『君を愛するつもりはない』と言った言葉は、すぐに撤回するから
こんにちは
初めての短編です。
R15は念のため。
初夜を連呼する残念な公爵と一枚上手な妻の話です。
「オルレア、私は貴方を愛するつもりは無い。妻として扱うつもりも無いからそのつもりでいるように」
数時間前に教会で結婚をしたばかりのシューベル・アンダーソン公爵が、ピラッピラの薄い夜着の上からガウンを羽織っただけの、書類上妻となったはずのオルレア・アンダーソンに宣言した。
ここは夫婦の寝室。これから初夜を迎えるところだった。
公爵家のメイド達は皆オルレアに好意的で、ピッカピカに磨きあげた上、『今日はお疲れでしょう?これから最後の一仕事がありますし、マッサージをしておきましょうね』と肩とか腰とかマッサージしてくれた。
結婚式もその後のパーティーもとても大変で、凝り固まった肩とかはおかげで楽になった。
あとは表情筋を使いすぎたから、頬が痛いのが治れば御の字だったが、そこまでの面倒は見てもらえなかった。
メイド達から期待を込めた目で寝室へ送り出されたオルレアは、少し後からやって来たシューベル公爵に最近話題の小説に出てきたセリフを、たった今ドヤ顔で言われたわけだ。
「はあ、そうですか」
「なんだ。気の抜けた声を出して。愛を求めるのは贅沢なことだと思えよ」
「分かりました。では私は単なる同居人という立ち位置でよろしいですか?」
「そうだな、同居人だ。たまには茶会ヘ行っても良いし、夜会へも連れて行ってやろう」
「はあ、そうですか。でも妻でないなら私は参加しませんよ。公爵様の隣りに居るの、誰?なんて言われるのは嫌ですから」
「う、その時は妻のふりをして良い」
「ふりですか。分かりました。では最小限の社交で留めます」
「それは任せる。それではこれで話は終わり──」
「そうですね。では私は部屋へ下がらせてもらいます」
「いや、ちょっと待て。初夜があるだろう」
「ありませんよ」
「なぜ」
「だって私は妻ではなく同居人ですから。それとも公爵様は、この邸に住んでいるメイドを片っ端から──」
「するわけなかろう!」
「そうですよね、安心しました。ではこのへんで──」
「いや、だから初夜は!」
「しませんって。何言ってるんですか」
「いたって普通だと思うが」
「公爵様はたった今私のことを妻では無い、同居人だとおっしゃいましたよね」
「言ったな」
「ではこれで──」
「いやだから」
「埒が明きませんね」
「初夜はしなくては駄目だろう」
「しませんよ。私は同居人ですから」
「で、では後継ぎはどうするんだ」
「公爵様の従兄弟でらっしゃるハーツクライ伯爵様に、先日三人目の男の子がお生まれになりましたよね。そちらに手紙を書いて、早々に養子を検討していると伝えたいと思います」
「いや、できれば我が子に継いでほしいが」
「では、誰かに生んでもらいましょう。アテはありますか?」
「い、いや」
「では私が誰か見繕いましょう。別邸に住んでもらえば良いですか?それとも私が出て行きましょうか?」
「なぜ貴方が出ていく」
「私は妻ではありませんから」
「書類上は妻だ」
「しかし妻として扱わないと、たった今確かにお聞きしました」
「そ、それは撤回する」
「撤回ですか」
「撤回だ」
「分かりました。それではそのつもりでおりますね。ではこれで──」
「いや待て、初夜は──」
「しませんよ」
「なぜ」
「まかり間違って子ができたら、困りますから」
「なぜ困る」
「私、生みたくありませんので」
「なぜ?子を成すつもりが無かったのか?」
「先程まではありました。しかし、愛するつもりは無いとおっしゃいましたよね」
「言ったな」
「出産は命がけなんです。子も母も。愛していない人の子を命がけで生むなんて、私にはできません」
「では後継ぎは──」
「公爵様の従兄弟の──」
「養子はとらない!」
「では公爵家お取り潰し──」
「なぜそうなる!貴方が生めば良いだろう!」
「私は愛してもらえない殿方のお子などに、とても命はかけられません」
「では愛すれば良いのか!」
「それは最低限必要なことですが、公爵様はそのつもりは無いとおっしゃいましたので」
「分かった!先程の言葉は全て撤回する!貴方はシューベル・アンダーソンの妻で、私が愛する人たった一人の女性だ」
「それでよろしいのですか?また撤回しておきますか?」
「もう撤回しない!」
「分かりました。では教会で宣誓した通り、私は公爵様に妻として愛していただきますね」
「うむ」
この夜、こんなやり取りなど無かったように初夜は無事に済んだ。
数日後にメイドと話をしていたオルレアは、『旦那様は最近流行りの”君を愛するつもりはない”を言ってみたかったみたいですね。なんか、マウント?もとりたかったとか。だから使用人達の間では、初夜はないんじゃないかって話題になっていたんです』
オルレアは思う。
全く迷惑な話だ、と。
ちなみにメイドからこの話を聞いた後、溺愛物の小説を執務室の机に試しに置いてみたら、それからはベタベタとオルレアについて回ってそれも迷惑だった。
これは、流行りものが好きな困った公爵と、彼を上手く操縦している妻の話。
───終わり───
一年後には無事男の子が生まれましたとさ。
思いついたのを書きなぐってみました。
初めての短編だったので少し不安ですが、喜んでもらえると嬉しいです。