『この色は誰のもの』
一話完結の短編です。春夏秋冬…全てが混ざり合った世界はきっと美しくて汚いんだろうと思い、この作品を制作しました。
近く金曜日。土曜の暑さと木曜の涼しさが混ざり合い、とても心地のいい気温だった。蝉はミンミンと鳴いているし、コオロギは音楽を奏でている。畳の上でゴロンと大の字で転がっている私はそのうるささに耳を塞いでいた。障子の向こうには和風庭園があり、葉のない木が数本立っていた。桜も咲いているし、いい風景とは言えなかった。
「あぁ〜もう!…はぁ…うるさいなぁ、視界もうるさいし、なんなんだよ」
色と色が混ざり合い、茶色になった視界は黒くくすんでぼやけていった。天井にあるランプは黒くくすんでおり、古びていた。明かりは障子から入ってくる太陽の暑苦しい光だけ。
頭の向こうには和人形、そして無地の掛け軸があった。体の下、背中に面している畳は焼け、茶色になり縁は青く模様があった。
「ほら、嬢ちゃん。そんな格好しないでください。お抹茶をお飲み。先ほど来賓していた方々のお抹茶のついでです。氷水で作りましたから冷たくて美味しいですよ」
「あぁ、ありがとうございます」
白い着物に緑の帯の上を纏い、灰色の簪を付けた女性が障子の反対側にある古い障子から現れた。手にはお盆と、お盆に乗った冷えたお茶碗にあるお抹茶と和菓子、それと漬物だった。漬物は「私のですから気にしないで」と言いお盆を置いた瞬間女性は手に取った。私は正座をしてお抹茶を右手からもち、神様に感謝をしてから飲み始めた。本当はお抹茶の苦さを調整するために和菓子を先に食べるが、甘さなど要らなかった。
しっかり冷えたお抹茶と、熱い空気が混ざり合って、飲みやすい冷えたお抹茶になっていた。
「あらあら?和菓子はいいのですか」
「いえ、少し気分ではなかったので先にお抹茶をいただきました」
ずずずっと音を立ててから私は言う。
「すっかり夏ですね。こんなに青々として、きっと葉っぱ達は元気でしょうね」
「そうですね」
間髪入れずに相槌を打つ、目線は手に持ったお抹茶を指している。
お茶碗を置いてから向日葵の形をした和菓子を頂く。断面は餡子達が綺麗に並び、絵のようになっていた。そんな和菓子を食べ始める。とても甘く、苦かった。
女性はというと漬物を箸でつまみ、小さい口に運んでいた。
「漬物は…きゅうりですか?」
「ん…?えぇ。とても美味しいですよ。一週間程つけましたから、そこそこ染みています。嬢ちゃんは苦手でしたっけ?お漬物は」
四分割にして食べ終えた和菓子の皿をお茶碗の横に置く、感謝をしてから振られた話題を拾い直す。
「……はい。なんとも言えない苦味というか味が苦手です。あと、食感も」
「そうですか…。……残念ですね。栄養もいいのに」
女性の言葉に嬢ちゃんはピクリと身体を震わせる。目は開き驚愕したような顔をすぐさま戻し真顔と憂いを混ぜた表情を魅せる。手は膝に行儀よく起き女性の方をしっかりと見てしっかり物を言う。
「ありがとうございました…。さげますね。片付けが終わったあと自室にいます。なにかあったら自室へと来てくださると嬉しいです」
「あぁ、ありがとう。わかりました。私めのほうも台所か…一階にいますからお願いします」
嬢ちゃんは冷えたお茶碗と和菓子の乗っていた皿と漬物があった皿と箸の乗ったお盆を軽々持つ。お盆は少しひんやりしていて、木目を模したデザインがザラザラとしている。女性のいる部屋を出て障子を閉める。障子の向こうにはさんさんと光る太陽のぼやけた光と女性の影があり、人が居ると、そう、感じさせられた。お盆を両手で持ち少し離れた台所へ向かう。
ついたら洗い場に汚れた食器達をお盆から離していく。蛇口から出る山からくる天然水はとても冷たく熱い空気には真逆の温度だった。
騒々しい音は耳に届かず無心で洗い物を済ます。冷えた手を乾いたタオルに押し付けお盆を少し拭いてから棚に戻す。そんなことをして嬢ちゃんの目指すのは自身の部屋。この家は二階建ての古い家、そんな家の二階にある自身の部屋は安堵の場所だ。そんな所へ向かうために二階に続く階段を登る。
「…駄目だ」
突然泣き崩れそうになる嬢ちゃんは登っていた木の階段を降り、先程までいた今は女性しかいない部屋へと向かう。荒々しく降りるとドタドタとうるさくなるがそんなことをお構いなしに鼓膜を破るほどの騒音を鳴らす。熱い空気が冬になり凍り始めていく。歯は歯軋りをして苦味とほのかにある血の香りが混じり気持ち悪く吐き気を催す口になっていた。視界はくらみ明るいはずの場所は黒く霞んでいく。隅はぼやけあやふやになっていく。何もかもが感じにくくなっていきなんの匂いを覚えてなんの匂いを今感じているのかさえわからない。
(あ…うぇ…。あ、なにも視えない。なにも聞こえない。なにも感じない。なにも匂いがない。なにも…無味だ。なにも、なにも…わからない。はっ…あ…れ?光が…見える。聴こえる…ふふぁ…うぐ…まって…動いて…障子を開けて…あ…)
階段を崩れるようにドタドタと下り目の前に迫る障子を力を振り絞って開ける。その向こうには目が眩むほどの眩しい太陽の光と奥の庭には灰色と混ざった緑色の青々しい草共がいた。そしてその前には白い着物が灰色に見え緑の帯は光の加減でオレンジ色に見えた。簪は灰色から青や紫、金色など様々な色が見えた。
「まっ…て…疑わ…ないで。不思議に…思わないで…よ…。御義母様…ぁ…!!」
薄ら薄らと見えていた風景は消え、その言葉に対する声は未来ずっとなかった。
終
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