あんなに楽しかったのに
恐れていた事態が起こってしまう。
翌朝、気持ちよく起きれることがでいたけど、花は萎びてしまっていて、寂しい気持ちになった。
そう考えた瞬間に、私は頭を思いっきり振って両手で頬を叩く。
違うんだ、そうじゃないんだ。私は、そう考えている場合じゃない。諦めさせないといけないのだから。
(頑張らないといけない。)
グッと両手に力を込めて、心を決める。
今度こそ、諦めさせるようにしなくてはいけない。
力強く考えていたら、コンコンと扉を叩く音がする。外から、彼の声が聞こえてくる。
『入っても良いですか…?』
「え、ええ、良いわよ。」
ちょっと動揺してしまったけど、バレてないとは思う。何でか、昨日よりも会うのにドキドキしている。
昨日はそんなことなかったのに、何でこんなにも胸が高鳴るのだろうか。そう考えると不思議な気持ちだ。
ちょっと胸の辺りを押さえて、鼓動を抑えようとしていると、扉の開く音がする。そして、ひょっこりと彼が顔を出す。 彼の顔はとてもニコニコしていて、こちらが悩んでいるのがバカバカしくなるほどに。
後ろ手には何かを持っているようで、紙のような物がちらりと見えるが、それが何かはわからない。
何だろうとは思うけど、それを気にしている場合ではない。彼に、どうにかして嫌われるようにしなければならない。
私は冷たい口調で話すようにと心がけて言葉を放つ。
「何よ。花束でも、持ってこれたっていうの?そんな嘘つくきなら…。」
「持ってきました!」
「そう、やっぱりむ、り…って、また!?そ、そんなはずないでしょう!?そんなすぐに持って来られるはずないわ!きっとまた、そこら辺に生えている花でしょう?それならもう終わりよ。これで話は終わったわね。早く出てってくれるかしら。」
「違います!今度は、ちゃんとした花束を持ってきました!」
「ちゃんとした花束って…、どうやって…。」
「それは秘密です。あ、その花束がこれです!」
「秘密って…、一体何した…ちょ、ちょっと!!何、薔薇の花束!!」
「これこそ、本当の花束ですよね!!」
「そ、そうだけど…、一体そんな花束どこで…。というか、その花束、大きくない!?しかも、多いわね!?何でこんなに大きいのよ…。」
一体、何が起こっているのかよくわからなかった。目の前には確かに、花束と呼ばれるものであった。
でも、どうやってそれを持って来たのか、私には分からない。後、花束にしたって本人も持つのが大変そうなほど大きい。それに何で薔薇だけなのかという、疑問もある。
普通に考えて、花束とはいろんな花が入ってできているものではないのだろうか。
私の拙い知識ではあるが、そんな感じであった気がする。私がよく分からず唸っていると、彼が話し出す。
「本当は、いろんな花を入れようと思ったんですが、調べていたら薔薇の本数には意味があるらしくて、その話を知ってその本数を用意してきました!」
「意味って…、薔薇の本数なんかに、何の意味があるっていうのよ…。」
「この薔薇の数、二十四本なんですが、その意味が『一日中貴女を想っています。』って意味なんです!僕の今の気持ちにピッタリで、この本数にしました!」
「…え…え、あ、はぁ!?ちょ、ちょっと、何言ってるのよ!」
「えへへ、本当のことですから!」
意味がわからなかった。最初言われても理解することができず、返事をすることができなかった。 私のことを一日中想ってるなんて、そんな人いるはずないと思っていたから、まさかそんなこと言われるなんて思ってもみなかったのだ。
薔薇の本数にそんな意味があるとも知らなかったし、それをわざわざ調べて買ってくるなんて、そんなことまでするとは思ってなかった。
私のことを、そこまで考えてくれる。もうそんな人なんて、いないと、思ってたの。
そう考えていたら、彼が、私ではない後ろの方を見ていることに気がついた。
一体何を見ているのだろうと思って後ろを見てみたら、そこには枕元に置いていた、昨日の花束がそこにはあった。
思わず、慌てて言い訳をしようとする。
「こ、これは!捨てるのはもったいないかなって思って…!」
「置いていてくれると持ってなかったので、すっごく嬉しいです!!」
「う、うるさいわねぇ!そんなんじゃないって言ってるでしょう!?」
「えへへ、それでも嬉しいんです!」
「人の話を聞かない人ね…!」
昨日の花束はもう萎れてしまってるのに、私は捨てることができないでいた。
ちょっと悲しい気持ちになったから置いていただけなのに、まさか彼にバレるなんて思ってなかった。
忘れてしまっていたなんて…。夜のうちにすぐ捨てればよかったと、後悔の念に駆られる。
悔しい気持ちになりつつ、それでも彼の顔が気になってチラッと見てみると、とても嬉しそうな顔をしていた。
あんなに昨日酷いことを言ったのにも関わらず、この大きな花束を持ってきてくれて、置いていた花束にとても嬉しそうにしてくれた。
この人は私の事を考えて笑顔でここに来て、私にまた花束を渡しに来てくれた。そう考えた瞬間、私の胸が高鳴るのを感じる。
私はもしかしたら、本当にこの彼に好かれているのかもしれない。いや、そう思ってはいけないと考えていた事を、消そうとする。
独りでいなければいけない。
たとえこの彼の気持ちを、踏み躙ってしまったとしても、私はこれ以上感情を爆発させない為に。
「もう!変な事言わないでちょうだい!花束…は…つ、罪はないから、置いてかえるといいわ。」
「花束、貰ってくれるんですか!?」
「そ!それに罪はないもの!」
「ありがとうございます!!やった!これで第一関門突破ですね!」
「え!?あ、まぁ…そう、なるわね…。」
「よっしゃ!じゃあ、次の要求はありますか!?何でも答えてみせます!」
「~~~~っ!!うるさいうるさい!もう!次の要求を言うわよ!」
「はい!」
そこからは、怒涛の一週間だった。
「鳩の羽を持ってきて!」
「はい!鳩の羽です!」
どんな要求をしても。
「数量限定のケーキを買ってきて。」
「はい!これですよね!」
「え!?本当にあの有名店のケーキ!?」
どんなに無理なことを言っても。
「新しく発売された本を買ってきて。」
「はい!この本ですよね!」
「テレビではもう売り切れてたのに、どうやって!?」
私しか知らないことを言っても。
「私の好きなものを持ってきて!」
「このプリン、お好きでしたよね?」
「何で知ってるのよ!?」
少し値が張るものを言っても。
「この本に載ってるバックを買ってきて。」
「これ…ですか?」
「そうよ、何か悪い?」
「いえ!わかりました!」
「これですよね!本に載ってたの!」
「ちょ、嘘でしょ!?」
私の好みのものでないとわかっているとしても。
「このギラギラしたスマホケース買ってきて。」
「これお好きでないのでは…?」
「いいから買ってきて!」
「はい、これですよね!」
「どこのお店かも教えてないのに、どうやって!?」
もうどこにも売ってないとされるものでも。
「この可愛い服買ってきて。」
「これって…売り切れって書いてますけど…?」
「私が欲しいって言ってるのに、無理なの?ならいいわ。これで終わり…。」
「いえ!買ってきますね!」
「え、これ無くなってるのよ!?」
「はい!これですよね!」
「本当にどうやって買ってくるのよ!!」
一週間、何を言っても諦める様子は全くなかった。しかも私の無理な要求に、最も簡単に答えてくる。
こんな無理な事を叶えてくるのかもわからない。どうやっても叶わないはずの、無理な内容もあったはずだ。
だって、お店の名前も知らせてないところもあったり、行きにくいところもあったり、もうないはずの服もあったりしたから、そんなものをどうやって見つけれたのかが私にはわからなかった。
でも、どんな要求にも、楽しそうに嬉しそうに答えてくれる。
その姿が、私には眩しく映った。
けれど、ずっと交流していく中で、私は心の冷たい感じが溶けていくのを感じた。
いつも彼が、屈託のない笑顔で私に問いかけてくる。
「へへ!次の要求を教えてください!」
そう言って、私に笑顔を見せてきてくれる。彼の笑顔が、嫌な感じもしないし、嘘をついている感じもしなかった。
その感じがとても嬉しくて、心地よかった。この時間が幸せに感じてた。
すると、私も自然と笑顔が溢れるようになっていった。
どんなことを言っても、叶えてくれることよりも、私に対する溢れ出てくる気持ちが、私にとって心地よかったから。
気がついたら、要求だけ話すのではなく、普通の話をするようにもなった。
「今日、何だか暑くない?」
「そういえば暑いような…?」
「何で感じないのよ。」
「いつも、碧さんと会ってたら、気持ちが高まって暑くなってるから、わかんないんです!」
「…はぁ!?な、何言っちゃってんの!?意味わかんない!」
「だって、本当のことなのに…。」
「あ!今、敬語じゃなくなった!」
「え?あ!忘れてた!」
「いいわよ。敬語無くしなさいよ。私だけって、おかしいでしょ?」
「それってもしかして…寂しいとか?」
「そ、そんなわけないでしょ!調子に乗るところ、よくないわよ!」
「あはは!冗談だよ!これからは、敬語なしで話すね。それと僕の事は、隆って呼んで!僕は碧さんって呼ぶね。」
「え!?そ、それは…えっと…その…た、隆くん…?」
「…え?待って、今、僕の名前呼んだ!?」
「き、気のせいじゃない?」
「気のせいじゃないよ!やったー!嬉しい!!」
「う、うるさい!周りに響くでしょ!」
「だって、嬉しいんだもん!」
「…ふふ、変な隆くん。」
「その言葉は、返すなぁ。変な碧さん。」
「えー、ずるいなぁ。」
「へへへ。」
「ふふふ。」
彼、隆くんと会う時間は、私にとって、何よりも大切な時間になっていった。会って話すだけで、幸せな気持ちになれた。
こんな日々が続けばいいと思っていた。
それくらい、隆くんと話す時間が大切なものになっていた。
でも、そんなこと、起こるわけなかったんだ。