賢者が遊撃隊の一員になった日
執行官との密談の数日後。
「レーヴェ! 時間はかかったが、やっと見つけてきたぞ!」
「げ。ホントに連れてきやがった……」
ジュルクは紹介された男を連れて遊撃隊の隊室を訪れていた。
嫌そうに呻きながらもレーヴェは執務机から立ち上がり、歩み寄ってくる。アルクとオーガストがすっとその後ろに自然に立った。
部屋の中央で互いに向き合い、先にジュルクが紹介をした。
「彼は魔本士のアブリスだ」
嘘はつけないのでどこの所属でどこから連れてきたかは言わない。そのことにレーヴェが僅かに眉を動かしたが、彼から問うことはない。なにせ、「どこから連れてきても構わない」と言ったのは彼自身だ。
「アブリス・フェルステマンと申します」
焦げ茶の髪に水色の瞳の男は腰の左右に本を携え、優雅に頭を下げた。
「アブリス。彼がレーヴェ。後ろの男が俺の弟のアルク。隣の女性はレーヴェの奥方のオーガストだ」
続いてアブリスに三人を紹介する。アルクとオーガストは会釈だけに留まったが、レーヴェは一歩踏み出した。
「遊撃隊隊長のレーヴェ・クリーズだ。聞いていると思うが、うちは魔物討伐専門の第三騎士団の中で異質な部隊だ。仕事は魔物討伐に留まらず、野盗討伐、市内での暴徒の鎮圧なども投げられる。
他にも、たった六人で大型魔獣の囮役を受けさせられたり、様子見のためと称して先鋒を務めさせられることもある。そのくせに給料は他の団員と一緒だ。
嫌になればいつでも言ってくれ。元の部隊に戻してもらえるように交渉する」
「もちろんメリットはあるぞ。武器は支給品でなく、城下町の武器屋で買って良い。領収書は貰えよ。
第三騎士団の訓練場は魔法訓練もするので広い。とにかく広い。そして、各々の武器の修練に時間を費やしていい」
レーヴェがデメリットしか言わないのでジュルクがメリットを紹介する。武器の所でアブリスの目がキラリと光ったのを見逃さなかった。外部購入からの水増し領収書はよくあることなので、その辺りを警戒したのだろう。
「言っとくが、冒険者の武器屋だから水増しして横領なんて出来ないぞ。彼らも横領罪の共犯なんぞなりたくないからな」
「そんなことはしませんよ。してるのではと警戒はしましたが。遊撃隊は噂とは違いクリーンな部隊なんですね」
レーヴェも見逃さなかったか、きっちりと釘を刺してくる。それに対してアブリスは笑いながらなかなかに尖ったことを返した。
警戒するようにアルクが睨み付けるのを、後ろを見ることなくレーヴェが手を振ってやめさせる。
「ああ。曰わく付きばっかだから逆に悪いことが出来ないんだ。
伯爵家の次男に、現王の姪と甥、厄災を止めた英雄様の集まりだぞ。犯罪を犯した瞬間の影響力を考えれば、俺も含めて誰一人として悪いことは出来ねぇ」
改めて聞くととんでもない人種の集まりだ。なお、他にも絶滅危惧種の蒼翼有翼人と、黒龍が混じっているが流石に出会ったばかりでは紹介しない。その内、本人達が自己紹介するだろう。
レーヴェの呆れも混じった説明に、アブリスも納得したようで頷いた。
「確かに、世間を騒がせるだけでは済まなそうですね」
「だろ。だから行動には気を付ける必要がある。今まで以上に人目にさらされるだろう。
引き返すなら今のうちだが?」
最後の確認として、僅かに声を低くし問いを掛ける。ジュルクの紹介とは言え、簡単に隊に入れたくはないという気持ちが表情からありありと分かる。
対してアブリスは、目を細めて右手を差し出した。
「注目を集める遊撃隊『牙』に入るのです。その程度は覚悟の上ですよ。
よろしくお願いします、レーヴェ隊長」
絶対に入ってやるという決意が籠もった瞳が、レーヴェを見つめる。
見上げたレーヴェはフッと笑い、アブリスが差し出した右手を握った。
「ああ。これからよろしく頼む、アブリス」
こうして、遊撃隊に一人新しいメンバーが加わった。