一番弟子
——四歳児なりの、何か信念のようなものを賭けた戦いが始まった。そう、思っていた。
「……え?」
思った瞬間には、既に、雌雄は決していた。
ザックの一撃。振り下ろしを受け止め、受け流し、ザックのバランスが崩れたところに足をかけ転ばせると、起き上がろうとするその顔面に剣を突きつける。ただそれだけで、勝敗はついてしまった。
時間にしておよそ五秒ほど。仰向けに倒れるザックは『信じられない』といった様子で、目を見開き、突きつけられる切先を見つめていた。
「ザック……もしかして、私が思ってたより弱い?」
「うるせぇ! 弱いとか言うなよ!」
剣を収めると、ザックは半泣きになりながら服に付いた土を払い、立ち上がる。一本勝負という約束を守ってか、それ以上突っかかってくる様子はない。
哀愁の漂う背中だ。実際に剣を交えるのはこれが初めてだけど、普段の訓練の様子からもう少し戦えるのだと思っていた。想定外の事態というやつだ。
流石に、気まずい。本当は適度に打ち込ませたのを軽くいなして、突っかかってくる気力を失わせてやろうと思っていたのに、一撃で決まってしまうとは。ほんの少しだけ罪悪感を覚えてしまうほどだ。
「えーっと……ほら、私たち、まだ四歳だし。まだまだ未来は続くよ」
「励ましになってねぇよ! 同い年のやつに負けてんだから!」
「それもそうか……」
なんで私が怒られているんだろう。若干の理不尽さを覚えながら、なんと声をかければ励ませるのか、頭の中を色んな言葉が駆け巡る。
そうだ。前世でどこかのお偉いさんが言っていた言葉がある。こういう時にこそ相応しい言葉だ。
「ちくしょう……なんでお前、そんなに強いんだよ……何が違うってんだよ……」
「その……ほら。ザックも強くなれるよ、きっと。挫折は若いうちに味わっておけ、って言うでしょ?」
「なんでそんな渋いことを四歳のお前が言うんだよ……おかしいだろ……」
「うぐぅっ」
本当に、なんで私が怒られているんだろう。理不尽だ。そもそも勝負を挑んできたのはザックなのに。
そうこうしているうちに、ザックはどんどん気が沈んでいるようで、体まで地面に沈み込んでいるように見えた。私はこれっぽっちも悪くないのだが、これを放置していては寝覚めが悪いだろう。
何か良い方法はないか。脳みそをフル回転させながら考えると、一つだけ、方法が思い浮かんだ。この場を丸く収めることもできて、私にもザックにもメリットがある方法だ。
だがしかし……私にのみ、デメリットがある。そのデメリットを受け入れることが、今後の私の人生にどういう影響を及ぼすのかは、正直言って、分からない。
ただ、メリットはかなり大きい。私にとっても、ザックにとっても、この村にとっても。
「……ったくもう、仕方ないなぁ」
他に方法ないかと、諦めた。大きなため息をこぼしてから、落ち込むザックに怒声を浴びせる。
「ザック!」
名前を呼ばれたザックは肩をびくりと震わせ、ゆっくりと顔をあげる。困惑している表情だ。
「な、なんだよ……いきなり大声出して……」
「いいから、よく見てて」
私はその辺に落ちてあった落ち葉を三枚掴み、風の魔法で空高くに浮遊させる。そして剣を構え、魔法を解除した。
ひらりひらりと、不規則な軌道を描いて落下する落ち葉たち。私はその全てを視界に捉えて、剣を引き抜いた。
「アニュエ流剣術……瞬連斬」
刹那、目にも留まらぬ速度で振り抜かれた剣は、まるで一度の斬撃が分裂したかのように、同時に三枚の落ち葉を斬り裂いた。
いくつかの技術を複合させて放つ斬撃、瞬連斬。他の剣士が一度斬るよりも早く、複数回の斬撃を叩き込む技だ。この肉体ではまだ三連撃が限界ではあるものの、訓練次第ではまだまだ回数を伸ばすことができる。
恐らく、まだ未熟なザックの目には、一度の斬撃すらも映らなかっただろう。何やら腕がブレたかと思えば、次の瞬間には三枚の落ち葉が同時に斬られていた。そのように映っているはず。
その証拠に、先ほどまでの混乱などどこへいったのやら、大きく目を見開いて『興味』と『関心』の視線を向けていた。
「もし……今日起きたことと、これから起きることを、他の人に言わないって約束できるなら」
剣を払って収め、ザックの前に立つ。
「私が、ザックの師匠になってあげる」
私がそう告げると、ザックは目をぱちくりと動かし、何度か噛みながら答えた。
「し、師匠……?」
「うん。師匠は弟子を見捨てない。だから、ザックが私と同じくらい……は無理でも、私の次くらいには強くなれるよう、教えてあげる」
それは、私にとってもザックにとってもメリットのある話だった。ザック側のメリットは言わずもがな、強くなれること。そしてゆくゆくは、村の防衛力の拡張にも繋がるだろう。良いことだらけだ。
対する私のメリットは、ザックを味方に引き入れることで、今日の出来事の口外を禁ずることができる点。更に言えば、一人でいるよりも二人でいた方が、色々と口実を作ることができる点だ。
ただしこの案、私には明確なデメリットがある。それはもちろん、ザックを弟子にすることそれ自体だ。一人での訓練の時間は減るだろうし、ザックが口を滑らさないという保証もない。いつ噛んでくるともしれない毒のある生き物を抱えながら歩いていくようなものだ。
が、しかし。正直、この案以外思い浮かばない。そもそも私は戦闘担当であって、頭を使う仕事は苦手だった。全ては私の話術次第。
「……お前の弟子になれば、今みたいな技、使えるようになるのか?」
ザックがそう問いかける。私が考案した『アニュエ流剣術』の使用者は私しかいないものの、それはあくまで前世の私が弟子を取ってこなかったが故。剣術の才能があれば、私と同じ域には達せずとも、扱うことは難しくないはずだ。
「あんなの序の口だよ。アニュエ流剣術の真骨頂はあんなもんじゃないよ」
「じゃあ、俺……強くなって、村を守れんのか?」
ザックが私を見つめる。その瞳には、確かな意思が宿っていた。
バッツさんが言っていた。ザックは将来、剣士になってこの村を守ることが夢なのだと。バッツさんは『男ならそんなちっぽけな夢に縋るな』と言って笑っていたけれど……。
でも、ザックは本気だろう。こいつは、いきなり私に斬りかかってくるようなやんちゃな性格ではあるものの、家族や村のことを何よりも大切に思っている。はず。
「……大丈夫。この辺の魔獣とか魔物相手なら、負け無しってくらい、強くしてあげる」
私がそう答えると、ザックは一度俯き、そして、再び前を向いた。
「——分かったよ、アニュエ。俺を……俺の、師匠になってくれ!」
力強い、張り上げた声だった。悪くない。
私は内心満足げに、それをあまり表情には出さないよう慎重になりながら、ザックに微笑んだ。
「じゃあ、ザックは私の一番弟子。これから先、何があっても、私はザックを見捨てないから。だから、一生懸命、訓練に励むように」
「う、うす! ……みたいな感じでいいのか?」
「別に普段通りでいいよ……あと、さっきも言ったけど、くれぐれもこのことは皆には秘密ね。私がこんなに強いってことも秘密だから」
なぜ秘密にするのかという点に疑問を抱いているのか、ザックは少し首を傾げながらも、やがて首を縦に振る。
「分かった。……あ、でも、親父にはバレるだろ? 剣を打ってもらうんだから」
「それはそれ、これはこれ! 私から話すからザックは口外厳禁! 分かったら返事!」
「う、うす!」
力強い返事が、響き渡る。
そうして、私は前世も含めて初めての弟子をとることになった。ずっと目の敵にされてきたけれど、そのうちライバルみたいな関係になるのかな。そんな期待を抱きながら……とりあえず、いきなり斬りかかってきた罰として、木剣で頭頂部を殴っておいた。




