夜襲
深夜。誰もが寝静まった時間を見計らって、私は一人、家を出た。腰にはバッツさんに打ってもらった剣。服は、体に合う鎧がなかったのと、並大抵の鎧ならばあったところでどうせ無駄だろうということで、動きやすい普段着を。
防衛組の人間が魔獣を警戒して、あちらこちらで見張りをしている。彼らにバレないよう、何度か迂回をしながら、村の外へと出ると、聞き耳を立てて得た情報を基に、魔獣の群れがいるであろう場所へ走り出す。
「バレたら怒られるだろうなぁ……!」
怒られる、で済めばいいけれど。魔獣を倒すことと同時に、どうやって言い訳したものか、そればかりが頭の中にぐるぐると渦巻いている。
そうこうしているうちに、瘴気が漂う森林に辿り着いた。瘴気は人間には影響を及ぼさないものの、その重々しく禍々しい空気感は感じ取ることができる。
「間違いない……この辺りだ」
木の上に登り、周囲を見渡す。すると、もう少し森の深いところで、木々がざわめいているのが見えた。枝葉が邪魔をして姿は確認できないものの、魔獣の群れがいるのはその地点で間違いないだろう。
妙な緊張感が走る。前世では何度も、同じような存在と戦ってきたはずなのに、何故だか汗が止まらない。今の私に、以前ほどの力がないからか……それとも。
だが、緊張したところで相手は待ってはくれない。木々を飛び移り目標地点の上部に到達すると、剣を抜き、意を決して飛び降りた。
「……三体」
着地してすぐに、索敵する。目に見えている範囲には何もいないが、木々の影から、隠しきれていない眼光が顔を覗かせている。
……三体の魔獣。ちらりと見えた頭部の形状からして、ベースとなるのはどれもウルフ種だろう。匂いで既に勘付いていたのか、一斉に飛びかかってくる魔獣の攻撃を避け、剣を大きく振り上げた。
「アニュエ流剣術——落鷹刃」
剣を振り下ろすと、その動きに合わせて巨大な斬撃が空を斬った。
飛ぶ斬撃。ある意味では人智を超えた一撃は、逸れることもなく、避け損なったウルフ種一体の体を真っ二つにした。
ぼとりと、生々しい音を立てて魔獣が崩れ落ちる。直後、周囲に漂っていた空気が、より一層張り詰めたのが感じ取れた。
(……警戒心を強めた)
魔獣は野生の獣がベースになっており、瘴気の影響で凶暴化しているため、一般的には大した知性を持っていないとされている。だが、それでも、獣であった頃の『本能』のようなものが、多少は残されている。
その本能が悟ったのだろう。目の前にいるこの少女……私が、我らの敵であると。我らの天敵、狩人であると。
動きが変わる。魔獣ではなく獣へと。理性を失ったはずの奴らが、本能で獣に戻ってしまうほど、私は脅威的だという判定を受けたのだ。
「……早いところ片付けて、先を急がないと」
再び剣を構え、魔獣と相対する。魔獣が駆け出したのと同時に——私も、剣を振りかぶった。
ウルフ種を片付け、さらに先へ進む。村の人たちは今回の状況を『魔獣の群れ』だと言っていた。流石に、ウルフ種三体を群れだとは表現しないだろう。最低でも、一〇体……残り、七体以上はいると見るべきだ。
警戒しながら、奥へ奥へと進む。進むにつれ、瘴気はどんどんと濃く、深くなっていった。いくら人間に影響がないとは言っても、視界が悪くなるほど濃い瘴気を吸い続ければ、体調も悪くなってしまう。
そうして進み続けて、気配を感じた。前方から強力な気配と、周囲——四方八方から。
「……囲まれた?」
まるで地響きのような音を立てて、前方から何かがやってくる。濃い瘴気の霧を掻き分けて現れたのは……巨大なベア種の魔獣だった。
それと同時に、周囲からも魔獣が現れる。バード種の魔獣に、先ほど倒したウルフ種の魔物。その他数種の魔獣。全部で……何体いるか、分からない。予想を遥かに超える数が、この場に集結していた。
「た、確かにこれは……予想より規模が大きい、かも……」
村長の言葉を思い出す。予想より群れの規模が大きく、先遣隊があのような状況になってしまったと。無理もない。この数は……あの村にいる人間だけでは、到底対処不可能だ。
幸か不幸か。彼らがああなってしまったからこそ、最小限の被害で済んでいるうちに私が駆け付けたと考えるべきか。それとも、私が駆け付けなかったから、彼らが襲われたと考えるべきか。
(いや……そういうのは後にしよう。今はこいつらを……)
周囲にいる有象無象はともかく前方にいる巨大なベア種ベースの魔獣だけは厄介だ。生まれ変わってからもイマジナリーファイトで戦ってはいるものの、あれはただの野生の獣を基にしている。魔獣のベア種ともなると、あれよりもさらに毛皮が硬く、爪と牙は鋭いだろう。
「……そうか。もしかして、皆のあの傷は……」
爪と牙を持つ魔獣。可能性があるとするならば、ウルフ種とベア種の魔獣だ。もしかすると、こいつが、ダルケンさんの腕を食った犯人かもしれない。
そうとなれば、やはり、倒さないわけにはいかない。ダルケンさんは別に死んではいないが、弔い合戦だ。あの人の左腕の。
回復魔法の連発でマナはかなり減っているものの、相手の数を減らせば剣術だけでも相手はできる。まずは、数を減らすために——、
「森の中じゃ火は危ない、から……」
左手にマナを纏わせ、事象を書き換える。
——事象書き換え、氷の槍生成。
——事象書き換え、氷の槍複製。
「……アイスランスッ!」
宙に浮かぶ、無数の氷の槍。これなら、周りの被害を気にすることなく使うことができる。複製し、大量に生成したそれを、周囲にいる魔獣目掛けて放った。
動きの素早いウルフ種や、一部のバード種には避けられたものの……これによって、多数の魔獣を排除することができた。まずは一歩。
続いて、再び事象を書き換え、大地を陥没させる。対象は……ベア種の足元だ。
「お前はそこでっ……しばらく大人しくしとけっ!」
『ゴァァアア』、という、まるで化け物のような低い呻き声が聞こえ、ベア種の魔獣が陥没した地面に呑み込まれる。しばらくしたら這い上がってくるだろうが、周りの有象無象を倒す時間くらいは確保できるだろう。
すぐさま、剣を持って駆け抜ける。地上の魔獣を連続で斬りながら走り、迫り来るウルフ種の攻撃を躱しながら、木の幹を蹴って枝に飛び移り、空を飛ぶバード種の体を斬り裂く。着地地点で待ち構えているウルフ種の対策に、空中に風の足場を作って空を蹴ると、攻撃を空振ったウルフ種の横っ腹に飛ぶ斬撃を放つ。
「数がっ……多すぎっ……!?」
順調に魔獣の数を減らせている。しかし、いかんせん数が多すぎる。ベア種はまだ陥没した地面の中でもがいているが、いつ這い出てくるか分かったものではない。
——急いで、倒さないと。
身体強化の魔法を強め、さらに高速での移動を可能にすると、再び森林の中を駆け抜ける。立て続けに魔獣を斬り裂きながら、同時進行で作り出した氷の槍を発射し、空中の魔獣も処理していく。『剣聖ちゃん』と呼ばれるようになってからは感じなかった目まぐるしさ。まさしく乱戦とも呼べる状況に、私はどこか……気分が昂揚するのを感じた。
そうして、不気味な赤い森が作られた頃——周囲はすっかりと静まり返っていた。私と、陥没穴から這い上がってきたベア種の一人と一体だけが、そこに立っていた。
「……はぁ、はぁ」
息は上がっている。異様なまでのフィジカルギフテッドを授かっていた前世とは違い、今世のこの肉体は、精々成人男性ほどの肉体強度しかない。身体強化の魔法をかけて、ようやく魔獣と渡り合えるくらいだ。当然、戦闘を続ければ続けるだけ、疲労は溜まり、動きも鈍くなっていく。
「……あとは……お前だけだ」
大口を開け、ダラダラと涎を垂らしながら、魔獣はこちらを見ている。ご馳走をお預けされた子供のように、無邪気で乱暴的な瞳が、じっとこちらを見つめている。
私はゆっくりと剣を構え、大きく息を吐いた。まるで、時が止まったかのようだ。
そして、息を吸い、ぴたりと止めて——一気に、駆け出した。




