弟子の成長はなんとやら
五歳になった。相変わらず、毎日のように訓練をして力を蓄える日々。一年で何かが変わったわけでもなく、良くも悪くも『順調』な日々だ。
そんな私とは打って変わって、私の一番弟子であるザックの成長ぶりは著しいものだった。初日は一太刀交えるだけで首を取られていたというのに、今は私が手加減をすればまともに打ち合うことも可能なほど強くなっている。
驚いたのは、魔法の才能にも恵まれていたことだ。お姉ちゃんのような特化型ではなく、私のようなバランス型の才能。マナの貯蔵量も多いらしく、私と同じく魔法剣士を目指して日々鍛錬を積んでいる。
更に更に驚いたことに、前世の私が編み出した剣術、アニュエ流剣術の一部まで習得してしまっている。魔法だけではなく、剣術の才能にも恵まれているらしい。独学ではなく、師がつけばここまで化けるのかと驚くほどに。当初は、仕方なく弟子にした、というのが理由の大半を占めていたものの……今は、メキメキと実力を上げるザックを育てるのが楽しいという気持ちさえ芽生えている。世の実力者たちが弟子を取りたがる理由も分かる気がした。
ただ、まあ……才能はあるかもしれないけれど、まだ実戦経験もない五歳の子供だ。
「ほい」
「うぉっ」
姿勢を低くして、ザックの木剣の柄を真下から蹴り上げる。油断していたのか、木剣はそのままくるくると回転しながら宙を舞い、少し離れた地面に突き刺さった。
『やられた』といった様子で頭を掻きながら、ザックは木剣まで歩いていき、引き抜く。近くに設置した木の椅子に座ると、汗を拭う。
「まだまだですな、ザックくん」
その隣に座り、伸びをする。休憩を快適に、と思って椅子を設置したのは成功だ。あまりにも疲労が溜まってしまった時は、椅子を使わずに寝転がることも多いけれど。
ザックは隣に座る私の顔を、恨めしそうに見ている。殆ど疲れている様子もないためだろう。手加減して戦っているのだから、疲れるはずもない。
とは言っても、一年前のように、『敵視』するような視線ではなかった。たった一年で、私のことを『目障りな奴』ではなく『ライバル』『師匠』として認識を改めたのは、実は素直なザックの性格故だろう。こちらとしてもやりやすくて助かる限りだ。
「ちくしょう……今日こそはやれると思ったのによ」
「それはどうかなぁ。この程度でへばってるようじゃ、まだ先は長いんじゃない?」
「余裕ぶっこきやがってよ……」
「余裕だからねぇ」
カバンから水袋を取り出してザックに放り投げる。近くの農場でもらったレモラの果汁を入れた、疲労回復に役立つ優れものだ。弟子への支給品として、訓練のある日は毎回用意している。
「まだまだ注意が足りてないね。今のだって、咄嗟に体をひねれば避けられたのに」
私がそう言うと、ザックはひねくれたように口を尖らせる。
「分かってるけどさ。あんなもん、咄嗟に避けられねえって」
「実戦じゃ今のでザックは戦死。はい残念。また来世にご期待ください、って感じだから、何が何でも避けてもらわないと困るんだよね」
「それは……そうだけどよ」
酷いことを言うようだが、間違ったことを言っているつもりはない。私たちは何も、おままごとをするために訓練をしているわけではない。いずれ来るであろう『実戦』に備えて訓練をしている。瘴気を吸って凶暴化した獣である魔獣が相手ならば、それほど知性が高いわけでもないけれど……瘴気そのものが意思と肉体を獲得した魔物や、人間相手ならばそう上手くはいくまい。手加減をしない分、私なんかよりももっとタチが悪い。
そんな相手と戦う機会が、この村の人間にあるかどうかはさておき……見据えるところはもちろん、そんな連中と戦っても死なず、勝ち、生き残る力。故に、私はザックに対して、手加減はしているものの『甘やかす』つまりは毛頭ない。甘えが出れば、それはきっと死に繋がるだろうから。
ただ、まあ、それはそれとして……ザックは、適度に褒めておかないと、気が滅入って実力を発揮できないタイプの人間だ。そこのフォローはしておかないといけない。
「ま、そんなに気を落とさなくてもいいんじゃない? 村の子供たちの中じゃ、ザックは強い方だよ。多分」
私の言葉に、ザックは呆れたように首を振り、ため息をこぼした。
「そりゃあ、お前に鍛えられてるからな。強くなってなくちゃおかしいだろ」
「お、師匠を褒めても何も出ないよ。訓練は厳しくなるけどね」
「なんでだよ」
顔を引き攣らせるザック。水を一口飲むと、今度は何やら真剣な面持ちになる。
「……なあ、ずっと聞きたかったんだけどさ」
「ん? なに?」
改まって聞くものだから、思わず、目が合ってしまった。
「お前、なんでそんなに強いの?」
ザックの疑問は、私が『いつか聞かれるだろうな』と思って身構えていたものだった。そりゃあ、そうだろう。同い年の、それも女の子が、師匠もいない状態でここまで強ければ……逆の立場なら、私だって気になると思う。
「正直、村の大人より強く見えるんだよ、アニュエは。体格差とか抜きにしても、アニュエに勝てる人が思い浮かばない」
「どうかなぁ。今の村長とか、睨まれただけで怯んじゃうけどね、私」
「はは、確かに」
二年前に代替わりした強面の新村長の顔を思い浮かべながら、私たちは笑う。今の答えは、ただ質問を横からすり抜けただけで、これが答えになるとは思っていない。
「……なんでこんなに強いのか、かぁ。難しいこと聞くね」
「そうか?」
腕を組み、わざとらしく考えるような素振りを見せる。ザックはまだ五歳で、幼い。難しい言葉を並べれば誤魔化すこともできるだろうし、逆に、簡単な言葉を並べて納得させることもできる。
どう答えるのが正しいのか、今の私には分からない。実は人生が二度目で、前世で最強の剣士だったから今世でも最強なんだ、とか言っても信じてもらえる気がしない。仮に信じてもらえたとて、その噂がどこかから広まれば、私は元の生活には戻れないだろう。
暫く考えて、やがて、答えを導き出した。
「真面目に訓練を続けて、私に才能があったから、かな」
「あー……やっぱ才能かぁ。そうだよな、この世の中、才能が全てだよなぁ。才能ある奴が努力すんのが一番強いに決まってるし」
あからさまに項垂れるザック。嘘をついたつもりはないし、何とか上手く誤魔化せたみたいだ。
「なにへこたれてんの。ザックには間違いなく才能があるし、私が師匠なんだから、強くなれるに決まってんでしょ。真面目に続けるなら、この国一番の剣士にでもしてあげるよ」
「他ならぬお前のせいで自信無くしてんだよ……強すぎんだろ。手加減されてるのに一度も当てられないって、どんだけ差があんだよ」
「たった一年で師匠を越えようなんて甘い甘い。せめて一〇年続けてから言いなさいな」
「とんでもねえ師匠を持っちまったなぁ」
苦笑する。師匠というものを務めるのが初めてだから、このやり方が正しいのかどうかすら分からない。間違ってはいないだろう、恐らく。ザックは順調に強くなっているし、このまま心が折れなければ、本当にこの国一番の剣士にでもなってしまうかもしれない。
そんな話をしていると、突然、何かを思い出したようにザックが声をあげた。
「ん……そういや、そろそろ行かなくていいのか? 剣の修繕、今日には終わるんだろ?」
「あ、そうだった。もうそろそろ終わる頃かな」
日はまだ高い。お昼過ぎ、といったところだ。
実は……去年、つまり四歳の誕生日の少し後に完成したバッツさんの剣を、完成から僅か半年で折ってしまったのだ。無茶な使い方をしたつもりはない。バッツさん曰く、想定よりも剣に負担がかかってしまったために折れたそうだ。アニュエ流剣術の訓練をしていたことくらいしか、心当たりがない。
『もっと良いものを使って打ち直す』と、バッツさんは気合を入れていた。その材料の確保やらに時間がかかり、今日が完成予定日だった。
「親父が打った剣をたった半年で折るって、どんな使い方すればできんだよ」
「ふ、普通に使ってただけなのに……」
「本当かぁ……?」
怪しむような視線を向けるザックを無視し、私は立ち上がる。木剣を腰に差し、カバンを肩からかけた。
「じゃ、今日はここまで。明日は私に勝てるといいね」
「言ってろ。すぐに勝つからよ」
威勢の良い言葉を受けながら、私は広場を後にした。




