魔法の素質
書庫に入り浸るようになってから早数ヶ月。簡単な本で文字の法則性を掴み、今ではどんな本でも難なく読むことができるようになった。やはり、この辺りは前世を生きてきた経験がものを言う。
そして、書庫にある色々な本を読み漁ったことで確定した事実がいくつか。
まず、この世界がオルタスフィアではないことは確定。この世界はどうやら『ネヴェルカナン』と呼ばれているそうで、リットモール、ミドルフォール、グランバレーと呼ばれる三つの大陸で構成されている。お母さんに聞いたら、私たちが暮らすこの村は、三つの大陸で最も小さなリットモールに位置しているらしい。
それから、オルタスフィアと同じく『魔法』が存在していること。もっとも、本を読む限りでは、全くの別物と見ていいけれど。
「ふむふむ……こっちの世界じゃ、エーテルとかマナって概念は存在してないんだね」
オルタスフィアでは、魔法は『世界を書き換える技』だとされてきた。世界中のありとあらゆるものに存在するプレーンエーテルというエネルギーを体内に取り込み、マナというエネルギーに変換したのち、そのマナを用いてプレーンエーテルを書き換えることで事象の変化を促す。そうすることで、炎を発生させたり大地を隆起させたり、あるいは傷を治したり幻覚を見せたり。
一方、ネヴェルカナンでは魔法は『精霊による奇跡の御技』だと考えられているらしい。言霊……『詠唱』とやらを通じて、この世界に存在する精霊たちに呼び掛け、奇跡を起こすのだと。
結果的に引き起こされるものは同じだ。ただ、過程が違う。オルタスフィアでは、指にマナを纏わせてエーテルを書き換える方法が主流だったけど、こちらでは杖を構えて呪文を詠唱するのが主流らしい。必要な道具、媒体も若干異なる。
「詠唱、詠唱かぁ……オルタスフィアでも、大昔は『言葉』でエーテルを書き換えてたらしいけど、どんな魔法を使うのかが相手に丸分かりっていうので廃れたとか何とか……」
無駄だとは分かっていても、試しに左手の人差し指にマナを纏ってみる。そよ風を生み出すように、いつもの感覚で、魔法を使おうとした。
すると——どうだろうか。オルタスフィア式の魔法と同じ方法だったのにもかかわらず、密室の中で髪を揺らすほどのそよ風が発生したのだ。
「……?」
気のせいか? そう思って、もう一度事象の書き換えを行う。今度はもう少し強く、風を引き起こすつもりで。
人差し指で世界を書き換え、魔法を行使する。と、今度は先ほどよりも強く風が吹いた。これはもう、気のせいとか、そういう類の話ではない。書庫は密室で、風が吹き抜ける隙間もない。
「精霊、詠唱……エーテル……」
どういうことかと、頭の中で点と点を繋げていく。そして、ある考えに行き着いた。
「……そうか。単に、名称の違いか……」
恐らく、この世界における精霊とやらと、前の世界におけるエーテルは、同質のものなのだろう。オルタスフィアでは『エネルギー』として扱っていたそれらを、ネヴェルカナンでは『神秘的な存在』として扱ってきた。ただ、それだけの話だ。何も難しい話ではない。
そうと分かれば話は早い。魔法に関しては、追加で覚えなければならないことは、それほどない。人前では極力、詠唱しているフリをした方がいいというくらいだろう。
どちらかと言うと、気になるのは。
「……マナの動きが、スムーズだ」
左手の手のひらを眺め、そう呟く。
魔法の才能というのはいくつかの種類に分かれていて、『貯蔵できるマナの最大量』、『肉体のマナに対する柔軟性』、『エーテル書き換えの際のマナの消費効率』などがある。この三つの中だけで言えば、どう足掻いても後天的にどうにもならないのは『貯蔵できるマナの最大量』だが、それ以外の要素も、努力では到達できない段階というものが存在する。
前世の私……アニュエ・ストランダーは、類稀なる身体能力には恵まれたものの、魔法の才能に関しては中の下……良くて中の中といったところか。正直言って、本職の魔法使いと比べれば赤子も同然といったレベルだった。
それが、どうだ。この体、アニュエ・バースとしての体は。マナが驚くほど肉体に馴染み、事象の書き換えでもロスがない。貯蔵量の限界は分からないが、明らかに前世の私よりも魔法の才能に秀でている。
偉い人曰く、魔法の才能はその大半が遺伝によるもの。ならば、両親のどちらか、あるいはその先祖に高名な魔法使いがいたのかもしれない。
「僥倖……まさかここにきて、魔法の才能に恵まれるなんて。あとは、前世並みの身体能力があれば文句無しなんだけど……」
身体能力に関しては、訓練でもしなければ測定のしようもない。そろそろ書庫に引き篭もるのはやめて、外で体を動かす頃合いだろう。
「ふっ、ふふっ……た、楽しくなってきちゃった……」
思わぬところで、前世では手に入れることのできなかったものを手に入れた私。鍛錬の仕方だって覚えてるし、これはもしかすると、前世の私をも超える力が手に入るかもしれない。そんな力をどこで使うのかは、甚だ疑問だが。
「よし、やるぞ……剣聖ちゃん再誕計画……!」
薄暗い書庫で一人、決意の炎を燃やす私。そんな風に盛り上がっている私を、扉の外からこっそりと覗き見する影があった。
「あ、アニュエが独り言ばかり言ってる……大丈夫なのかな……?」
姉、オリビアにハイテンションな姿を目撃されているとも知らずに、アニュエは楽しげな表情で鍛錬のメニューを考えていた。




