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エリザベスの体のままライザは絶望的な状況に両手で顔を覆った。


「この美しい姿でお嫁に行って、ルディ王子に愛されても嬉しくもなんともないし!逆に虚しいだけです!自分の体を好きだと思ったことは無いけれど、これはあんまりだわ!」


顔を覆って泣き始めてしまったライザにヴィンセントとエリザベスは顔を見合わせた。


「何をそんなに悲観的になっているのかしら?私は愛するブルーノと結婚ができる。ライザは顔が好みで優しいヒョロ男と結婚できるのよ?きっとその体なら愛されるわよ」


慰めようとしているのか、エリザベスは腕を組みながら隣に座るライザの顔を覗き込んだ。

毎日鏡で見ている特徴のない自分の顔に覗き込まれてライザは涙を流しながら首を振った。


「その何も変哲もない普通の顔が本当の私なのです。本当の私を愛してくれていないのなら意味がないです。エリザベス様は私のその普通の体でブルーノ様に嫁いでも平気でいられるのですか?」


「私は何とも思わないわ。むしろその姫の肩書が無くなって嬉しいわね」


「ブルーノ様はもしかしたら、私の普通の顔を見て嫌になるかもしれないですよ」


ライザが言うと、エリザベスは肩をすくめた。


「そんな外見だけ見ている男に惚れたとは思っていないわよ。幼い時から一緒にいるんですもの、お互い中身を知っているんですもの」


「そんな……絶対におかしいですよぉ」


絶望的な気分になっておいおい泣いているエリザベスの姿をしたライザにヴィンセントは困ったように腕を組んで見つめている。


「ライザが泣いても状況は変わらんからな、これは俺の命令だと思ってルディ殿と領地へ行ってくれ。一緒に過ごせば元に戻る方法もロバート殿から聞けるかもしれないぞ」


顔を覆って泣いていたが、ヴィンセントの言葉に顔を上げてライザは頷いた。


「たしかにそうですね!ロバート様から元に戻る方法が無いか聞いてみます!」


「ただ一つ注意してほしいのは、絶対に体が入れ替わったと知られないことだ。中身が違う人をよこしたと知られたら血塗れ王が激怒して我が国を滅ぼしに来るかもしれん」


ヴィンセントから真剣に言われてライザはまた顔を覆って泣き出した。


「酷いです。エリザベス様はお相手に打ち明けられるのに私は悟られてはダメだとか。無理に決まっています」


「ルディ殿はエリザベスの事を何も知らんから大丈夫だ。傲慢に生活することに気を付けていればいずれ元に戻る方法もわかるかもしれん」


ヴィンセントの慰めの言葉にエリザベスはニコニコと笑っている。


「元に戻るつもりなんてさらさらないけれどね」


「普通の私の体なんてエリザベス姫様もお相手も嫌になりますよ!」


泣きながら訴えるライザにエリザベスは肩をすくめるだけだった。



どれだけ訴えても、エリザベスの体になってしまったライザがルディと共に領地に行くことは変わらなかった。


重い気分のままエリザベスとして姫様の大きなベッドで過ごし浅い眠りについた。


翌朝目を覚まし、体が元に戻っているのではないかと鏡を見たが、美しいエリザベスが映っていてガッカリして息を吐いた。


「やっぱり、元に戻っていなかったわ」


このままエリザベスとしてルディ王子と結婚するために領地に行かないといけないのだ。

本当の自分の体で愛してくれているのなら嬉しいのだが、世界一美しいと言われているエリザベスの姿で万が一愛されても嬉しくない。


間違いなく、元に戻った時に愛想をつかされるからだ。


「行きたくないわ」


それでもヴィンセント王太子の命令に背くことはできない。

すでに荷物が運ばれてしまっているガランとしたクローゼットに向かい、着ていくドレスを手に取った。


最近エリザベス姫のお気に入りの、真っ赤なドレスはライザの好みではない。


目が痛くなるような赤い色ではなく、もっと地味な色合いのドレスを着たいと思っても今日着ていくものは決まっているのだ。


仕方なく、寝間着から赤いドレスに着替えて鏡の前に座った。


「誰も世話をしに来ないとか……」


本当ならばライザが部屋に来る時間だが、ライザの姿をしたエリザベスはやってこない。

まだ寝ているのだろうかと思いながら仕方なくライザはメイクに取り掛かった。

毎日姫様のメイクは見ていたので、同じようにメイクをすることはできた。

美しすぎる顔はあまりメイクをしなくても美しいのだ。


金色の髪の毛を櫛で梳かしていると、やっとドアがノックされた。


訪れたのはライザの姿をしたエリザベスではなく、先輩侍女数人だった。


ビクビクしながら部屋に入ってくると朝の挨拶をしてお茶を淹れてくれる。


思わず話しかけようとして慌ててライザは口を噤んだ。


(今、私はエリザベス姫様だったんだわ。絶対に誰にも悟られてはダメよ)


ぐっと唇を噛んで先輩侍女を振り返った。

エリザベスの姿をしたライザに見られただけで、先輩侍女達は恐怖におののいて顔を伏せてしまった。

どれだけエリザベス姫様を恐れているのだろうか。

ライザは自分はエリザベスだと心の中で唱えながら口を開いた。


「ライザの姿が見えないけれど?」


姫様っぽくツンとして言うと、先輩侍女の一人が頭を下げながら答えてくれる。


「は、はい。ライザは今朝早く仕事を辞めて田舎に帰ると城を出て行きました。遠くの親戚に不幸があったとか……」


(エリザベス姫様ぁぁぁぁ!絶対に朝一番で、ブルーノ伯の所に行ったわね!自分だけちゃっかりと幸せになろうとか信じられないわ!)


ライザは一晩中、どうしたらいいかと泣いて過ごしていたのに、自分だけ愛する人の所に行くなんて信じられない。


ライザが怒りに震えていると、先輩侍女達はビクビクしながら慌てて部屋を出て行ってしまった。


「では、準備ができ次第お迎えに来ます」


風のように去っていく先輩侍女を見送ってライザは両手を握る。


「信じられない!エリザベス姫様のバカー!」


小さな声で文句を言っていると、ドアが開いて上機嫌なヴィンセントが護衛を連れて入って来た。


「元気そうだな、エリザベス」


「おはようございます」


絶望的な気分のまま頭を下げるエリザベス姿のライザにヴィンセントは満足そうに頷いた。


「落ち着いた雰囲気の可愛いエリザベスならば間違いなくルディ殿と仲良く暮らしていけるだろう。我が国も安泰だなぁ」


「うぅぅ。エリザベス姫様は、ブルーノ様の所に行かれたというのは本当ですか?」


泣きそうになりながら聞いてくるライザにヴィンセントは頷いた。


「日が昇るとすぐに旅立った。妹も幸せになれて俺は嬉しい」


「絶対に何か間違えていますって!」


首を振っているライザにヴィンセントは肩をすくめる。


「がんばってルディ殿と仲良くしてくれ」


「無理ですって……」


ライザが小さく呟くと、ドアを見張っていた騎士が静かにするように口元に手を当てた。ライザとヴィンセントは慌てて声を潜める。


「ルディ王子とロバート王子がお迎えに来られました」


「おぉ、もう来たか!いいか、悟られたら我が国は血の海になるからな」


ヴィンセントに言われてライザは顔を青くする。

血塗れ王と言われているルディの兄に知られたらライザの命も無ければ、国が戦争になるという事だ。


(無理。エリザベス姫様になり切れないわ)


絶望的な気分になって首を振っていると、ルディとロバートが護衛を引きつれてやって来た。

昨日と変わらず、美しいルディの姿にライザは胸がときめきそうになるが、自分はエリザベスだったと思い出して無表情を作って迎え入れた。


ルディは浮かない顔をしつつエリザベスの姿をしたライザの前に来るとそっと頭を下げた。


「おはようございます。準備はお済ですか?」


勝手に進められてしまったが準備は万端だ。

ライザが答えるより早くヴィンセントがガッハハッと大きな声で笑った。


「いつでも出かけられますぞ。エリザベスは環境が変わるから少し大人しくなっているが、これがこの子の本当の姿ですからお気になさることは無いですぞ」


「は、はぁ」


とても大人しくなっていると思っていないルディは曖昧に頷いている。

それでも笑みを絶やさずにルディ王子はエリザベスの体のライザに微笑んだ。


「気は進まないと思いますが、兄であるアレクサンドルの命令ですのでお互い我慢しましょう」


「そうですな!」


ライザが答えるよりも早くヴィンセントが割って入り大きく頷いた。

不信なヴィンセントの態度にルディとロバートが顔を見合わせている。


(お願い。エリザベス姫様との結婚を断って!)


やっぱり気が変わったと言ってなんとか置いて行ってくれないかと心の中で祈っているライザだったが、ルディはすっと手を伸ばした。


「では、参りましょうか」


「ほら、可愛い妹よ!ルディ殿と仲良く行ってこい!」


気が進まないライザの手を取ってルディの手に無理やり乗せてヴィンセントはガッハハッとまた大きく笑った。


グイグイ会話に入ってくるヴィンセントと一言も話さないエリザベスの姿をしたライザに違和感を感じているようだったが、ルディは笑みを浮かべたまま歩き出した。


絶望的な気分のままライザはルディに手を引かれて歩く。


部屋を出て廊下を歩き、後ろを振り返るとニコニコと微笑んでいるが余計なことは話すなとヴィンセントに目で訴えられてライザは軽く頷いた。



血塗れ王の存在を思うと余計なことはできない。


エリザベスの体は指の先まで美しい。

ルディに手を引かれていても謙遜する必要はないが、中身がパッとしないライザなので申し訳なくなってくる。


(きっと中身が私だって知ったらがっかりするんだろうな)


横を歩くルディ王子をチラリとみると青い瞳と目が合って微笑まれる。

美しい顔をした上に性格までいい人で王子様だなんてそんな人が居るのかとライザは心が痛くなってくる。


(こんないい人を騙しているようで申し訳ない気分になってくるわ……)


エリザベス姫と体が入れ替わってしまいとても他人の事を心配する気持ちに離れなかったがルディが優しすぎて申し訳ない気分でいっぱいになる。


痛む心を押さえつつルディに手を引かれて馬車まで向かった。


城の出口へと向かうと侍女や騎士達が一列に並んで待っていた。

エリザベス姫の旅立ちを見送ってくれるのだろう。

侍女の中には見知った顔も居て、フィフィーの姿も見えた。


昨日会ったばかりなのに懐かしい同僚に今すぐ近づいて詳細を話したい気持ちを堪える。


(私は今エリザベス姫なのよ)


心の中で呟いてエリザベス姫らしく振舞おうと涙を堪えながらツン鼻を上に向けた。

エリザベス姫が良くやる仕草だ。

美しいエリザベスがやる動作だから許されるが、ライザの姿のままだったらいけ好かないやつだと思われるに違いない。

後ろで見守っていたヴィンセントは満足そうに頷いているので、エリザベスらしく振舞うことが出来ているようだ。

豪華で大きな馬車にエスコートされながら乗り込むと当たり前のようにルディも乗り込んできてライザの前に座る。


「同じ馬車なのですか?」


驚いて呟いたライザにルディは眉を上げて様子を見ていた弟のロバートを振り返った。


「……兄上と同じ馬車ではなにか不都合でもおありですか?」


ニコニコと人のいい笑みを浮かべながらロバートはライザと同じ馬車に乗り込んでくる。


「お前もこの馬車に乗るのか?」


ロバートが隣に座ったのを見てルディも驚いて見つめている。


「ちょっと姫様とお話したくて。お邪魔かなと思ったらすぐに後ろの馬車に移るからさ」


「まぁ、いいけれど……」


ルディはそう言いつつライザを見つめた。


ルディと二人きりで馬車に乗るよりはロバートが居た方が場が持ちそうだと思いライザは頷いた。


「私も構いませんが……」


大人しく言うエリザベスの姿をしたライザの言葉にまたルディとロバートは顔を見合わせている。


(まずいわ、昨日の姫様と様子が違うから不信に思っているのかもしれないわ)


そう思いつつも、エリザベスのように人を罵倒することも偉そうにふるまうこともできない。

困っているとヴィンセントが馬車の入口から顔を出して大きな声で笑った。


「ガッハハハッ!妹はこう見えて緊張しているようでして!昨日は突然の結婚話で怒りを抑えられなかったようですが、もう大丈夫ですよ!昨日のお香が効いたかな!」


「あぁ、あのお香焚いたんだ……」


ロバートは納得したように頷いてじっとライザを見つめた。

居心地が悪くなりながらもライザはエリザベスっぽくしようとツンと鼻を上に向ける。


「いい匂いでしたわ!」


「そうなのか?お前の持ってきたお香の効果が凄すぎて逆に恐ろしいな」


しみじみとルディが言うのを聞いてヴィンセントは安心したように頷いている。

なんとかお香の効果でごまかすことができたと安心してそっとライザは息を吐いた。


「では、エリザベス。あとは頼んだぞ!元気でな!」


今生の別れのようにヴィンセントに言われてライザは慌てて窓から顔を出した。


「あの、手紙を。手紙を書いてもいいかしら?」


精いっぱいエリザベスのように言うライザにヴィンセントは頷いた。


「もちろんだとも妹よ!何かあればすぐに知らせてくれ!俺も手紙を送るから心配するな!」


「絶対ですよ!」


念を押す言葉遣いが、エリザベスっぽくなくライザ丸出しの口調にヴィンセントはギロリと睨みつける。


「絶対に書くから!エリザベスもちゃんとルディ殿に気に入られるように頑張りなさい」


絶対に中身が違うと悟られるな!と目力で訴えられてライザは何度も頷いた。

コクコクと頷くエリザベスに並んで見送っていた騎士と侍女達が目を見開いて驚いている。

エリザベス姫様らしくない態度に、やはり結婚が相当嫌でストレスなのねとヒソヒソ話している声が聞こえてライザは慌てて背筋を伸ばした。


「では、よろしく頼んだぞ」


ヴィンセントがルディ王子に言うと、彼は頷いた。


「もちろんです」


ゆっくりと動き出した馬車の中でライザは泣きたくなってくる。


(どうしてこんなことになってしまったのかしら)





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