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飛び立つ白い鳥に揺れる薔薇

飛び立つ白い鳥に、窓に揺れる赤い薔薇。

それはまるで…

 それ以降、私は呆然(ぼうぜん)とした日々を送っていた。誰もいない時間は、ただ窓の外を見つめるだけで、何もする事はなかった。


 やっていた事といえば、閉まっていた隆くんからのプレゼントを見つめることだけだった。

 このプレゼントを見ているだけで、涙が(あふ)れてくる。

 後悔の念と共に。


 ただ涙を流しながら見ていたら、コンコンと私の部屋の扉を叩く音がした。私はきっと隆くんだと思って、出てきている涙を拭いて声をかける。


「あ、はい!ぐす…、どうぞ!」


 扉が開く音に、ドキドキする。また隆くんに会える。

 そう思っただけで、こんなにも胸が高鳴(たかな)る。嬉ししくなる気持ちがとても溢れ出す。


 すると、現れた人が隆くんだと思ったら、ちょっと歳のいった男性だった。

 後ろから、男性と同じくらいの女性が入ってきた。私の家族でもないし、親戚でもない。知らない人たちがそこには立っていた。

 誰かわからなくて、ちょっと怖くなる。少しオドオドとしながら声をかける。


「え…。あの、誰ですか…?」

「こんにちは、急に押しかけて、申し訳ありません。私たちは、君が会っていた隆の両親です。」

「え…、隆くんの、ご両親…?」


 どう言うことだろうか。なぜ、隆くんのご両親が、私の部屋を訪ねてくるのだろうか。

 理由がよくわからない。私は隆くんのご両親に会った事など一度もない。でもこの訪問が、嫌な予感を私の心の中にかすめていく。考えたくなどない。


 きっと何か、隆くんが退院して来れなくなったとかそういう理由だと、自分を必死に言い聞かせる。

 すると、隆くんの父親らしき人が、私に話しかけてくる。


「急に訪ねてきて、すいません。混乱してしまったでしょう。」

「あ、い、いえ…大丈夫です。でも…隆くんのご両親が私に一体何のご用事があったのでしょうか…?」

「実は…隆に碧さんにこの手紙を渡すように、頼まれていたので届けにきました。」

「手紙…?」


 何で手紙なんて、頼んでのだろうか。自分で届けにくればいいのに。


 何で。


 まさか、と私の中で、怖い思いが出てくる。しかも頼まれていたって、そう言っていた。

 何で、過去形なのだろうか。


「あの…頼まれていたって…何で過去形…。」

「それが、隆は…隆本人は、昨日の夜に…亡くなりました…。」

「え…?そんな、嘘…うそ…!!」


 急に周りの音が聞こえなくなる。

 嘘だと言って欲しかった。

 私は、誰でもいいから、この言葉を嘘だと言って欲しかった。大丈夫だよ、っていいから、笑いながら来て欲しかった。


 でも何度願っても、何度扉を見ても、隆くんが現れることがなかった。

 それが嘘だと言うことが、私に本当のことだと伝えてくることで、大きな絶望が私を(おそ)ってくる。

 すると、そんな私に、隆くんのお母さんが話しかけてくる。


「一週間前から、容体(ようだい)が急変してしまったの。それで集中治療(しゅうちゅうちりょう)室に入ってしまって、貴方に会いに来れなかったの。ここに行けない事について、とても(くや)やんでいたのよ?約束守れなかったって。」


 それを聞いて、涙が溢れ出る。

 私は、呑気(のんき)に隆くんが来ない事を責めていた。でも彼はここに来ようと、頑張ってくれていた。

 悔しがるほどに。


 そして、自分のしていた事を考えて口に手を当てる。

 大変な思いをしている人に、何をしてしまったのだろう。

 人この事を責めて、自分の事しか考えていなかっただなんて。自分のしていることが恥ずかしい。

 私はおずおずと、隆くんのご両親に隆くんにしてしまった事を話す。


「で、でも…私は、隆くんに酷い事を…!」

「あぁ、それについては、私たちは貴方が隆に酷いことをしていたなんて思っていませんよ。むしろ、貴女に感謝しているんです。」

「え…?」


 隆くんのお父さんが、私に笑顔で話してくれる。

 感謝しているとは、どう言う事だろうか。こんな酷いことばっかり言っていたのに、そんな私に感謝しているなんて。


 そんなはずない。


 きっと、私がしていた事はこの人たちにも、ご両親にも伝わっているはずだから。なのに、それを感謝しているなんて、どういう事なんだろう。

 私の口から、勝手に言葉が出ていく。


「何で…感謝してるなんて…。」

「私たちね、あんな笑顔の隆を見たの、とても久しぶりなの。最初はなんて事を言う子だろうと、思っていたのよ?」

「それはそうです!酷いことばっかり…。」

「でもね。すごくいい笑顔だったの。貴女の事を話す時。」


(笑顔だった…?)


 優しく、温もりを込めた声で語りかけてくれる隆くんのお母さんに、私は理解ができなかった。

 怒っても仕方ない事を言っていたのに、それを笑顔で話していたなんて、そんなはずないと思っていたのに。

 私は心のどこかで彼のお母さんたちが、隆くんのことを止めてくれないだろうかと、そう思っていたのに止めずにいたなんて。


「しかもね、病院から抜け出したりしていたのよ?」

「え!?病院から抜け出してたなんて…!」

「やっぱり知らなかったのね…。まるで悪戯(いたずら)っ子のような笑顔で、抜け出していたことを看護師さんたちに怒られていたようなの。」

「そりゃあ、怒られますよね…。」

「でもね、それを楽しそうに私たちに話してくれてたの。それでも怒っても、何ともい愛情を込めた笑顔で、『僕の好きな人のこと、悪く言ったりしないでね。とっても大切な人なんだから!』って、私たちに言うの。」

「隆くんが…そんなことを…。」


 思ってもみなかった。

 実は心の中で、怒ってるんじゃないかと、少し怖くなっていたから。

 でも、そうじゃなかった。大切な人って思ってくれていたんだ。それがとても嬉しかった。


 あんなに酷い事をしていたのに、大切な人と思ってくれていたことが、心の中に何よりも染み渡る。

 思わず、胸に手を当てる。あんなに冷たくなっていた心が、暖かくなっていく。

 そんな私を、ご両親は温かい目で見てくれていた。


「私は一度、服を買いに行かされたことがあります。女性物の服をです。」

「え!?」


 買いに行ったというはもしかして、もう売ってないはずのあの服のことだろうか。どう考えてもそれしかない。

 そう思った瞬間に、私は身体中から血の気が引いていくのを感じた。あんな事言うんじゃなかったと、後悔すらしていた事だ。


 私は謝らないとという思いが、頭を占めていた。

 でもそんな私に、隆くんのお父さんは、優しい声で私に話しかけてきてくれる。


「そんな顔をしないでください。私は確かにあの時、隆に言いました。無理を言ってくる子なんて、止めなさいと。でも隆は真剣な表情で私に、『心から好きだと思った人なんだ。止めないよ。だって今、僕は幸せだから。』と、そう言ってから、とても幸せそうな顔で笑ってきたんです。昔の、元気だった頃の隆のように。」

「それを聞いて、私たちは止める事をやめたの。」


 優しい声で言いながら、隆くんのお母さんは、私に近づいてきた。そして布団に座って、私の頭を撫でてくれた。


 もう、いつから人に頭を撫でてもらえてないのだろう。ずっと(はれ)れ物扱いで、誰もそんな事をしてくれなくなった。

 だから思わず、聞いてしまった。


「私の噂、知らないんですか…?」

「え…?」

「私、人を傷つけたことがあるんです。この病院の中で。そしたら個室に移されました。こんなやつなんです。だから、優しくなんて…!」

「でも、それには理由があったんじゃないの…?」

「え…?どうしてそう…。」

「看護師さん達にね、それとなく聞いたの。どんな子ですかって。そしたら…。


『大変な子なんです。友達さんも来なくなってしまい、部屋の人たちとは仲良くしていたようなんですが、ある日、ご家族さんが彼女を責めてしまって、それで部屋の人たちが擁護(ようご)してたようなんですが、頭が混乱してしまったのか花瓶を下に叩きつけてしまったようで、その破片がたまたま横にいた患者さんに当たってしまってお怪我をしてしまったようなんです。


 怪我をしてしまった患者さんは、偶々(たまたま)だからしょうがないと言った感じだったのですが、ご両親が更に責めてしまったみたいで、あの子はとても傷ついたと思います。彼女が走って外に出た後に、彼女と同じ部屋の人があのご両親を怒ったんです。そんなこと、大切な娘さんに言う事じゃないでしょうって。


 部屋の方々に言われて反省したようなのですが、彼女を迎えに行った時、彼女は憔悴(しょうすい)しきった顔で、感情がごっそりと抜け落ちた顔をしていました。


 病院としては怪我をしてしまった患者さんもいると言うことで、彼女を個室に移したのですが、そこからは、彼女は誰も受け付けなくなってしまったのです。酷い事をしてしまったと、私たちもご両親も思っていたのですが、遅すぎたのか、誰の言葉も届かなくなってしまっていたので、隆くんが何度も彼女の部屋を訪れて、楽しそうな声が聞こえてきた時は、私たちも嬉しくなっていたのです。


 悪い子ではないんです。全ては、悪い出来事が重なってしまっただけで。私たちも悪いんです。だから、彼女と隆くんの時間を、このまま続けて上げてもらえないでしょうか…?よろしくお願い致します。』


 そう言われてね。私たちはその言葉を信じて、隆をずっと貴女と居させてもらってたんです。」



 愕然(がくぜん)とした。私のことを、そんな風に思ってくれていたなんて。ずっとそんな風に思ってくれているはずがないと、思っていた。

 いや、思い込んでしまってたんだ。誰もが私を見放していたと。


 でも、そうじゃなかった。


 きっと、お母さん達も私と話そうとしてくれていたのに、私が見ようとしてなかった。見るつもりもなかったから。

 もしあの時のような目で見られたらと思うと、怖くて見ることなんてできなかった。でもその言葉が本当だとしたら、お母さん達は私に謝ろうとしていたのかな。


 私に突き放されていたから、できなかったのだろうか。そう考えると私はすごく嬉しくて、涙がまた出てくる。

 泣きそうになっている私の背中に、多分隆くんのお母さんがそっと手を当ててくれる。

 この温もりが、とても嬉しくて、もっと涙が出てくる。

 そっと、優しい声が上から降ってくる。


「実はね…隆は末期(まっき)がんだったの。」

「え…!?」


 まさかの言葉に俯いていた私は、勢いよく顔を上げる。

 病気なのだろうと思ってはいたけれども、まさか末期のがんだとは、考えもしなかった。


 ここに来るのは、とてもしんどかったのではなかったのだろうか。それでも、いつも笑顔だった。

 しんどいなんて微塵も見せることなく、私と楽しそうに話してくれていた。

 何でそこまでしてくれていたのだろう。

 隆くんのお母さんが、そんな私の思考を読み取ったからなのか、ゆっくりと話し始めてくれる。


「末期がんだと分かった瞬間、あの子は(ふさ)ぎ込んでしまったの。部屋からも出ることもなく、ずっと言葉も発する事もなかった。」

「隆くんが…?」

「そうなのよ。でもね、貴女と会ってから、急にたくさん話し始めて嬉しそうにするの。それで、部屋に行きたいって聞かなくて、看護師さんに聞いたら、ちょっと(しぶ)っていたけど、隆の思いに答えて教えてくれたわ。」

「そんなに…。」

「そうなのよ!もうまるで小さい頃に戻ったかのように、必死に頼んでくるんだもの。私も嬉しくなっちゃって、必死に聞いちゃったわ。」


 とても嬉しそうに、隆くんのお母さんが教えてくれる。

 その光景が何となく想像できて、思わず笑ってしまった。

 私の笑顔を見ていた隆くんのお母さんが、温かい笑顔をこちらに向けてくれる。


「その笑顔を見ることが、あの子の最高の楽しみだったわ。」

「え?あ…!」

「いいのよ。笑って頂戴(ちょうだい)。その顔を見たかったの。あの子が大好きだった、貴女の笑顔を。」

「私の、笑顔…。」

「そうなの。たくさん話すものだから、私達も見たくなったのよね、そうよね、あなた?」

「そうだな。私も隆から聞いていて、とても見たくなって。だから、会うのを楽しみにしてたんです。」


 隆くんのご両親くんが、嬉しそうにはそう言ってくれる。

 何だか照れくさくなって、顔が赤くなっていく。両手を顔に当てて、熱を冷まそうとする。

 それすらも微笑ましかったのか、ご両親が顔を見合わせているのが分かった。

 私の方を向きなおり、話を続ける。


「貴女の話をする度に、年相応(としそうおう)の笑顔をしていて私たちも嬉しくなって、もっと話してって言ってたくらいだったの。そうすると、とても嬉しそうにしていてね。」

「そうなんです。貴女の話を聞く、そんな家族の時間がとても楽しくてね。時間を忘れてしまって、面会時間終了ですよって言われてしまうほどでした。」

「そんなこともあったわね。それでね、体調もどんどんよくなっているように見えたの。だから、安心してしまってたわ。もう元気になってくれるって…。」

「でも、そうじゃなかったんです。ある日、急に容体(ようだい)が変わって、集中治療室に入って、しばらく頑張ってしました。でも…昨日の夜に、息をひき取ったんです。」

「そんな…!隆くん…隆くん…!」


 私は、(こら)えきれなくなった涙をたくさん流した。私があんな事を思っている間、隆くんは頑張ってくれていたのに。

 不貞腐(ふてく)れて、どうせって()ねてしまっていた。でも、看護師さんに必死になって、尋ねればよかったんだ。


 どうして、隆くんが来れなくなったのか。


 今、何をしているのか。


 どうしているのかを。


 そして、私は気がつくべきだったのに。きっと何かあったのかもしれないと言うこと。

 涙を拭うことなく布団を握りしめて、泣き続ける私の手にそっと温かい手が乗ってくた。


「短い間だったけど、隆のあんな幸せのな時間をありがとう。私たちに、とても温かい時間をくれて、本当にありがとうございます。本当に幸せだったわ。」

「そんなことなんて!!私は、隆くんに意地悪してしまっていて…!きっと、できないことを言えば、諦めてくれるって。焦ればいいと思って、意地悪で最低なことを一定し待ってて…。でも!でもいつの間にか、その時間が私にとって、大切な時間になっていって、とても楽しい時間になってて…きっとずっとこの時間が続くものだと…!ごめんなさい…本当にごめんなさい…!」


 私は、思っていたことを全て吐露(とろ)した。本当にそう思っていたから。


 ずっとこの時間が続いていくと。


 そんな事、起こりはしなかった。


 私の小さな願いは、叶うことはなかった。この願いはきっと、隆くんの願いでもあったと信じたい。

 こんなことになるなんて、私たちは思ってもいなかった。だって、隆くんが来なくなるまでの時間は、かけがえのない、ただ一つの宝物だったから。


 ずっと謝り続ける私を、そっと抱きしめてくれた人がいた。

 それは、隆くんのお母さんだった。


「謝らないで。貴女のおかげで、幸せな時間を過ごせたのよ?それに、楽しみにしていたの。貴女と私たち家族で話す日を。隆はいないけれど、きっと見てくれているわ。そして、あの幸せそうな笑顔をしてくれてるはずよ。」

「そうですとも。だから、謝らないでください。このような形で会うのはとても残念ではありますが、隆のために泣いてくださる碧さんの姿を見て、こんなにも思ってくださっている事は、隆はとても幸せに思っている事でしょう。」

「うえ…あ、あぁ…!うわぁぁぁぁん!!」


 私は、堪えることが出来ず、大きな声をあげて泣いた。

 隆くんのお母さんは、私をぎゅっと抱きしめてくれて、隆くんのお父さんは頭を撫で続けてくれた。

 そして、最後に2人で泣きそうではあったけど、笑顔で私に向かって感謝の言葉を言ってくれた。


「ありがとうね。碧さん。隆に、私たちに幸せをくれて、本当にありがとう。」

「心から感謝します。ありがとうございます。この手紙は、この机の上に置いておきます。どうか、読んでやってください。」


 そう言って、2人は部屋から出ていった。

 私は暫く膝の上に置いていた手紙を、手にとることができなかった。何が書いてあるのか、不安だったし、読んでしまったら、隆くんとの繋がっていた糸が切れてしまいそうだったから。

 怖くて、手に取れないし、読むこともできなかった。


 どうしようと思ってると、窓が開いていたのか、風が吹いてきて、机の上に飾っていた薔薇(ばら)の花びらが乗ってきた。しかも花びらは、隆くんが書いた手紙の上に乗った。

 何となく、それを見ていたら、隆くんが読んでくれと言っている様で、自然に手が伸びた。


 ドキドキしながら、手紙の(ふう)を切る。中から、紙を取り出して、開いてみる。手紙は2枚あった。

 ゆっくりと口に出しながら、読んでみる。


「碧さんへ…。


『すいません。

 貴女との約束を守れませんでした。

 でも、碧さんと過ごしたあの時間は、僕にとって、大切な宝物です。

 毎日、碧さんの顔を見れたし、笑顔を見ることもできた!

 それが嬉しくて嬉しくてしょうがなかったんです!

 碧さんにとっては、鬱陶(うっとう)しかったかもしれません。

 勝手かもしれないですが、僕はとっても幸せでした!

 貴女とたくさん話して、笑っていた時間。

 大切なものです。

 それを持っていきます。

 でも、僕の心は、貴女と共にあります。

 ずっと大好きです。

 あの薔薇の数の思いのように、『1日中、貴女の事を想ってます。』

 でも本当は、もっと大きい花束にすればよかったと思っています。

 三十三本にして、『生まれ変わっても、貴女を愛す。』

 そして、もう一つ、最後には二十五本の花束を渡して、『貴女の幸せを祈っています。』ってたくさんの花束を渡したかったです。

 でも、この気持ちが碧さんに届けば良いなと思います。

 なんて、ちょっと照れくさいですね。

 僕はもう、お空に行きますけど、碧さんはたくさん、たくさん楽しい事をして、僕の好きな笑顔でいてください。

 元気に生活してください。

 僕の分まで、いっぱい楽しいことしてください。

 幸せになってください。

 押し付けてごめんなさい。

 でも、心からそう思ってます。

 ずっと、見守っています。

 大好きな碧さん。


 隆より…。」


 ポタポタと、紙に雫を溢れる。知らないうちに涙が出ていたみたいで、書いていた文字が滲んでいく。

 慌てて、服の袖で拭うけど、一度溢れ出たものは止めることができない。手紙に落ちないように、机の上に置く。

 声を押し殺して、両手を顔に当てて泣き続ける。暫くすると、泣いだだけじゃなくて、言葉も溢れ出す。


「私だって、私だって、伝えたいことがいっぱいあった…!大好き…、大好きだったんだよお!手紙じゃなくて、声で聞きたかった、直接聞きたかった!なんで、何で置いてくの!!どうしようもないことだって分かってる…。でも、私の文句くらい、聞いていきなさいよぉ!!」


 大き声で、必死に隆くんへの想いを吐き出す。もう届かないって、分かってる。でも、どうしても言葉にして吐き出したかった。

 どんな事をしても、気持ちが晴れるわけじゃない。

 そうだとしても、私の気持ちを誰に聞いて欲しいわけでも何でもないけど、言わないと心が辛くて、押し潰されそうだったから。そのまま、ずっと泣き続けていると、ふと、どこからか声が聞こえてきた気がした。


『大好きだよ…碧さん…。』


 聞こえてきた方の窓を見入ると、そこには見たこともないほど綺麗な白い一羽の鳥が木に止まっていた。

 一度、隆くんが言っていたことがあったような気がする。


『僕が死んじゃった時は、碧さんのところに白い鳥になって、会いに行くね。』


 そう言われた時は、何言ってんのって思わず言っちゃったけど、もしかして本当に、鳥になって会いにきてくれたんだろうか。


 普段の私だったら、きっとそんなはずないと思っていただろう。でも、きっとこの鳥は隆くんなんだと、そう思えた。

 布団からそっと降りて、いつも使っていた車椅子を使うことなく歩いて、窓まで向かう。

 そして、その鳥に向かって話しかける。




「本当に、最後まで勝手なんだから…。


 隆くんが言った通り、生きてやるわよ!


 大好きだって言ってくれた、この笑顔でね!


 そしておばあちゃんまで生きて、会いに行ってやるわ!


 その時は、殴ってやるんだから、待ってなさい!


 それと…大好きだよ、隆くん。」



 そう言って、私は精一杯の笑顔で鳥に向かって話す。すると、聞き届けたからか、白い綺麗な鳥は羽を広げて、青い空へと飛び立っていく。


 私は太陽で見えなくなるまで、見届けた。

 ずっと笑顔のまま。

 すると、扉を叩く音がする。

 私は笑顔で、それに応える。


「はい!どうぞ!」

『失礼します。』


 看護師さんがそっと扉を開ける。私の様子を見にきてくれたのだろうか。

 そっと、私を見ると、泣きそうな顔になって、両手を口元に当てている。

 そして、走って、私のところに来てくれる。


「た、立てたの!?碧ちゃん!大丈夫!?痛くない!?しんどくない!?」

「大丈夫です。今すっごく元気ですから。」

「そうなのね…。よかったわ…。あれ?碧ちゃん、今笑顔で…!」

「え?そうかな…?」

「笑顔で話してくれてるー!嬉しわ…!ありがとう!!」

「そんな大袈裟(おおげさ)ですよ…。」

「私は本当に嬉しんだから!あ、皆呼んで来なきゃ!」

「ま、待って!そこまでしなくて良いですから!!」


 大変な日々ではあるけれど、私は頑張って生きていくよ。

 隆くんが、好きだって言ってくれた笑顔で、たくさん歩いていく。

 この強い笑顔で。





 ずっと大好きだよ。






 隆くん。






 その気持ちを汲み取るかのように、窓側のバラが小さく揺れた。

最終話になります!

いかがだったでしょうか?


切なく悲しい話いですが、温かい気持ちになっていただけたら嬉しく思います。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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