決意・一
村長に案内されたのは、村の外れにある仮説のテントだった。まだ入り口を開けてもいないのに、中から複数の呻き声が聞こえてきた。
テントの前に立って、村長が私を見つめた。恐らく、『覚悟はいいか』という無言の問いかけだろう。私が静かに頷くと、村長は入り口を捲り、中へと入っていった。
「こ、これは……」
中にいたのは、重傷を負った六人の男女。ダルケンさんほど、喫緊の危機に瀕している人はいないものの……どれも、このままでは助からないだろう。
「俺たちが思っていた以上に、群れの規模が大きい。調査のための先遣隊がこの有様だ」
いつもと変わらないように見える村長。けれど、顔を見ると、ほんの少しだけ、暗い表情をしていた。
……当然か。村の人間がこんなことになって、平気な人間なんているはずがない。
「アニュエ、頼めるか?」
「……うん。任せて」
私は六人の容体を確認して、怪我の程度が重い人から治療を始めることにした。ダルケンさんのように四肢の欠損があるわけではないものの……やはり、大きな爪で引き裂かれたような跡や、欠損こそしていないものの、何かに噛まれて、四肢が引きちぎれる寸前の人はいた。
その全てを、先ほどと同じ要領で治していく。ダルケンさんの時は、私も初めてで少し手間取ったけど……一度やってしまえば、不思議とコツを掴むというものだ。
治療は驚くほどスムーズに進んでいった。私が傷を塞いだあとは、村長が薬と包帯を持って後処理に回っていく。初めての共同作業とは思えないほど、息があっていたと思う。
……そうして、どれくらい経っただろう。感覚的には一瞬のことだったけれど、きっと、かなり時間が経っていたと思う。
重傷者六人、全員の治療が無事に終わった。傷跡は残るかもしれないが、後遺症は残らないだろう。六人はそれぞれ、もう助からないことを悟っていたのか、自分たちが助かったことを理解すると、泣いて、笑って、喜びを分かち合っているようだった。
「……まさか、だな」
「え?」
その光景を見て、村長がぼそりと呟いた。
「あれだけの傷だ。全員治せるとは思っていなかった。何人かは……諦めていた」
「それは……」
事実、私が魔法を使わなければ、彼らは死んでいたかもしれない。ダルケンさんに限って言えば、確実に、助からなかった。村長の言うことは、ある意味、間違ってはいない。
でも……。
「……諦めちゃダメだよ。人の命を」
「……そうだな。そうかもしれん」
見ると、良い教訓になったとでも言わんばかりに、村長は目を瞑ったまま、何かを考え込んでいた。
やがて、他の負傷者の手当てが終わったのか、駆けつけた応援部隊に後を任せて、私たちはテントを後にした。ここに来た時はまだ明るかったのに……空は、とっくに赤く染まっていた。
テントの外に出て、村長は改めて、私に頭を下げた。ここに来る前より、深く、深く頭を下げていた。
「アニュエ。本当に助かった。お前がいなければ……どうなっていたか」
「ううん。役に立ててよかった。本当に」
そうして凝り固まった体をほぐしていると、遠くから、何やら叫び声のようなものが聞こえてきた。
いや、これは……どうやら、私の名前を呼んでいるらしい。声の主は、すぐに分かった。
「アニュエっ!」
心配そうな表情のお姉ちゃんと、顔を青くしたお母さんが、遠くから、私の名前を呼びながら駆け寄ってきていた。
「お母さん、お姉ちゃ……」
私が反応するより先に、お母さんが私の体を抱き寄せる。体中あちこちをべたべたと触り、しまいには、頬を両手で押さえて、額に額をくっつけようとする。熱の測り方だ、これは。マナが枯渇してくると、風邪を引いた時のような症状が現れるから、きっと、それを確認しているんだろう。
「大丈夫? 疲れてない? 魔法を何度も使ったって……」
「う、うん……大丈夫だよ、お母さん」
そう言ってお姉ちゃんの方へ視線を向けると、お姉ちゃんはお腹の前で手を組んだまま、今にも泣き出しそうな表情をしていた。心配だったんだろう。心配をかけてしまった。心配をかけるであろうことは、分かっていた。
「……お父さんの言い付け、破っちゃった」
「……きっと、お父さんなら褒めてくれるよ」
そうだといいね。そんなことを言って、弱々しく笑い合う。
その後、村長から事情の説明があった。流石の村長も、五歳の女の子を連れ回し、難易度の高い回復魔法を多用させたということで、お母さんには頭が上がらないようだったが……お母さんはそれに対して怒ることもなく、ただ静かに、話を聞いているようだった。
そんな二人の姿を見ながら、お姉ちゃんと手を繋いで、大人たちに囲まれて歓迎される私たち。まだ魔獣の脅威が去ったわけでもないのに、『奇跡が起きた』だとか、『救世主様だ』とか持ち上げてくるから、どうにも頭の裏のところがむず痒かった。
そうだ。きっと私は、褒められるようなことは何もしていないと思う。あの時躊躇わなかったから、ダルケンさんたちを助けられた。それだけのこと。
そして……こうなった原因は、私にあるんだろう。ザックの話を聞いて、お父さんに言われて、『私』ではなく、『アニュエ・バース』として行動することを選んでしまった。迷って、躊躇って、あえて動かなかったんだ。
躊躇ったら人が死ぬ。前世ではよく分かっていたことのはずなのに、生まれて初めて家族というものに愛されて、幸せに生きてきて、すっかり忘れてしまっていた。
(ごめんね、お父さん……もう一度だけ、言い付けを破ります)
私が動くことで混乱する人たちはいるだろう。心配する人たちもいるだろう。でも、何もしないまま過ごして、その結果、また誰かが傷ついて、誰かが死んで。そんなことになるくらいなら、私は言い付けを破って、戦うことを選ぼう。
そうだ——私は剣聖なんだ。誰よりも強い魔法剣士。だからこそ、皆を、守らないと。




