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黒をはらふ  作者: 徳森真山
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3. 小学生時代

 校則すら守れない生徒は、なんて愚劣だろうと思っていた。鉛筆ではなくシャープペンシルを使う、携帯ゲーム機を持ってくる、給食を勝手におかわりする。規制される理由はどうでもいい。誰かが規律を乱すことが許せなかった。注意して正すことが自分の使命であり、存在意義だった。


 とある日の掃除時間、箒を使ってチャンバラごっこをする男子に「小学生にもなって掃除すらまともにできないのか」と叱った。今思えば是正させることに充足感を覚えていたのかもしれない。翌週、最近上映された映画のフライヤーが机に貼られていた。当時のわたしは直毛の黒髪を腰まで伸ばし、お気に入りの白いワンピースを着ていた。わたしの身体や所有物に触れると呪われるらしい。実際に映画を観た者は果たして何人居たのだろうか。奪われたハンカチが教室中に回された。

 こちらに向けて嘲笑うクラスメイトの顔を今でもはっきり覚えている。鼻のてっぺんを中心にぐるりと渦を巻き、輪ゴムが切れて弾けるように元に戻った顔は、教科書で見たピカソの絵画に見えた。小さなキャンバスを何色にも染める子どもの世界ほど残酷なものはない。避ける方法がわからず、投げつけられた言葉を真正面から受け止めるしかなかった。泣き喚くわたしの嗚咽をリズムに「貞子」と手拍子が鳴り渡る。


 この事件はわたしの世界をがらりと変えた。他人の正面がどの角度で何色なのかわからない。皆、不気味で悍ましい。人間社会を円滑に生き抜くには自分の正義は必要とされていないことを学んだ。正義と善悪は必ずしも一致しない。正しいと思う行動が出来なくなり、わたしの個性は死んだ。


 学年集会が開かれて事件が収束した後、腫れ物に触れるかのごとく扱われる日々に慣れてきた頃、二分の一成人式の開催に伴い、名前の由来を発表しなければならなくなった。教壇で説明する先生は気まずそうにわたしの顔色をうかがう。怒りや悲しみより、申し訳なさでいっぱいだった。「貞実な人間になるように」そのような思いを込めて、父が命名したと聞かされた。はじめは何食わぬ顔を演じたが、はりつめた糸が切れるように急に耐えきれなくなった。わたしは金切り声を上げ、訳のわからない怒号を放ち、家を飛び出した。最初で最後の家出を未だに笑い話にできず、ふと思い出しては心臓が痛む。



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