エピローグ
「……というわけで、魔獣の群れの大量死の原因は不明だが……周囲にはこれ以上、魔獣や魔物らしき存在は確認されなかった。森の深部を覆っていた瘴気も晴れている。ひとまず、村の平穏は保たれた、ということでいいだろう」
村の人間を集め、そう語る村長。私の懸念通り、魔獣の死はさらに強力な魔獣によるものだと推測されたものの……その仮想の魔獣が周辺に潜んでいる痕跡はなく、姿も見られないことから、『脅威は去った』として話は丸く収まった。
当然、私が疑われることなどなく……次第に、村は元の平穏さを取り戻していった。
——わけでもなく。
「……お前だろ、アニュエ」
「何の話かなぁ」
防衛組による監視もなくなり、数日ぶりにいつもの広場に集まった私たち。そんな中、開口一番、ザックの放った言葉がこれだ。
「お前以外に誰がやるんだよ。見たかよ、あの魔獣。ベア種の魔獣だぞ、ベア種の。あんなの、この村の誰が倒せるんだよ。とぼけんなよお前」
「村長がやったんじゃない? ほら、殴って倒せそうな顔だし」
「流石の村長でも無理だろ。あの人、顔はアレでも普通の人間だぞ」
「私も普通の人間なんだけどぉ!?」
なんとか村長になすり付けようとしたが、無理だった。ザックは馬鹿ではあるが、頭はキレる。恐らく、運ばれてきたベア種の魔獣の死体や、一夜にして魔獣が壊滅したという話を聞いて、即座に私の仕業だと判断したのだろう。なんとも憎らしい推察だ。当たっているのが憎らしい。
「それに俺、知ってっからな。昨日、お前が親父に剣の研ぎ頼んだの。そんなすぐに刃こぼれするわけないだろ、実戦で使ってないのに」
「うっ……」
少々無茶な使い方をしたからか、あのあと、私の剣は見るも無惨な状態となっていた。すぐに頼むと怪しまれると思って、事態があらかた収束した昨日、バッツさんに研ぎを頼んだのだが……ザックはバッツさんの息子だ。突然、そのことも知っている。
『逃げるなよ』と言わんばかりに詰め寄ってくるザック。じりじりと後退するも、木に退路を断たれる。
「し……」
「し?」
顔が近い。明らかに怒っている。適当に誤魔化すか、本当のことを話すか……迷った末に、私は、本当のことを話すことにした。
「仕方ないじゃん……だって、私が出なかったら、皆、死んじゃってたかもしれないし……」
結果論だ。結果的に、あの群れは村の人間だけで処理できるものではなく、私が夜中に抜け出して討伐していなければ、村はそのまま群れに呑まれて滅んでいた。結果論で言えば、私の判断は正しかった。だから……怒られる筋合いは、ないと思う。多分。
「……はぁ」
ザックは私から離れ、頭を抱えながら、大きなため息をこぼした。やれやれと首を振り、呆れた表情で私のことを見ている。
「アニュエ」
「……なにさ」
名前を呼ばれ、不貞腐れて返事をする。そんな私の額に……ザックは、思い切りデコピンをした。
「あいたっ!?」
油断していたところに受けた一撃。悶絶するほどでもないが、痛くないほどでもない、絶妙な痛み。尻餅をつき、額を抑えて悶絶していると、ザックは腕を組み、そんな私に向けて……少し言いづらそうに、告げた。
「……別に、責めてんじゃねぇよ。お前のおかげで村が助かったのは事実だろ。お前の判断は間違ってなかったし、この件でお前を責めるやつがいたら、俺は許さねぇ。『命の恩人に何言ってんだ』ってな」
『でもな』と、ザックが続ける。
「俺が言いたいのは……無茶しやがってってことだよ。弟子の俺にくらい相談しろってんだ。俺がまだ頼りにならないのは分かってるけど……何か、手伝えることくらい、あるかもしれないだろ……」
「ザック……」
言い切るより前に、私から顔を逸らすザック。なんだかその横顔が、寂しそうに見えた。
……なんとなく、ザックの胸にあるその感情を、私は知っている気がした。一人で抱え込まずに、相談してほしい。頼ってほしい……そんな感情だ。
私が思っているより、ザックは……きっと、私のことを大事に思ってくれているんだろう。それが弟子としてなのか、それとも幼馴染、友人としてなのかは分からない。でも……私は多分、ザックのことを、そこまで信頼はしていなかった。だから、相談もせずに抜け出した。『相談する』という選択肢が、そもそも、私の中に存在しなかった。
心配してくれているのに、ザックのことが頭の中になかった。そのことに……罪悪感を覚えた。
『ザック』
名前を呼ぼうとして、思い止まる。上手く言葉にできるか、分からなかったからだ。誤魔化すように口を尖らせ、私は言った。
「……怒ってないなら、なんでデコピンしたの?」
「一回とぼけようとしたからだよ。弟子に下手な嘘が通じると思ってんのか」
「ぐっ……言い返せないっ……」
「ったく……」
呆れたように笑うと、ザックはゆっくりと、私に手を差し伸べた。
「無事で良かったよ、お師匠さん」
「……そうだね。帰ってこられてよかった」
私はその手を取り、立ち上がった。お尻についた砂埃を払うと、手を繋いだまま、ザックの目を見つめる。
……こいつ、意外と綺麗な目なんだな。嘘を吐いたりすることができなさそうな人間だ。
ザックは間違いなく、良い奴だ。前世と今世、二つの人生を合わせても、五本の指に入るくらいには。だからこそ、心配をかけたくなかったという気持ちがなかったと言えば、嘘にはなる。
でも……ザックの中では違うんだ。一人で勝手に死地に飛び込まれると、むしろ不安になって仕方がない。
『頼られていないのか』
『信用されていないのか』
そんな気持ちに、なるんだろう。
(……ごめん、ザック。私、これからは……ちゃんと、人に頼るってことを覚えるよ)
口に出すことは小っ恥ずかしくて、私は代わりに、握る手に力を込めた。
「……一番弟子置いて、死ぬわけにもいかないね。ザックを立派な剣士にするって約束も、まだ果たしてないし」
「そうだぞ。そのために秘密も守ってやってんだから」
そうして、二人して笑う。今まで、師匠だ弟子だと言い合ってはいたものの、きっとそれは、口だけの、上辺だけの関係だった。それが……本当の師匠と弟子になれたような、そんな気がした。
「じゃ……早速だけど、あのベア種の魔獣、どうやって倒したか教えてもらうぞ。切り傷もないのにどうやって倒したかをな……」
「ははっ。まだザックには早いんじゃないかなぁ。ほら、ザックってば、まだ私に一撃も当てられないし」
「なんだこら。やんのか師匠」
「おうおうおう、やれるもんならやってみなさいな。今の私、死闘を乗り越えて超強いよ」
そんな軽口を言い合って。私たちは、元の日常へと戻っていった。




