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強く肩を揺すられてライザは深い眠りから浮上した。

まだまだ眠っていたいと思ったが今は仕事中だったと慌てて起き上がる。


「す、すいません。眠ってしまって」


重い瞼を上げて自分を起したであろうエリザベス姫に頭を下げる。


さらりと金色の髪の毛が肩からすり落ちて首を傾げた。


ライザの髪の毛は赤茶色で仕事中は一つにまとめて縛っている。


自分の髪の毛であるはずはないのに、肩からずり落ちた金色の髪の毛を手に取ろうとして綺麗に塗られた指先のネイルをまじまじと見た。


(私ネイルなんてしていなかったわ)


何かがおかしいと違和感を感じ指先を見つめる。

水仕事をしていない綺麗な指は自分のものではない。


「大変よ」


聞いたことがある自分の声が前からしてライザはゆっくりと視線を向けた。


視線の先にはニコニコと笑っている自分の姿。


赤茶色の髪の毛を一つに結び、黒い侍女服を着た平凡な鏡で毎日見ている自分の姿がライザに向かって話しかけている。

なぜ自分が目の前に居るのか理解が出来ず呆然とした表情で自分の姿を見つめた。


「バカな顔をしているわよ」


「どういうことですか?どうして私が目の前にいるの?」


掠れた声で聞くライザに目の前の人物は小さな手鏡を取り出して渡した。


「私たち入れ替わったようよ」


「入れ替わった?」


恐る恐る手渡された手鏡で自分の顔を見る。

鏡に映し出されたのは世界一美しいといわれているエリザベスの顔だった。

完璧な顔が鏡に映し出されてライザは震えながら前に立っている自分の体を見た。

冴えない顔をした自分の体だった中にはエリザベスが入っているのだろうか。

震える指で自分の体を指さしたライザはかすれた声を出した。


「エリザベス姫様がそちらに入っているのですか?」


「そうよ。いい感じに入れ替わったわね。あの糞王子が持ってきたお香の効果じゃないの?」


嬉しそうなエリザベスに対してライザは絶望感で目の前が暗くなるような気がしてソファーに横たわった。


「大変なことになってしまったわ。どうして体が入れ替わるなんて……。これからどうしたらいいの」


明日にはエリザベスはルディと新居へと向かうのに中身が違うなどあってはならないことだ。

美しいエリザベスが何の変哲もない自分の体に入っていることも申し訳なくなりライザは慌ててソファーから立ち上がった。


「申し訳ございません。どうぞ、おかけください」


「あら、アンタが姫なのだから座っていていいのよ」


「そういう訳にはいきません。と、いうかもう一回お香を嗅いでみましょう。そうしたら元に戻るかもしれません!」


ライザの提案にエリザベスは肩をすくめた。


「無理よ。一個しかないお香は燃え尽きたわ」


お皿の上に乗っていた香は黒い炭になって燃え尽きている。


「ど、どうしましょう」


パニックになるライザに、エリザベスはにやりと笑った。


「どうしたらって。ちょうどいいじゃない。アンタはその姿のままお嫁に行けばいいわよ。ルディ王子はアンタの好みだったでしょう?」


「はぃ?無理です!他人の体で、それも世界一美しいと言われているエリザベス姫様の体でお嫁に行くなんてどちらにも申し訳ないです」


「大丈夫よ。この姿であんたの性格ならきっとルディ王子に気に入られるわよ。で、私はブルーノと結婚するの」


ウフフっと夢見る乙女の顔をして笑っている自分の姿のエリザベスにライザは首を大きく左右に振った。


「無理ですよ!自分の姿ではないのに結婚して幸せですか?幸せなわけが無いですよね!だって本当の自分じゃないんですよ」


エリザベスの姿のまま愛されたとしても嬉しくないと力説するライザにエリザベスは首を傾げた。


「どうかしらねぇ。私はちゃんとブルーノに正体は明かすけれど。間違いなくブルーノは私の姿が変わっても愛してくれるわ」


当たり前のように言われてライザはムッとして唇を尖らせた。


「解らないじゃないですよ。何の変哲もない普通の顔をした私の姿なんて嫌だって言うかもしれないですよ」


(それに、我儘で癇癪持ちで気に入らないことがあると物を投げる見た目が可愛くもない女なんて絶対にブルーノ様も愛してくれるわけないわよ!)


心の中で付け足して言うライザにエリザベスはまだニヤニヤと笑っている。


「どうかしらね。私の勝気な性格が気に入っているらしいから」


「ありえないです!絶対愛想つかされますよ!」


怒鳴りたいのを堪えながらライザは言うと、思いついたように手を叩いた。


「姫様!ヴィンセント様に報告しましょう。そして指示を仰ぎましょう」


「いいけれど。間違いなく、私のフリをしてヒョロ王子と旅立つように言われると思うわよ」


「流石に可愛い妹が大変なことになっているのに、中止すると思いますよ!」


急いで知らせようと部屋を出ようとするライザをエリザベスが止めた。


「待ちなさいよ。アンタその恰好で出て行ったら私が頭おかしくなったかと思われるわ。私が行ってくるわ」


天井に鼻をツンと向けて偉そうに言うエリザベスにライザは眉を寄せた。

生まれた時から嫌というほど見ている自分の姿だが、中身がエリザベスなだけあって偉そうな態度だ。

まるで、王妃様の様な態度にライザは手を合わせる。


「お願いです。もし元に戻ったら私の評価が最悪になってしまうのでどうか私らしく振舞ってください」


「はぁ?お兄様に報告するだけでしょ。それだけでアンタの評価を下げることなんてないわよ」


(その言い方が、すでに偉そうで他人から見たら最悪なんですよぉ。きっと歩いているだけでも嫌われるわ!)


心の中で叫ぶ声はエリザベスに届くはずもなく、楽しそうに部屋を出て行く姿に手を合わせた。

一人部屋に残されたライザは自分の体を見下ろした。


折れそうなぐらい細い腰に、抜けるような白い肌。


胸は大きく膨らんでいて、自分の胸比べて悲しくなってくる。


手鏡で自分の顔を見つめる。


「やっぱり何度見てもエリザベス姫様の顔になっているわ」


鏡に映った自分の顔は世界一の美貌のエリザベスだ。

長いまつ毛に、青い瞳。

形のいい唇はしっとりと潤っており、少し口角を上げただけで鏡の中の自分に恋をしそうなほど美しい。


「神様はどうしてこうも美貌も地位も一人の女性にお与えになるのかしらね。不平等だわ」


ライザは恵まれていたとは言えない自分の半生を思い出してため息をついた。

ただこうしていても仕方ない。

ヴィンセントに訴えればエリザベスとライザが元に戻るまではルディとの結婚も明日に控えている旅立ちも無くなるかもしれない。



とにかく元に戻ることを第一優先に考えようと心を切り替えた時に部屋のドアが開いた。


巨大な体をしたヴィンセントが部屋に入ってくるとソファーの上に座っているライザを見て目を見開いている。


「おぉ!本当に体が入れ替わったのか!あのエリザベスが元気がなさそうに座っている」


珍しいものでも見るようにズカズカと部屋に入ってくるなりライザの前のソファーに座った。


「だから!そうだって言っているでしょう!お兄様」


後ろからライザの姿をしたエリザベスが偉そうに部屋に入ってくるとライザの隣に座った。

ライザの姿だが、ソファーの背もたれに背を預けて腕を組んで偉そうにヴィンセントに言っている姿はエリザベスそのものだ。

その後ろから数人の護衛騎士がドアを守るように立っていた。


「人払いはしてある。護衛騎士達は口が堅い。死ぬまで秘密は洩らさないから安心するがよい」


ライザがビクビクしながらどこまで話していいものかと様子を伺っているのを見てヴィンセントが言った。

ライザは安心して頷いた。


「ヴィンセント様!大変なことになってしまいました。あのロバート王子から頂いたお香を焚いたら急激な眠気に襲われて、気が付いたら体が入れ替わっておりました!どうしましょう!」


今にも泣きだしそうなライザの訴えにヴィンセントは笑みを浮かべたまま大きく頷いた。


「そのままルディ殿の元へ嫁ぐのがいいと思うぞ。今のエリザベスは心優しい美女だ。ルディ殿と上手くいくと思う。我が国も安泰だな」


てっきり結婚は中止になるものだと思っていたがヴィンセントはエリザベスの姿をしたライザに嫁ぐように言ってきた。

聞き間違えかと思いライザは両耳を擦ってもう一度聞き返した。


「今なんておっしゃいました?」


「そのまま嫁げと言ったのだ。エリザベスとしてな。もし中身が違っているとわかれば我が国はサルセ国と戦争になるかもしれないからエリザベスらしく振舞うように」


「えぇぇぇ?そんな……どうして!ちゃんと真実をお話しして中身が違うから元に戻るまで結婚を待ってもらいましょう」


必死に訴えるライザにヴィンセントとエリザベスは二人そろって仲良く肩をすくめる。

見た目は違っていてもやはり兄妹なのだとライザが思っていると、エリザベスは冷めた目を向けてきた。


何度も見ている自分の顔なのに、中身が違うだけで別人に見える。


「明日から向かうのは結婚するためだけれど、お互いの人柄を見るために行くだけだから大丈夫よ。そこで嫌われればルディ王子も嫌がって結婚を断るかもしれないわよ」


他人事だと思っているエリザベスにライザは首を振った。


「いやいやいや。人柄は気に食わないけれど結婚は決まってしまったから仕方ないと王子は言っていましたよ!結婚は決定なのですよ!」


「良かったわねぇ。アンタの好みの顔の王子様と結婚生活ができるわよ。私は、田舎の領地でブルーノと暮らしながらアンタの幸せを祈っているわ」


「どうしてそうなるんですか!」


悲鳴にも似たライザの叫びにヴィンセントは笑みを浮かべて頷いている。


「うむ。エリザベスのその姿で、か弱い感じが出ていてとてもいいぞ。それなら結婚もうまくいく。いやー俺も心配事が無くなって良かった」


心底安心している様子のヴィンセントにライザは悲鳴を上げた。


「無理です!絶対おかしいですよ!」



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