9. 抱腹絶倒
「岩村さーん、聞こえますか?」
「はーい」
原っぱに居るわたしたちが手を振ると、腕を丸めてOKサインを作ってくれた。
「ねぇ、宇宙、本当に大丈夫かな」
「なんだよ、お前も受け止めるって言ったじゃんか」
「怪我させたらどうしよう」
「大丈夫。俺が確実に受け止めるから」
また口八丁に、その自信はどこからわいてくるのか。
「ほら、そろそろいくぞ。お前が声をかけろよ」
平然とする宇宙に感化され、わたしも覚悟を決めた。
「岩村さーん、こっちは準備できました」
「それじゃあ、行くわよ」
キャッキャと喜ぶ子どもの声が、アスファルトを擦る車輪の音に掻き消されていく。二人の前髪が後ろへなびき、額が露わになっている。ぼやけていた目鼻がハッキリと見えてきた。平坦な道で少し落ち着き、もうすぐ原っぱに届く寸前、車椅子が前傾した。後になってわかったが、雑草に覆われ見落としていた、幅十センチメートル程の側溝に引っかかったのだ。待機地点から慌てて二人の元へ走った。まるでコマ送りのアニメーションを観ているように、世界は止まりながら動く。声も出なかった。ガシャンと音を立て、車椅子は倒れた。とにかく必死で、どのように動いたのか覚えていないが、わたしの上には、目を大きく開いて固まった状態の優くんが寝転んでいた。足元には横転した車椅子がある。咄嗟に宇宙を見ると、身体全てを大きく広げ、全身を丸めた岩村さんの下敷きになっていた。少しはみ出た、岩村さんの頭と膝は、わたしの左手足に乗っている。静かな世界で四人の呼吸が響く。七、八回、肺が萎んで膨らんでを繰り返した後、クククっ、と、掠れた声がした。左手足が小刻みに揺れる。
「あっはっはっはっはっはっ」
いつもの上品な姿からは想像できない大声で、全身を大きく震わせ、笑い声を一面に轟かせた。
「わたし、こんなにスリリングな体験、生まれて初めてよ」
文字通り、腹を捩らせて笑う岩村さんにつられ、わたしも涙が出るほど笑った。宇宙も大声で笑っていた。何が起こったのか理解できていなかった優くんも、ようやく事態を把握したのか、原っぱに寝そべり、笑い転げた。
「ぼくもこんなに楽しいの、初めて!」
「俺も!」
「わたしも!」
「あぁ、おかしい。……あのね、ジェットコースターは難しいけれど、車椅子でも乗れる物っていくつかあるのよ。わたし、車椅子のせいにして逃げていたのね。気づかせてくれてありがとう」
「「え」」と、同時に声を発した宇宙と目を合わせた。彼の間抜け面が余計に可笑しく、息ができないくらい笑い続けた。