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遊撃隊『牙』小話集  作者: 姫崎ととら
最新話

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18/18

特殊部隊『牙』出向計画

遊撃隊『牙』の回想録外伝~蒼天の魔法騎士と薄明の召喚士~(https://novel18.syosetu.com/n6683kk/(がっつりBL注意)で特殊部隊となった『牙』が冒険者ギルドに出向することになった、裏側。


「そういえば、ティカは【銀翼の歌姫】と面識はないのか?」


 リヒトが『牙』に正式に加入して数日後。

 オーガストの手伝いで執務室に休憩のお茶を持って来たティカに、アルクが唐突に訊いてきた。

 突然の質問にピクリと僅かに肩を震わせたレーヴェを視界の端に捉えつつ、ティカはリヒトがこの場にいなくて良かったと内心で胸をなで下ろした。彼もきっとこの話題に興味を持ってしまう。

 オーガストも気になっていたようで、紅茶を注ぎ分けるとティカに渡しつつ興味深そうな視線を向けてきた。オーガスト本人が紅茶を運ぶことはない。うっかり転んで書類にぶちまけたら大変だからだ。


「軽く調べてみたが、彼女の所属する【影踏む小鳥】はお前のギルドだろう?」

「面識はあるけど、どうして? オレを通して彼女をリヒト達の指導役にするのは無理だよ?」

「ああ。それは分かっている」


 いくら知人でも聖女を騎士団に呼ぶなど不可能だと釘を刺したティカに、アルクはあっさりと頷いてみせる。


「今度の慰霊祭にまた【歌姫】が来てくれるだろう? その帰国前にリヒトに会ってもらえないか、彼女に伝えられないだろうか。

 彼には緊張させてしまうかもしれないが、一度でも憧れの人に会えたら励みになるかと思ったんだ」


 続いた説明に納得をして、ティカは少しだけ考えた。

 八年前の日蝕で【歌姫】はささやかながらも援助しに来た。その縁で毎年、水の都の慰霊祭に出席して鎮魂歌を歌っている。今年も出演依頼が入っており承諾してあるので、【歌姫】が来ることは確定事項だ。一晩泊まって、翌朝に帰国するので慰霊祭後に少し会うことは出来なくもない。

 とはいえ、リヒトはティカの本来の姿を何度も見ている。直接会えば流石にバレる。


「ん~。伝えられなくもないけど、彼女は会いたがらないんじゃないかな~」

「何故だ?」

「彼女の運命の相棒が夕焼け色の髪の男の子らしいんだけど、八年前の日蝕で亡くなっている可能性が高くて。以来、彼女は夕焼け色の髪の人を避けてるんだよ。遊撃隊が慰霊祭で城壁の外を警備しているのはそういうこと。

 リヒト個人とは繋がりがあるから、もしかしたら会うと言うかもしれないけど、慰霊祭のために来ている貴賓だからね。責任者として隊長のレーヴェ君の同席は必須。そうなると断られると思うよ」


 リヒトはちゃんと説明すれば飲み込めるだろうが、むやみやたらと緊張はさせたくない。なので、表向きの理由を並べて、遠回しに不可能だと伝えてみた。

 コトハの運命の相棒が夕暮れ色の髪だとは公表されていないことに言ってから気付いたが、アルクはそこには気付いているのか居ないのか、触れることなく僅かに眉間に皺を寄せて紅茶に口を付けた。

 ツッコまれなかったことにホッとしつつ、オーガストからもう一つの紅茶を受け取ってレーヴェに持っていく。彼は気付いており、呆れた目で見ているが笑顔でスルーした。


「……それなら。もし冒険者ギルドを立ち上げたら、【歌姫】は顔を出しやすくなりますか?」


 ティカもオーガストに紅茶を貰いに行こうと踵を返したところで、彼女からぽつりと漏れた提案にティカは目を丸くした。

 どういうことだと促せば、オーガストは紅茶を注ぎながら「ずっと考えていたことなのですが」と前置いて説明を始めた。


「【遊ぶ子猫亭】が冒険者ギルド開設のために建てられたのは知っていますよね」

「あー、うん。オーナーがギルマスやりたくて建てたけど、色んな条件を満たしていないから仕方なく冒険者ギルド風食堂として営業してるんだっけ」

「はい、そうです。個人的に調べたのですが、北西にあったギルドが厄災によって消滅したため、【遊ぶ子猫亭】は冒険者ギルドの拠点としての条件を満たしたのです。あとはギルドマスターさえいれば、とオーナーが残念そうに呟いていたのを聞きまして」

「はーん。なるほどね~」


 【遊ぶ子猫亭】のオーナー、シャーチ・ヨーサンは南側の領地を治める伯爵だ。彼の領地は魔力の糸を吐く魔蚕を養殖し、耐魔法防御に秀でた魔布を特産品としている。特級となれば防刃も兼ね備え、騎士団の騎士服および術者用の法衣にも採用されるほどの耐久性を誇る。

 そのシャーチは、かつて冒険者になろうとしたことがあるほど冒険心に満ちた男だ。残念なことに伯爵家の次期当主であったため冒険者にはなれなかった彼は、ギルドとして冒険者を支援することを選んだ。

 だが当主のままギルドマスターになることは出来ない。故に、王都にギルドの拠点となる建物だけは建てて、息子に当主を譲ってからギルドマスターになろうとしたが、これまた残念なことにシャーチは条件を満たせなかった。建物も位置が悪く、ギルドマスターになる条件を満たせる者に譲ることも出来ず。

 食堂兼宿屋の【踊る子猫亭】はそんなシャーチの未練の塊だったのだ。


「でも、オレはギルマスの条件を満たしていないよ。アルさんもエウロさんもね」

「それは分かっています。でも新規ギルド設立の条件の一つである『最低でもSランクの冒険者が二人以上か、Aランク以上が一人とBランク以上が三人所属する意志を示していること』の人数には含めて良いですよね。あとはリヒトがBランクに昇格さえすれば、条件は満たせます」

「……ガスさん、結構がっつり調べてるね」

「実はイヴェールと再会してからずっと考えていたんです。

 私たち遊撃隊は、城内にいるのではなく城下町に拠点を構えるべきじゃないかって」


 イヴェールがレーヴェとアルクに連れられて遊撃隊と顔合わせしたのは結成から二年目のこと。オーガストの所属とほぼ同時だ。だいぶ昔から考えていた事にティカは少し目を見張るも、すぐに笑みで隠した。

 オーガストはティカの表情の変化に気付くことなく紅茶を差し出した。ティカが受け取れば、彼女は少し待っていて欲しいと告げて早足で執務室を出て行く。彼女のことだ、資料をもう既に用意してあるのだろう。

 パタンとドアが閉まったのを見届けたティカは、紅茶を一口飲んでからレーヴェに顔を向ける。彼は難しそうに眉を寄せて考え込んでいるようだった。


「……お前も以前、オーガストとほぼ同じ提案をしてたが、本当に出来るのか?」


 慎重に確認を取る彼に鼻で笑ってやる。確かにオーガストの提案は、先日ティカがレーヴェにした提案とほぼ一緒だ。そして出来ないことをティカは提案しない。レーヴェもそこは分かっているだろう。彼が懸念しているのはそこではないとくみ取り、ティカは笑いながらティーカップを机に置いて彼の机に歩み寄り、山積みの書類の山から目当ての物を探して引っ張り出した。

 一番下にわざわざ置かれていた、総長からの指令書。


「民を納得させられるかどうか、という点なら、彼次第だな」


 【歌姫】の運命の相棒がレーヴェであることを、風の国の民は認めるのかどうかを彼は懸念している。

 だからティカは、お前次第だと事実を突きつける。


 レーヴェが誰にも言っていなくても、総長のディーオルは彼が【歌姫】の運命の相棒だと気付いている。何しろ、ティカの本当の正体を知る人間の一人だ。レーヴェ自身もそれは気付いていただろう。だからこそ、指令書(見たくない物)を一番下に隠した。

 指令書には『特殊部隊『牙』に【歌姫】の護衛を任命する』と書かれている。新人のイヴェール、身分上騎士ではあるが保護対象である龍族のヴァスク、外部協力者のティカとリヒトを除く六人で二人一組のローテーションを組み、その組み合わせを提出しろという指令書だった。

 『牙』でティカの正体を知らない面々にもうバラそうという魂胆もあるだろうが、一番はレーヴェを表舞台に引きずり出すためだ。

 詩人(ディーヴァ)として、近くで相棒が歌っているのに歌わずに居られるはずがない。総長は慰霊祭の途中でレーヴェに乱入させ、彼が【歌姫】の運命の相棒であることを周知し、特殊部隊『牙』の知名度を上げるつもりなのだろう。そして【歌姫】が水の都に頻繁に来訪出来る理由を作ってくれようとしている。


 ティカがこれを知っているのは、特殊部隊『牙』に昇格した後、ディーオルに秘密裏に喚び出されて有無を言わさぬ圧で「今年の慰霊祭はこうしますからね」と言われたからである。

 レーヴェは指令書から目を逸らすように目をキツく瞑り、しばし考えていた。ティカはその様子を笑いながら指令書をレーヴェの前に置き、紅茶を飲みに戻る。


「…………アルク」

「ああ、俺が関係するのか」

「おう」


 レーヴェが長考の末に相棒の名を呼べば、アルクはどこからか取り出したクッキーを食べる手を止めレーヴェへと顔を向けたのち、ティカへと顔を向け直した。


「ティカ、新規ギルドのギルドマスターになる条件を知っていたら教えてくれ」

「ほいほい。年齢制限とか資格試験とかもあるけど、必須なのは二つね」


 すぐに彼は自分がギルドマスターに指定されるのだろうと察したらしい。的確な問いにティカは二本の指を立てた。

 二十五歳以上の健康体で規定の試験を受ける必要があるが、試験の内容は水の都の地形や特産品、モンスターの分布、薬草などの知識なのでアルクには余裕だ。だから省いて、必須項目だけを伝える。


「まず、百人以上が所属する組織で管理職をした実務経験が継続して五年以上、多種多様の魔物との実戦経験が継続して八年以上あること。

 仮にもマスターだから、ある程度の実力が欲しいって事だね。あとまぁ、結構手紙だったり書類だったりのやりとりが多いから、そういうのに慣れてて欲しい。あ、経費計算とか法律関係には専門家を雇って良いことになってるよ。

 次に、ギルドを設立したい場所での知名度が高いこと。

 知らない人がいきなりやって来て、ギルドやりますって言ったって信用ゼロじゃん? 依頼が来ないのは困るからね。だから、地域住民に顔と名前が知られてる程度の知名度は欲しい。

 この二つさえクリアしてるなら、試験さえ受ければギルマスになれるよ」

「なるほど。ありがとう」


 二本立てた指を揺らしながら説明を終えると、アルクは納得したように頷いてレーヴェへと戻す。ティカも釣られて彼に向ければ、レーヴェは嫌そうな顔をしながらも机の引き出しを開けて、真新しい紙の束を取り出した。


「オーガストが戻ってきたら、あいつの案とも合わせながら草案を作るぞ」


 予定外の業務が発生したので、今日は帰るのが少し遅くなりそうだなとティカは少しだけ思った。



 しかし、元々の提案が充分な形になっていたことと、ティカがアルクを伴ってシャーチに確認を取りに行ったら、本当に実現できるのならば是非とも! と好感触だったため、計画書はあっさりと纏まった。

 あとはリヒトがBランクに上がったら提出することで話を終え、その日は定時で帰宅した。


****


「あれから一ヶ月も経ってねぇよな」

「そうだな」


 リヒトが《ピクシー族の長(ティターニャ)》の契約者であることがひょんな事でバレてしまったため、もはや隠しておくのも危険と判断して、時期はまだ早いが出向計画を提案しに、レーヴェとアルクと共に総長室へと向かう。

 いつもはレーヴェが先を歩き、彼の左側一歩後ろをアルクが続く。ティカは宙を浮いて位置は適当だ。

 だが今回ばかりは生来の髪色に戻したティカが先を歩き、レーヴェが右隣。アルクはその後ろになっている。本気で交渉するためにはこの髪色であることが重要である。

 一緒に隊室を出てきたソラは説明を手伝うつもりだったようだが、西の大森林での戦いから説明するのは面倒だから、さっさと帰れと追い返した。


「しかし、ティカ。本当に【歌姫】は応じてくれるのか? レーヴェと顔を合わせることになるぞ」


 リヒトがBランクに上がっていない場合の案もアルクには説明してあるが、そちらは【歌姫】が応じるかどうかに掛かっている。重要な部分を隣国の要人任せなので、不安を抱くのは当然だ。しかも【歌姫】は夕焼け色の髪の男性を避けていると説明した。

 もしもを考えているアルクに、ティカ――コトハは振り返ることなく左手を振ってみせる。


「アレは、遊撃隊に直接関わらないための方便だ。人間相手ならいくらでも誤魔化せるが、龍族(ヴァスク)相手では誤魔化しようが無いからな」

「誤魔化すって……」


 どういうことかと訊きたかったことだろうが、総長室の前に辿り着いてしまったのでアルクは口を噤んだ。

 部屋の前で立っている衛兵達は、特殊部隊の三人が揃っていることに警戒心を上げた様子だ。兜越しでも鋭い視線が分かるほどに緊張が伝わってくる。

 ティカであれば緊張を解すように笑っておどけてみせるところだが、あいにくコトハに愛嬌はない。衛兵が要件を聞いてくる前に口を開く。


「ディーオル殿は在室か? 早急の用があるため、通してくれ」

「……申し訳ない、ティカ殿。早急の用とは何かを先に教えてもらいたい。特殊部隊の隊長と副隊長を連れているほどの事態だろうと、内容次第では総長に会う理由にはならない」


 普段よりも威厳を増して、いっそ高圧的に取れるほどの態度で衛兵に話しかけるも、彼らはこうした高圧的な態度の人間には慣れている。ただ、“ティカ”がこうした態度で来ることに少し戸惑ったようで、一瞬間が空いた。

 告げられた内容はまともな物で、確かにそうだと鷹揚に頷く。


「職務に忠実で何よりだ。こちらも配慮が足りなかった。すまない。

 詳しくは話せないが、本日の訓練中に外部協力者リヒト・モルゲンロートの特殊能力が発現した。その報告と今後の『牙』の拠点について総長と相談したい」


 コトハの理由を聞いて、それは早急だと衛兵達は中に取り次ぎ、急いで人払いがなされた室内に案内された。

 相談とは言ったが、【遊ぶ子猫亭】のシャーチとはもう話が纏まっており、ギルド連盟本部にも話してアルクはギルドマスター資格試験に合格している。『牙』の移動は決まっているので許可だけを貰いに来た。

 これが第三騎士団に所属していた頃なら、まず団長のストゥーケイに話を通し、予算が下りるかを採択してもらわねばならなかったが、総長直属となったためにある程度のことは自分たちで自由に出来る。自由を与えた途端、こんな計画書を提出されるディーオルは胃が痛かろうが。


「……その髪の色でわざわざ来たと言うことは、よほどのことですか」

「ええ。緊急事態です。

 リヒトが炎の大精霊の守護を得ていることと、《ピクシー族の長(ティターニャ)》の契約者であることはもう話していましたが、本日の訓練中、彼の様子を見に来た大精霊のせいで、『牙』の面々にも知られることになったんです」


 ディーオルは髪の色から、ティカとしてではなくコトハとして会いに来たことを察して、硬い声で確認を取ってくる。かなりの事態ではあるので隠すことなく頷いた。

 彼には以前、まだ詩人(ディーヴァ)として未熟なリヒトを外部協力者として認めさせるために、ロータスとの契約者でコトハの監督下に置いておきたいと説明した。二人目の危険人物にディーオルは頭が痛そうだったが、致し方が無いと受け入れた。

 コトハとリヒトが口を滑らせたり、ロータスを不用意に呼んだりしなければ大丈夫だろうと思っていたが、まさかの形でバレてしまって、流石のコトハも冷や汗を流した。あの場に『牙』以外の人間がいなかったのは不幸中の幸いである。

 しかし今後、リヒトがある程度育ったら他の隊と合同訓練も行われる予定だ。そこでまた精霊の誰かがやってきて、口を滑らせたりしたら大変なことになる。


「精霊たちにきちんと口止めをしていなかった私の落ち度ですが、今後もこうした事故が起きかねない。

 よって、もう『牙』を城外に出してしまおうという計画書をお持ちしました」


 レーヴェ達と練った計画書を差し出し、ディーオルが目を通すのを待つ。

 彼は難しい顔で受け取り、一枚一枚しっかりと読み込んでいく。


「予算まで計算してありますね……『ギルド運営のノウハウは隣国からギルドマスターを招集』とありますが、招待するギルドマスター様は事情をご存じですか?」

「リヒトについては私が以前助けた少年の一人で、今は弟子としか。ただ、以前からアルビレオさんとエウロさんが水の都に留まりながらも所属無しであることに小言を貰っており、信頼出来るギルドに所属か、お前たちで新規ギルドを立ち上げろと言われてました。

 今回、新規ギルドを立ち上げるのならば、助力は惜しまない。必要ならば自ら教えに向かう。と言われてます」

「そうですか」


 実際、コトハの所属する【影踏む小鳥】のギルドマスター、バージェスは日蝕後からずっと旅に出ないアルビレオとエウロを心配していた。

 アルビレオは日蝕で祖国があまりにも弱すぎることを知り、護るために水の都に腰を落ち着けると決めたのはいいものの、どのギルドにも所属できなかった。風の国でSランクと認められ、厄災を止めた英雄が一つのギルドに所属することは、ギルド間のパワーバランスを崩す。ギルド連盟本部所属の話も出たが、そうすると気軽に依頼を受けられない制約がかかる。

 結果、どこのギルドにも所属しないフリーランスのまま八年だ。国を救った英雄への褒賞として王都の北西に家を貰い、各ギルドで持て余すような依頼を受けて生活しているが、どのギルドからも勧誘が酷くなってきた。


「騎士が冒険者ギルドのマスターになる影響を考えていますか?」

「普通の騎士がやるんだったら、騎士団はそんなに待遇が悪いのかとか、騎士が冒険者の気持ちをわかるはずないから信用できないとか言われるでしょうね。なんせ以前招集した冒険者に対して、騎士団の人間は『クラゲに触るな、毒あるぞ』という態度だったそうですし」


 厳しい表情でのディーオルの確認は、『牙』が隊室と執務室を分けることになった事件を思い出したからだろう。想定内の確認に、コトハはすらすらと答える。

 あの時の騎士の態度はとても褒められた物ではないが、見知らぬ人間達が毎日入れ替わり立ち替わりで大量にやって来ていることにストレスを感じていたのだろう。短期の者と長期の者で分けられていることを知らず、若い冒険者はすぐに辞めるので信用できないと思っていたはずだ。冒険者側も、最後にコトハが誤解を解いたあの時の冒険者以外は、騎士は冒険者に排他的だという印象を抱いたままだとエウロから聞いている。

 そんな印象を払拭していないため、通常の騎士ではギルドマスターになることすら出来ない。


「ですが、新規ギルドが【遊ぶ子猫亭】であり、アルクであるならば、問題はありません」


 そんな中、例外というものはどこにでもある。

 レーヴェでもなく、アルクだけが唯一認められる。


「【遊ぶ子猫亭】のオーナーがギルドマスターになりたがっていたことは、あの周辺住民なら誰もが知っています。社交界でも有名だとニールとリュートから聞きました。

 そして、アルクはそこに成人前から通っていたし、オーナーとも仲が良い。騎士になる前は、レーヴェとシリカと共に地域住民の困り事を解決していたこともある。

 なにより、レーヴェと非常に仲が良いことを、あそこの地域住民達は知っている。次の慰霊祭でやることを考えたら、アルクがレーヴェのためにギルドマスターになったのだと誰もが納得しますよ。

 城内にいたままでは、レーヴェは表立ってコトハに会えませんからね」


 水の都では冒険者よりも騎士になるほうが難しく、安定した給与も得られる。一度騎士になったらそう簡単には辞めない者が多い。副隊長になったのなら、むしろ周りが必死に止めるレベルだ。

 しかし、次の慰霊祭でレーヴェが【歌姫】の運命の相棒であると周知させるからこそ、アルクが騎士を辞めてギルドマスターになることを納得させることが出来る。なんせ、アルクがレーヴェのために騎士になったことは【遊ぶ子猫亭】の常連の間では常識だからである。レーヴェが気兼ねなく【歌姫】に会うために、新たな冒険者ギルドを立ち上げるくらいはやってもおかしくないと考えるだろう。

 嫁のシリカはむしろレーヴェとの結婚を推奨するほど二人の仲を認めているので、全く問題が無い。

 コトハの回答に、ディーオルは納得したように表情を緩めてコトハの隣のレーヴェに顔を向けた。


「この計画を進めるとティカさんが冒険者を引退するとあります。アルク副隊長もギルドマスターになるため前線には出られないでしょう。『牙』では戦闘時の編成を考え直す必要が出てくると思いますが、レーヴェ隊長はどうお考えですか?」

「ギルドマスターでも前線に出ることはよくあることだそうです。だからアルクにはそのまま前線に出てもらい、ティカの代わりはコトハが入ります。彼女が回復・支援を担い、代わりに俺が前線に出ます。

 冒険者には師弟制度があり、弟子の討伐依頼に師が同行し、討伐の支援をすることが認められているそうです。この制度を利用し、リヒトの師にコトハとアルビレオさんがなります。

 イヴェールは詩人(ディーヴァ)の性質上、リヒトと共に行動する必要があるため、『牙』の出動時にリヒトも同行。すなわちコトハとアルビレオさんも討伐に同行します」


 これも予め話し合っていたことだ。ギルドのマスターだからといって、常にギルドの中に居なければならないわけではない。場所によってはギルドマスター自ら出陣し、サブマスターがギルドを纏めている。ギルドによって違うのだ。だからアルクが出陣しても何一つおかしくない。

 そして師弟制度を利用して【歌姫】(コトハ)水の都の英雄(アルビレオ)が堂々と参戦する。正直、過剰戦力である。

 ディーオルも同じ事を思ったのだろう。一度目を伏せ、息を吐いてからコトハに顔を向ける。


「……アルビレオさんはともかく、コトハさんが誰かの師になることは可能なのですか?」

「リヒトならば可能です。彼とは縁がありますから」


 一応、一国の聖女だ。そんな存在が弟子を取るとなるとリヒトへの注目度が跳ね上がってしまう。それを危惧した問いも対策済みだ。

 アルビレオたちと共に戦った西の大森林での戦いは、有名な英雄譚『六人の精霊と英雄』の続編として広まっている。リヒトはその中で『封印を担う炎の継承者の少年』として登場していた。救われた彼は詩人(ディーヴァ)になって【歌姫】に会いに行くと宣言し、【歌姫】は楽しみに待っていると返して、再会の約束を最後に物語は締めくくられていた。

 再会であって弟子を取る約束ではないが、レーヴェが運命の相棒と判明した時点でこうなることは見越して、新しく作って流してある。

 ディーオルは何も知らないリヒトの事を哀れに思ったか、額を押さえながら小さな声で「……可哀想に……」と呟いたが、聞こえなかったことにする。


****


 拠点となる【遊ぶ子猫亭】とも交渉が終わっており、いつでも受け入れられるとまでわかると、ディーオルは諦めたように承認のサインをした。

 移動と準備のために明日から一週間の休暇を与えられ、コトハたちは総長室を後にする。


「…………ティカ」


 長く長く沈黙を保っていたアルクが沈黙を破ったのは、隊室の扉の前だった。


「なんだ?」


 扉を開ける前に振り返り、彼を見上げる。アルクの表情は、一見すれば怒っているかのような無表情。だが長い付き合いのコトハには分かる。あれは困惑している。


「エボルタ姓は、風の国では『本名を明かせない貴人が名乗る名字』だったな」

「そうだな」

「……“ベスティ”は、“コトハ・ベスティート”なのか?」

「そうだ」


 誰が聞いているかも分からない城の中で、明言することは危険だ。だからまるで暗号のような確認をしてくる彼に、コトハはしっかりと頷いてみせる。

 アルクはレーヴェの運命の相棒の“ベスティ”を知っている。そして【銀翼の歌姫】を調べたのなら彼女の名前も知っただろう。後はそこをイコールで繋げれば、“ティカの本名”も分かる。

 真偽を確かめるようにじっと見つめていたアルクは、深く息を吐いて額を押さえた。相棒の疲れた様子にレーヴェは苦笑する。


「……今度の慰霊祭で『牙』は何をさせられるんだ?」

「【歌姫】の護衛。そんで運命の相棒の初披露」

「そうか……だから、俺だけが認められるのか……」


 先ほどの会話をやっと理解できたか、アルクは深く長く息を吐いた。そして、彼もまた小さく「可哀想に……」と呟いたのをコトハは聞かなかったことにして、隊室の扉を開く。


「引っ越し準備をするぞー!!」


 コトハの姿のまま、ティカのテンションで高らかと宣言を室内に届けた。


【歌姫】と英雄が師匠になることをこの時のリヒトはまだ知らない。

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