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エリザベスの部屋の前には護衛騎士が数人扉の前に立っており、ワゴンを押しているライザの姿を見ると中へと入るようにドアを開けてくれた。
緊張しつつ、ライザは少しでもいい顔に見えるように口角を上げて入室をする。
「失礼いたします」
部屋に一歩足を踏み入れた途端に、エリザベスの怒鳴り声が部屋に響いた。
「こんなヒョロっとした男なんかと結婚なんてするもんですか!」
「ヒョロとしているが顔は美形だろう!ライザや他の侍女達はルディ殿の顔を見てあまりの美しさに固まっていたぞ!」
「ならばライザと結婚させればいいでしょう!」
とんでもないことを言われていると思いながらライザは気配を消しながらワゴンを押して部屋の隅へと向かった。
鬼の顔をしたエリザベスと向かい合うようにヴィンセントがソファーに座りその横に困った顔をしながらも笑みを浮かべているルディが座っている。
ソファーの後ろにはロバートと護衛騎士が立っており、エリザベスとヴィンセントが大きな声でやり取りをしているのを唖然として見ていた。
(見た目は似ていないけれど、大きな声で言い合う姿はエリザベス様とヴィンセント様はやっぱり兄妹ね。そっくりだわ)
血は争えないと思いながらライザは音を立てないように茶葉をポットに入れて懐中時計を出して時間を確認する。
ソファーの後ろに立っているロバート第二王子にもお茶をお出しした方がいいかとライザが考えていることが分かったのか、目が合うとロバートは軽く首を左右に振った。
3人分の紅茶の準備をしている間も兄妹喧嘩の声はヒートアップしている。
気を取られてしまって蒸らし時間を数十秒でも過ぎてしまっては最高級の紅茶を台無しにしてしまう。
注意深く時計を再度確認した。
「お前が何と言おうとこの結婚は決まったのだ!諦めて嫁に行ってくれ!」
大きな声でヴィンセントが言うとエリザベスも負けずと大きな声を出した。
「嫌だっていっているじゃない!こんな顔だけの男、私は好みではないわ」
「エリザベスの好みなど聞いていない!辺境の熊みたいな男よりはよっぽどルディ殿の方がいいだろう!」
本人を目の前にして言い合いをしているエリザベスとヴィンセントを相変わらず困った顔をしてルディは静かに座っている。
(こんなに失礼な対応をされても怒りださないなんて人柄ができたお人だわ)
ルディが怒っているのではないかと心配したくなるが、本人は口元に笑みを浮かべたまま黙って二人の言い合いを見ている。
見た目だけではなく性格も優れた人なのだろうとライザは心の中で大きく頷いた。
しかし、ヴィンセントとエリザベスの言い合いがヒートアップしそうな雰囲気にライザはそっとソファーに近づく。
気配を消しながら、エリザベスの手が届きそうな場所に置いてあった投げられそうな物を回収していく。
ソファーの上に置かれていたクッションとテーブルの上に乗っている花が飾られた花瓶など気配を消しながら手に持って窓辺へと置いた。
(後は、投げられそうなものは無いけれど、熱いお茶をお出ししたら危険かしら)
まさか、熱い紅茶をぶっかけるようなことはしないと思いつつ懐中時計を見るとちょうど3分が経過していた。
3人分のティーカップにポットから紅茶を注いでお盆に乗せてテーブルへと向かった。
「失礼いたします」
困った様子のルディの前に紅茶を置くとライザの顔を見て微笑んだ。
「ありがとう」
お茶出しの侍女にわざわざお礼を言うルディの優しい対応に感動してライザも自然と笑みを浮かべて頭を下げた。
睨み合っているエリザベスとヴィンセントの間にもお茶を置くが、興奮したエリザベスがお茶を投げてしまうことも考えてあえて遠くへと配置する。
ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど奥歯を噛みしめながら睨み合っているヴィンセントとエリザベスにルディが穏やかに口を挟んだ。
「エリザベス姫が僕に拒否反応を示すのは仕方ない事だと思います。しかし、この結婚は国同士の決まり事。お互い納得がいかなくても歩み寄っていけば穏やかに過ごすこともできると思いませんか?」
「お互い納得がいかないですって?ヒョロ男も納得いかないってことなのね?」
エレノアに睨まれながら“ヒョロ男”と失礼な呼ばれ方をされてもルディは穏やかに微笑んで頷いた。
「会ったばかりですから。お互い気に入ることなど無いでしょう」
世界一の美女と呼ばれているエリザベスだが同じぐらいの美形であるルディには効果がなかったようだ。ルディにはエリザベスを前にして興味が無いと言い切っている。
「何年一緒にいてもヒョロ男を気に入ることは無いわ!熊みたいな体系になってから私の前に現れなさいな」
冷たいまなざしで言い放つエリザベスにサルセ国から来た護衛騎士達がざわついた。
「人の好みはそれぞれだが、まさか熊みたいな男が好みだとは驚きだな」
ヒソヒソと話している騎士達にライザも密かにうなずく。
(エリザベス様とルディ様なら世界一美しいカップルになるのに、お互い気に入らないなんて不思議なことよね)
「エリザベスよ、これは決まったことだ。お互い仲良く過ごせるように明後日からお前はルディ殿と暮らすことになる」
「何ですって!明後日ですって?頭がおかしいんではないの?」
目を見開いて驚いているエリザベスにヴィンセントは頷いた。
「そうだ。ルディ殿と一緒にあちらの国へと行ってもらう」
「絶対に行かない!行くもんですか!」
美人なのに歯をむき出して怒っているエリザベスに驚きつつもルディは穏やかに頷く。
「僕はわけあって城では暮らしておりません。田舎に領土を貰ってそちらで過ごしております」
「私に田舎で暮らせって言うの!冗談じゃないわ!」
立ち上がって怒鳴っているエリザベスにヴィンセントは冷たい目を向けた。
「お前は、辺境で暮らしているブルーノの元に嫁に行きたいと言っていたが、あそここそクソ田舎だぞ」
(確かに辺境に住んでいる人と過ごしたいと言っていた)
ライザはヴィンセントの後ろに立ったまま頷いた。
田舎で過ごすことよりもルディと過ごすことがよっぽど嫌なのだろう。
「くそが!すべてが糞よ!」
怒りがピークに達したエリザベスは姫とは思えない言葉を吐いてテーブルの上に乗っていたヴィンセントの紅茶のカップを乱暴に手に取ると床に投げつけた。
音を立てて割れたカップの破片が飛び散りライザは目を瞑る。
「ルディ様、大丈夫ですか?」
慌てた護衛騎士の声にライザがそっと目を開けると、飛び散ったグラスの破片が飛んだのかルディの右手から血が流れている。
慌てている護衛騎士に心配ないというようにルディは微笑んだ。
「血は出ているけれどたいした怪我ではないよ」
大した怪我ではないと言っているが、右手から滴った血が床に落ちていく。
「医務室へご案内しろ。俺は少しエリザベスと話すことがある」
ヴィンセントに言われてライザは慌てて頷いてルディに声をかけた。
「医務室へご案内します」
「ありがとう」
笑みを浮かべて立ち上がったルディにライザは頭を下げて廊下へと向かった。
ライザの後ろからルディが続きルディの国から来た護衛騎士達が続いて歩いてくる。
エリザベスは謝るつもりなどさらさらないようで、ツンとして向こう側を向いていた。