7. ゆうえんち
「やまもと!」
「優くん、こんにちは」
先週の折り紙がよっぽど楽しかったのか、優くんも頻繁にホームに訪れるようになった。
「優くん、だめよ。『山本さん』でしょう」
「いいの。『やまもと』は『やまもと』だもん」
「ごめんなさいね」
「いいえ」
「あ、あーす」
「よっ!今日はクッキー作ったんだ。優も食うだろ?」
小さな頭を何度も縦に振る様子を見もせず、宇宙はテーブルに椅子を運んできて、優くんを座らせた。
「あら、仲良しね」
「そうなのよ。宇宙くんのことが大好きみたいで、家でもよく話すの。吉崎さんもお孫さんを呼ばれたらいいのに」
「うちはもう大きいですから。山本さんと同じくらいかしら。確か、大学も同じよ」
「そうなんですね。もしかしたら、わたしの知り合いかもしれませんね」
宇宙のお節介により、彼が担当する吉崎さんともよく話すようになった。
「観て、またテレビでやってるわ。あそこの空き地、もうすぐ遊園地になるのよね」
隣町の工事がもうすぐ終わるとのことで、地元の盛り上がりがすごい。地方ローカル番組はこの話題で持ちきりだ。青葉も大騒ぎしており、二言目にはわたしの予定を聞いてくる。授業と就活で忙しいのに。
「あ、またやってるよ、ゆうえんち」
「優くん、何度も言ってるけど、ばあばは行けないのよ」
「もう、わかったもん」
クッキーで満杯の口がへの字に曲がった。その表情からくみ取ったのか、何でも器用にこなす手が、大事そうに、小さな頭にぽんぽんと触れた。
「優ったら、家族で遊園地に行きたいって言って聞かないのよ。毎日の生活に精一杯で、息子すら遊園地に連れて行かせたことがないの。気がついたら車椅子生活よ。今になって後悔してるわ。遊園地ぐらい行っておけば良かった」
わたしと吉崎さんは微笑み返すことしかできなかった。
「じゃあ、ばあばは帰る準備をするから、先にお靴履いててね」
「わかった」
荷物を取るためにロッカーへ向かう車椅子を見届ける優くんの口は下がったままだった。心配になり、下駄箱へ向かう彼の後を追うと、しばらくして動かなくなった。
「どうしたの? 準備しないと、おばあちゃん来ちゃうよ」
目線を合わせるためにしゃがんだが、彼はたくさん走ったであろう、泥まみれの小さな靴を見つめ、微動だにしなかった。
「優くん、今日ずっと元気が無かったよね? 何かあった?」
我慢していたのか、彼はわたしに抱きつき、大粒の涙を零した。
「ようちえんで絵を書いたんだ。かぞくみんなでゆうえんちに行く絵。でも、みんなが、ぼくのばあばは車椅子だから、乗り物に乗れないって。パパもママも言うんだ。ばあばも三人で行っておいでって。ぼくは、ばあばとも行きたいのに」
涙の量が増えた。宥めるように背中をさすったが、一向に落ち着かない。ただただ圧倒された。腕の中に収まる小さな子が、感情を爆発させ、自分の意志をわたしに伝えている。
「どうしたんだよ」
背後に、腕組みをした宇宙が、何故か眉間にシワを寄せて顎と右眉を上げながら、わたしたちを見下ろしていた。
「なんかね、おばあちゃんと遊園地に行きたいけど、車椅子だから行けないって言われたんだって」
岩村さんを真似て優くんの頭を撫でた。指の間を、細く柔らかい髪の毛がさらさら揺れる。少し泣き声の音量が小さくなると、宇宙はふんっと鼻を鳴らし、「俺に考えがある」と、わたしたちと岩村さんを外へ連れ出した。