に収納されると聞いている。

 ドアがノックされ、迎えが来たことを知らせる。一度目を閉じたアリスは、決意を固めて部屋を出た。


****


 迎えには家の者が来ると聞いていたが、馬車の側に立っていた意外な人物にアリスは目を丸くした。

 紺の柔らかな長髪を後ろで一つに纏めた、銀の瞳の男性――ジュルク・ソル・パルスート。彼女の想い人である。

 目を僅かに伏せ、後ろに手を組み口元には淡い笑みを浮かべて立っている姿は格好が良いの、だが。


(……緊張、してる?)


 なにやらそわそわしていて落ち着かない様子だとアリスは気付いた。彼の弟が無表情ですべてを隠すのなら、彼自身は笑顔で隠す人だ。そんな人が細い呼吸を繰り返しているのは、緊張しているのだと分かる。といっても、気付くのは彼に近しい者だけだろう。

 ジュルクはアリスに気付くと笑って片手を挙げた。昔のようにしたつもりだろうが、僅かに笑顔が強張っている。


「やぁ。おはよう、アリス」

「おはようございます、ジュルク様」


 馬車にはソル・パルスート伯爵家を示す本と羽根ペンの紋章が描かれており、完全に彼の家の馬車であると分かる。当主夫人に醜聞を持つ娘を迎えるとは思えないので、彼は旦那様の代理だろう。新しい第二団長はパルソート家に連なる家のようだ。パルソート家は多くあり、ミドルネームでどのパルソートかを分けている。ソル・パルスートは領地を持たない代わりに王都内のすべての図書館を統べる、本の守護者だ。

 変な先入観を持たないために、アリスは旦那様の情報を一切入れなかった。名前すら知らない。自分の目で見たものだけを信じようと決めた。

 メイドは同乗しないようで、荷物を入れた鞄を持って御者台に座ってしまった。

 見送りに来てくれた世話役の神官へお礼を言ってから、ジュルクのエスコートで馬車に乗る。正面に座ると威圧感があるからか、アリスを真ん中に座らせながら、向かって右端にジュルクは座った。

 馬車は二人が乗るとすぐに進んでいく。


「体のほうはもう大丈夫か?」

「はい。ご心配をおかけしました」


 筋肉までは戻っていないが、体力も魔力も、生命力も戻った。筋肉に関してはゆっくりと鍛え直そうと考えている。

 ジュルクはホッとしたように微笑むので、アリスもまた笑みを返した。彼は相変わらず優しい。

 だが話題はそこで途切れてしまった。昔なら会話が途切れないほどたくさん言葉が出てきたものだが、やはり四年の歳月は長すぎた。しかも今やアリスは他家の夫人で、彼は他人だ。


「……その。四年前から、ずっと途切れたままの魔導理論をまた君と作りたいんだが……」

「それは……」


 互いに話題を探して、先に口にしたのはジュルクだったが、内容は飲めないものだった。

 彼とする議論は楽しかったが、夫人となった今、旦那様以外の男性と一緒にいるのは好ましくない。本来ならこうして一緒の馬車に乗るのもやってはいけない。ジュルクも気付いたか、しまったというように口元を押さえて視線を背けた。


「いや、忘れてくれ。君の立場を思えば願ってはいけなかった」


 すぐに笑顔に切り替え、手を振って発言を撤回する。アリスは頷くしかできなかった。

 他の話題と探して見るも見つからず、黙ったまま馬車は進む。ふと通りを見て、見慣れた道であることに気付いた。


「ここは……」

「ああ、先に君の実家へと向かっている。ご両親も心配していたからな。元気な顔を見せていこう。

 ついでに、実家から持っていきたい物があれば取りに行くと良い」

「それは……ありがとうございます」


 アリス自身も両親の顔は見たいと思っていたので、後日会いに行くつもりだった。真っ先に会わせてくれる心遣いに素直に感謝し、微笑みをもって礼を言う。

 ジュルクが固まったことに気付くことなく、アリスは懐かしい通りの景色へと目を向けた。



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