それぞれの目標
——この世界に生まれ落ちてから、八年が経った。長いようで、短いような。前世で生きてきた時間の半分ほどをこの世界で過ごしてきて、前世での記憶がやや薄れがかってきた頃合いだ。
私は、相変わらず剣術と魔法の訓練を繰り返している。三年前に起きた魔獣の群れの件以降、ヴェガ村では特別大きな事件はなかったものの……あの一件で力不足を実感した私は、さらに訓練に力を入れるようになった。
それと並行して、ザックも激しい訓練をこなすようになった。私と同じく八歳になったザックは、成長期なのかぐんぐんと背を伸ばし、今では背伸びをしないと目を見れないほどになっている。バース家、特にお母さん側の血の影響か、お母さんもお姉ちゃんも私も、背が低いということはあるけれど、なんだか、負けたようで悔しい。
そうそう。一番大きな変化が起きたのは、やはり……お姉ちゃんだろう。以前はどこか不安げで、どこか自信のない様子だったお姉ちゃんは、今、毎日勉強をして過ごしている。
現在、十一歳のお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんの今の目標は……ヴェガ村のある、ネヴェルカナン最小の大陸、リットモール。その中で最も大きな魔法の学校、『リットモール統一魔法学院』に入学することらしい。リットモールにいくつかある魔法学院の中で、最も入学が難しく、最もヴェガ村から遠い場所に位置する学校。
そんな学校に、何故お姉ちゃんが……と思っていたけど、どうやら何か、私から悪い影響を受けてしまったらしい。
……そう。これもまた、三年前の魔獣の群れの事件に繋がってくる。あの時、私が魔法で重傷者を治療したという話を聞いて、お姉ちゃんはより一層、魔法使いというものに憧れを抱いたそうだ。そのためには、専門家がいる魔法学院に通うのがいい。そして、どうせ狙うなら、その中でも一番大きな学校を、と。
そんなこんなで、お姉ちゃんは近頃、本の山に囲まれて勉強漬けの毎日だ。体を壊してしまわないかが心配だけど……何やら、お母さんがつきっきりで勉強を教えているそうだから、大丈夫だろう。お父さんが、そう言っていた。どうしてお母さんがついていれば大丈夫なのか、私にはよく分からなかったけど……あまり口を出すのも野暮というものだ。
「というわけで、お姉ちゃんが最近私に構ってくれなくて……」
いつもの広場に集まり、数年前に設置したベンチに腰掛けて、私はぼやいた。水を飲みながら、ザックは呆れたような目でこちらを見ている。
「知るかよ……だからって弟子にダル絡みするなよ」
「弟子でしょぉ? 寂しい思いをしてる師匠に寄り添うのも、弟子の仕事なんじゃないの?」
「聞いたことねぇよ」
ザックめ。最近はアニュエ流剣術の練度も上がって腕が上達してきたからか、少し生意気になっている。
「でもまあ……やりたいことがあるっていうのは、良いことだろ。剣でも魔法でも」
「まあね」
その言葉に同意し、空を眺めた。今日は良い天気だ。こんな晴れた日には、草原の真ん中で寝転がって、一日中ゴロゴロしていたくなる。
そして、不意に視線を横へ向けると、ザックが浮かない表情をしていることに気がついた。
「どうしたの?」
「いや……よく分かんねえけど、その、魔法学院? ってとこ。お前は行かないのか、アニュエ」
そう聞かれ、私は考えた。リットモールにある魔法学院のレベルが分からない以上、あまり踏み入った話はできないけれど……今まで独学で育ってきたせいか、今から学校に通うとなると、それがかえって成長を阻害する危険性があると思う。もちろん、良い方へと進む可能性もあるが、そもそも詠唱をしなければ魔法を発動できない世界の魔法学校だ。何か得られるものがあるかと問われると……微妙なところではある。
「……私はいいかな。あんまり、人に物を教わるってことに慣れてないから」
「出たよ、天才発言。これだから才能あるやつは」
「それ、他の人の前で言ったら嫌味に聞こえるから気をつけなよ」
才能がある側の人間が何を言っているんだと、ザックの横顔を見ると……何やら、安心したような、綻んだ表情をしていた。
……まさか。
「……ザック、もしかして、私がいなくなると寂しいとか?」
「ばっ!?」
ザックは赤面して、慌てて振り返った。口を魚のようにパクパクと動かし、私のことを睨みつける。
「……そ、そんなわけねぇだろっ!まだ剣術も教わり切ってねえから、困るってだけの話だ!
「あらあら。寂しいんだ」
「寂しくねぇっ!」
必死に否定をしている。そういうことにしておこう。あまりいじめると可哀想だ。
ちゅんちゅんと、小鳥が鳴いている。それが休憩の終わりを告げる合図のように聞こえて、私は立ち上がり、大きく伸びをした。
「じゃ……休憩はこれくらいにして、もう一本やろっか」
「くそっ……今日こそ一本取ってやる。見てろよ、クソ師匠」
まだ若干顔を赤らめたザックは、これまで以上に敵意を剥き出しにして、剣を取った。




