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流れる景色を眺めているエリザベスの姿をしたライザにルディが声をかけた。
「ご気分は大丈夫ですか?」
「問題ありません」
思わず素で答えてしまいライザは慌てて勝気な雰囲気を作った。
(こんなの24時間エリザベス姫様のフリをしているなんて無理があるわ……)
馬車に乗って数時間、すでに姫様のフリをするのが疲れてきてしまいライザは泣き出したくなってくる。
「でも、こう言っては失礼ですけれどお香の効果が凄くて僕も驚いてしまいます。イライラしたりしませんか?」
昨日と全く違う雰囲気のエリザベスをロバートはジロジロと見つめてくる。
これはまずいと思いつつ、エリザベスなら何て答えるのだろうかと考えるが全く思い浮かばない。
ライザは困りながらも頷いた。
「全くイライラしませんわ!不思議と気分は落ち着いております」
「ふーん。なんか妙な感じがするけれど」
疑いの眼差しを向けるロバートにルディも肩をすくめた。
「確かに、昨日お見掛けした時と随分様子が変わりましたね」
ルディに言われてライザは思わず頷きそうになる。
(そうよ!中身が違うのだから全く別人なのよぉぉ!)
叫びたい気持ちを堪えてライザは鼻をツンと上に向けた。
「決まってしまったものはしかたありませんわ!領地へは行きますけれど、結婚はまた別の話ですわ!」
(中身が入れ替わったまま、結婚をしたら困るのよ!この優しいルディ王子に申し訳ないわ!)
心の中で呟いてライザは精一杯エリザベスらしさを演じる。
それでもルディはニッコリと微笑んだ。
「そうですね。そこまで譲歩してくださっただけでも嬉しいですよ。僕も兄上に言われて仕方なくという感じだったので、お互い気に食わないのは仕方がありませんからね」
優しい雰囲気だが、ルディも結婚を嫌がっているのが伝わってきてライザはホッとして頷いた。
「そうです。結婚は良く考えないと!」
必死に言うライザにロバートはまだ疑いの視線を向けている。
「やっぱりなんだか変だな……」
(バレるのも時間の問題のような気がしてきたわ)
気弱になるライザだったが、中身が入れ替わっていることに気づかれれば血の海になるかもしれないと慌てて首を振った。
一人で思い悩んでいるエリザベスの姿をしたライザをルディも不思議そうに見つめている。
ルディ王子にも見つめられていることに気づかずライザは馬車の窓から流れる景色を絶望的な気分で眺めていた。
何度か休憩を繰り返して、数日かけてルディの領地に着くころにはライザはヘトヘトに疲れていた。
どう頑張ってもエリザベスっぽく振舞えないのだ。
宿に行けば豪華すぎて思わず凄いと感動してしまう。
出てくる料理もおいしいものばかりで、美味しいと感動し、しまいにはお世話をしてくれる城からついてきた侍女数人に頭を下げてしまったのだ。
侍女達には薄気味悪いもののように見られて、ルディ達には怪しい目で見られライザはヘトヘトに疲れ切ってしまった。
(もう無理。エリザベス姫様のように、人を罵倒できないわ)
ビクビクしている侍女達はますます様子のおかしいエリザベスの姿をしたライザに近づかなくなり、ルディとロバートには日ごろから侍女に対する態度が酷いのだなと言われているのを聞いてしまった。
(エリザベス様と体が元に戻った時はどうなるのかしら。そもそも戻るのかしら)
侍女が傍に居なくても大抵の事は一人でできるので困りはしないが、ルディ達に妙な目で見られるのはまずい。
それでもライザはどうしても冷たく人に接することができずに困りながらも領地へとたどり着いた。
すでに侍女達は途中の町で分かれているので、実際領地へ来たのはライザのみだ。
他はルディが連れている騎士達だけだ。
馬車から降りるライザをエスコートしながらルディはニッコリと微笑んだ。
「僕は兄上に疎まれているから、領地へ追いやられたのだけれどここはかなり住みやすいと思う。自然豊かで心が豊かになる気がするよ」
「はぁ」
追いやられ多という言葉にライザは首を傾げながらも頷く。
後ろからついてきたロバートも頷いた。
「自然が豊かすぎるって感じだけれどね。エリザベス姫様には物足りないかもしれませんね。あ、でも田舎の辺境伯のところに行こうとしていたのだから大丈夫か」
「あぁ、確かに辺境伯と結婚するのが夢のようでしたね。相手が僕で申し訳ない」
美しいルディに言われてライザの心がまた痛んだ。
(こんな私に謝らないで!エリザベス姫様は喜んで辺境伯の所に向かいましたから!)
真実を言いたくて仕方ないが、ライザは首を振った。
精いっぱいエリザベスっぽく振舞いながら声を出した。
「落ち着いて過ごせそうですわ」
(偉そうに言うのはストレスだわ……)
たった一言だけなのにどっと疲れが出てくる。
馬車から降りて周りを見る。
大きな屋敷はシックで落ち着いている雰囲気だ。
周りには森が茂っており、屋敷の奥の庭には畑が広がっているのが見えた。
「自給自足の様な事をやっているんだ。僕はたまにしか畑仕事はできないけれど。野菜はお好きですか?」
優しくルディに聞かれてライザは頷く。
「はい。自然は大好きだわ」
「えっ?」
素直にうなずくエリザベスの姿をしたライザにルディとロバートが眉をひそめて見つめている。明らかにエリザベスらしくない言動だったと気付きライザは慌てて言いなおす。
「あっ。は、畑など大嫌いよ!土なんて汚れるものを私が触ると思って?」
精いっぱい嫌な感じに言うとルディは首を傾げながらも頷いた。
「そうですよね。綺麗な手をされているから、畑仕事も水仕事もしないですよね」
エスコートされているためエリザベスの綺麗な手はルディの手に乗っている。
エリザベスのささくれ一つない美しい指を見てルディは頷いた。
「そうよ。水仕事なんて、私がするわけないじゃない!」
鼻をツンと上にあげて小ばかにしたように言うがライザの心は痛む。
(本当は水仕事嫌いじゃないの!私の本当の体はささくれだらけよ!畑だってやりたいのよー!家を出る前はハーブを育てるのが趣味だったの!)
心の中で呟いているライザに後ろからロバートが頷いた。
「僕も畑仕事は向いてないな。まぁ、ここは自然豊かだからしばらく心を休めてゆっくり過ごしてください」
「ありがとうございます」
自然が豊かな所でゆっくり過ごせることはありがたい。
長らく侍女として働いてきて自然を感じて休むことなど数年ぶりだ。
(こんな目にあったけれど、もうこうなったら楽しむしかないわ!ゆっくり自然に囲まれて休もう!)
絶望的な気分だったが、自然豊かな雰囲気に気分が持ち直してきている。
鳥の鳴き声に、緑の匂い。
全てがすさんでいた心を癒してくれて、ライザはニッコリと微笑んだ。
その笑みを見てルディは微笑む。
「お気に召したようで良かったです。きっとエリザベス様はこんな田舎に来たら大騒ぎすると思っていました」
(そうだった。私は今エリザベス姫様だったのだわ!)
ライザは慌ててギロリと冷たくルディを睨みつけた。
「気に入らないわよ!さっさと中に案内してくださらないかしら?」
本当はこんな態度を取りたくないが今自分は口の悪いエリザベスなのだ。
頑張って嫌味っぽく言うとルディは気にした様子もなく頷いて館の中へと案内してくれた。