神様というやつ
「うわ、雨じゃん」
朝起きて第一声が、それだった。
窓から外を眺めると、当分止みそうにないほどの豪雨。今日はいつもの広場で、ザックと剣術の訓練を約束していたものの、この雨では到底できそうにもない。雨天中止というのは前々から話し合って決めていたことだし、今日は家の中で大人しくしているしかない。
「うーむ……しかし久しぶりの雨といわれても……何をしようか……」
外を出歩くのも躊躇うほどの豪雨は久しぶりだ。こんな日には家族との親交を深めるのも手だけど……折角だし、書庫にあるまだ手を付けていない本でも読んでみようか。ネヴェルカナンのことはまだ勉強途中だし、こんな日くらいしか勉強する暇もない。
というわけで部屋を出て書庫へ向かおうとすると、先に起きていたのか、扉の外でバッタリと、お姉ちゃんに遭遇した。
「あ、お姉ちゃん。おはよ」
以前は常に何かに怯えたように、臆病な性格だったお姉ちゃんだったけど、あの日、魔法のことを教えてからは、勉強が楽しいのか一転して明るい性格になった。自分に自信がついたおかげだろう。今では、村の子供たちの中で一番の魔法の使い手として、ちょっとした注目を集めている。
「おはよう、アニュエ。どこかへ行くところ?」
「ううん。雨降ってるし、本でも読もうかなって。何か用事でもあった?」
そう問いかけると、お姉ちゃんは不満そうに口を尖らせた。どうやら、お姉ちゃんもこの雨の被害者らしい。
「それ、私も一緒にいい? 雨が降ってるせいで火の魔法の練習ができなくて、暇になっちゃって」
理由を聞いて、納得した。お姉ちゃんは火の魔法に特化していて、この村の基本的な建物は木造。つまるところ、屋外でないと魔法の練習ができないのに、外はあいにくの大雨。家の中で得意の火の魔法の練習をするのはあまりにも危険だということで、中断したらしい。
そんなことなら断る理由はない。家族との親交を深め、勉強もできる良い機会だ。
「確かに……この雨じゃ、外じゃ練習できないもんね。いいよ、お姉ちゃん。一緒に行こっ」
お姉ちゃんの手を取って、書庫へ向かう。お父さんはどこかへ出掛けているようで、姿が見えなかった。お母さんはリビングで寛いでいるようだ。
書庫へ向かうと、少し埃っぽい臭いがする。ここ最近は訓練ばかりであまり来ていなかったからだろう。
ランタンに魔法で火を灯し、本棚の前に立つ。魔法や剣術の本にはあまり興味がない。というよりも、読んだところで大した収穫がないと言った方が正しいか。
「ふーむ……」
「迷ってる?」
ひょこりと、横から顔を出すお姉ちゃん。その手には剣術や体術といった、戦闘技術が記された本が数冊。この間お母さんから聞いた話では、本格的に魔法使いとなるために猛勉強中らしい。
「できれば、そこそこ面白くて、そこそこ役に立つ本がいい……」
「難しい注文だなぁ。あ、そうだ、これは? この世界の神様が出てくる本。前に読んだけど、意外と面白かったよ」
そう言って、上段にあった本を抜き取る。魔法の教本よりは薄いものの、縦に長い。濃い緑の表紙には、何やら物凄い達筆でタイトルが綴られているものの、達筆すぎて読めない。
あまり気乗りはしなかった。オルタスフィアにも『邪神』なんてものがいたくらいだから、神様ってやつは確かに存在するんだろうけど……それが今後の人生に役立つかと言われると、微妙なところだ。
あくまで、一般教養というやつだろう。手渡されたそれをパラパラと捲ると、一ページ辺りの文字数はかなり多いように見えた。
「神様の……? 小難しくない……?」
「まあまあ。試しに読んでみなよ」
そう促され、他に読むものも思いつかなかった私は、地面に座り込んで渡された本を開いた。一ページ目からいきなり、神様の家系図のようなものが数ページにわたって描かれている。
恐らく、一番上に記されている神様が、一番偉いのだろう。注釈を読んでみると、『創世神アダム』と『創世神イヴ』という名前が記されていた。
「……ふーん?」
少々引っかかるところがありながらも、中身が気になった私は、ページをめくって本を読み進めた。思っていたよりも小難しいものではなく、神様のやらかしエピソードや武勇伝などがそれぞれ綴られていて、お姉ちゃんの言う通り、意外と面白い。
特に何体か気になる神様に目をつけた私は、その神様のことが綴られているページに釘付けになっていた。あまりにも熱中していたものだから、隣で本を読んでいたお姉ちゃんが、気になって声をかけてきたほどだ。
「……そんなに熱中するほど気になる神様、いたの?」
「え? ああ、うん。面白い神様がいるんだなぁって思ってね。ほら、魂を司る女神様とか」
私が見せたページには、魂を司るとされる『シエレー』なる女神のことが記されていた。なんでも、『魂の輪』なるものに死者の魂を還し、輪を巡ってきた魂に再び命を与え、この世に送り出すことができるらしい。
……もちろん、気になったのはその逸話が単に面白かったから、ではない。輪を巡り、再び送り出される魂。それ即ち転生。私の転生の裏には、この女神が絡んでいるのではないか?
お姉ちゃんは、私が指差した魂の女神のページをまじまじと見つめていた。『へぇ』『ふぅん』などと呆けた声を出している。
「転生かぁ……じゃあ、私たちも元は他の誰かだった、ってことなのかな」
「前世、っていうやつ? どうだろ……記憶もないし、分かんないや。どっちにせよ、今私が、お姉ちゃんの妹だって事実は変わらないし」
「良いこと言うなぁ、アニュエは。ロマンチストってやつだね」
「へへ、そうかな」
実際はめちゃくちゃ普通に前世の記憶があるのだが、それを話すとややこしい話になってくるので割愛だ。
それから、気付けば辺りが暗くなって雨が上がるまで本を読み耽っていた私たちは、お母さんの夕飯の合図を聞いて書庫を後にした。お姉ちゃんは読み切れなかった剣術の本を。私もまた、神様の本を手に、リビングへ向かった。
(創世神イヴ……邪神イヴリース……名前は似てるけど、まさかね……)
ほんの少し、心に引っかかっていた疑念は、夕飯を食べる頃にはすっかり消えていた。恐らく、もう、思い出すことはないだろう。




